第8話 ファン増える
背に腹は代えられなくてやむなく開業したジュース屋は、なぜか大繁盛した。
毎日、店を開ける前から、大勢が並んでいる。
毎度、ドアを開けるたびに、超緊張した。大勢の目がこちらを見つめているのである。もう、怖い。結構ストレスだった。
いくら他店に真似が出来ないドン冷えが売りの特殊ジュースにしても、こんなに繁盛するのはおかしい。
「たかがジュース、この人気は、どう考えてもおかしい」
私は一人でつぶやいた。材料がなくなって、だんだん店じまいの時間が早くなっている。初日の、誰にも相手されないダンスパーティの壁の花状態が嘘のようだ。
「それはね、元気になれるって言う噂が流れているからだよ」
最後の一杯は、隣の食料品店の店主に贈呈した。人で賑わい過ぎて、迷惑かなと思ったからだ。すると、隣の食料品店の店主が、教えてくれた。
ゴクンと一口飲んで、食料品店の店主が言った。
「うん。なるほど。おいしいね。よく冷えているし、こりゃ売れるはずだ。何の効用もないとしても」
効用? 効用なんかありませんが? ただのジュースですよ?
「並んでまで、買う程の物ではないと思うのですが」
私はあまり人と話をしたことがないので、小さな声で聞いた。
「でも、このジュース、そう言われているんだよ。元気になれるとか、水虫が治ったとか」
水虫!
それは確か、下男の誰かが悩んでいた、粘着質で悪性の病気と聞いたことがある。足の病気らしい。
「ジュースを足に塗るのですか?」
「飲んだんだと思うけど。あと、二日酔いに効くそうだ」
そんなものに効くとは? 予想もしていなかった。
「花粉症にも効くらしい。このジュースを飲むと、ハナがピタリと
そ、それは素晴らしい。万能薬だわ。
「それで、評判が評判を呼んで、大繁盛してるんだね。毎日、人だかりだよね」
その通りだった。最近は、うわさを聞きつけて新しく来る人たちも多かったけれど、常連さんがほとんどになってきた。そのうえ、二杯も三杯も頼む人がいて、そういう人たちは別の入れ物を持参して注ぎ替えて持って帰っていく。
「なんだかお騒がせしているようで申し訳ありません」
この状態、普通のジュース屋ではない。私は、つい食料品店の店主に謝ってしまった。
「うちはいいんだよ。人が増えると、ついでに買い物していく人たちが出るんで、売り上げが増えたくらいだ」
だけど、私はそろそろジュース売りを辞めようかと思っていた。
お店を始めてから二か月ほどが経つ。
最初にジュースを飲んでくれた名前のない騎士様は、毎日買いに来ていたし、そのほかにも毎日買いに来てくださる方が増えてきた。ファン?が付きだしていた。
特に目立ったのは、小太りでいつも黄色いシャツを着ている男性で、一日中、店の周りをうろついて、順番を守らせたり、ジュースが売り切れに近くなってくると、「あと何杯くらいですか?」とか聞いて、それ以上並ぼうとする客に、今日はもうお終いですと言って、断ってくれたり、この間は『最後尾』と書いた看板を作って立ってくれていた。
この人、仕事、何しているんだろう。疑問。
そして、例の最初に来てくれた騎士様と、この順番待ちの列を仕切ってくれる人が微妙に仲が悪いことにも気がついていた。
昨日は、「この貧乏騎士!」とか言って口論になっていた。さらに、「まともに働けもしないくせに! 騎士服だけだろう、騎士なのは!」と言って黄色のシャツが痩せ騎士を虐めていた。
うーむ。
私は一介の公爵令嬢で、こういう話の仲介には苦手意識がある。一応、下女経験もあるけど、お屋敷の外に出たことがないし、どうしたらいいかわからない。
それに、正直手に負えない気がする。
もしかして、二人とも働いていないんじゃないだろうか。
仲良くなった食料品店の店主は、その様子を見ながら「両方とも危ないよね」と言っていた。
「ほらさ、王都でも殺人事件とか起きることもあるけど、犯人って大抵無職って書いてあるよね? 住所不定無職って」
仕切り屋の男の方が声が大きくて、叫んでいた。
「お前なんか住むところもないんだろう! ケガのせいで騎士団をクビって聞いたぞ?」
あああー。住所不定無職で、元の婚約者と同じ名前だなんて、騎士様、本気で、いいところは顔だけなのね。
「でも、いいジュースだよね。毎日飲んでると調子いいんだよ。ありがとう、リナちゃん」
隣の商店主は、二人の男の会話を無視して言った。
「そうですか……」
なんかしたっけ、私。
そうだ。飲んだ人が幸せになりますようにって、お祈りしてた。
私はあまり幸せになれそうもなかったから。
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