第7話 人気のジュース売り
王都の大通りはにぎやかだ。
馬車も人も大勢通る。
でも、その大通りに面したドアの前で、私は、ぽつーんと立っていた。
伯母の家は、なんと大通りに面して建っていた。
つまり、どんな商売でもできる訳だったが、ものすごく間口が狭かった。二メートルくらい。秘密の家と言うだけある。
だがこれでは、全く目立たない。つまり何も売れないと思うのだ。
私は、手絞り(魔法で)ベリーを絞り、砂糖を加えて煮て、ものすごくおいしいジュースの素を作った。砂糖以外、材料費はタダ。
私は水魔法も使える。そこも考えると、ジュース売りはもってこいだ。
『おいしいジュース』
一応、手書きで看板を書いて、出しておいた。でも、誰に気づいてくれない。
隣は、食糧品店だった。お金がもうかれば、隣のお店で小麦粉とかお肉とか買って帰れるのに。
ああ、騎士団の人たちが通っていく。仕事の帰りかな。一人が帽子を脱いだ。汗をぬぐっている。暑そうにしている。
冷たいジュース、いかがですか?
私は冷蔵魔法も使える。
コップをキーンと冷やせる。
中の液体も冷やせる。
ビールだったらいいんだけど、まだ仕事中ですよね?
せめてジュースでもいかがですか? どうですか? 騎士団の皆さーん!
聞こえるはずがないのに、私は心の中で大声で呼びかけた。
すると、パッと一人がこっちを振り向いた。
あれれ? 聞こえるはずないんだけどな?
私を指さしている。
彼らがゆっくりとやって来た。
まさか聞こえたの?
「ははあ。かわいいジュース売りの女の子だなー。名前はなんて言うの?」
パッとこちらを見た若い騎士様が先頭に立ってやってきて、ニコニコ笑顔で私に聞いてきた。
違ーう! ジュースを買ってくださいー!
「ジュース売りです」
私は名乗った。意味するところは……わかってくれるよね?
「ごめんごめん。一杯ください。名前はそれからね」
「イアン、馬鹿なこと言ってないで飲み物を早く買え。暑くてかなわん」
黒い髪と灰色の目の若い騎士様の後ろから、隊長らしい騎士様が口を出した。
「あ、さ、どうぞ!」
私はコップをつかむと隊長らしい人に手渡した。私がコップを持った瞬間、キンと言う小さな音がした。
「おお、冷えてる! すごい!」
隊長はのどを鳴らしてジュースを一息で飲み干した。
次から次に手が伸び、その都度、キンと言う軽い音を鳴らしてコップが手渡される。
「すごい。冷えてる。あー、おいしい」
「お代わり!」
全員が二、三杯飲んだと思う。
騎士団は笑顔になり、帰って行った。
帰り際に、最初に声をかけてきた若い騎士様が聞いた。
「あ、名前、教えてくれる約束でしょ?」
「ジュース屋ですよ。名前なんかありません」
一応、ロビア家の娘なのよ? もう、跡形もないと思うけど。
私に名前はもうない。
彼が顔立ちのいい素敵な男性だったからだろうか。私はすねたような答えをしてしまった。
「そう」
一番若い騎士様は、笑った。
「じゃあ、僕と同じだな。僕にも名前がない」
「こらー、イアン! 何さぼってるんだ。仕事中に女の子に声を掛けちゃあいかん。お前はどうして……」
最後まで隊長に言わせず、若い騎士様は馬に乗ると走って行ってしまった。
名前あるんじゃないの。イアンか……元の婚約者と同じ名前ね。縁起が悪いわ。
だが、私には騎士様のことを考えている暇なんかなかった。
「なかなかおいしそうに騎士様たちは飲んでいたなあ?」
「あの方たちは口は奢っているんだ。いつもおいしいものを食べているからな。一杯売ってくれ!」
ハッと気がつくと、騎士様たちがおいしそうにジュースを飲んでいた様子を見ていた、商店主や通行人などが押し寄せてきていた。
「はいッ。今すぐ!」
そんなわけで私は、ジュースを売りまくった。
「なるほど!」
「よく冷えてる。こりゃうまい!」
上々の反応だった。
嬉しいけど、順調過ぎてちょっとこわいな。
翌日からは気温が上がる午後から店を出した。
だって冷たいのが売りなんだもの。
温めることはできても、冷やすことは難しい。せいぜい氷の中に漬けておくくらいしか方法はないが、外にいたらその氷も解けてしまう。それに気温より少し生ぬるいくらいにしかならないだろう。
そこへ行くと、私の魔法は本格的。この暑いのに、ジュースは冷え冷えだ。
ビールを売った方がいいのでは? 真剣に私は悩み始めた。
とは言え、元公爵令嬢がビールを売るのって、どうなのかしら? この先、いいことがあるとも思えないけど、かと言って私に酒場の経営が出来るとは思えないし……。
しかしながら、中途半端な覚悟で始めたジュース店は、店主の私の思惑とは関係なく大繁盛し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます