第12話 俺は猟師になる

夕食の時、私はイアンに聞いてみた。


「剣とかはどうしたの?」


「ないよ」


「どうして?」


剣のない騎士様って、どうなのかしら?


「どうしてって、売ったんだ」


イアンはつまらなさそうだった。


「なんで?」


「ジュースを買うためさ」


「はああ?」


無類のジュース好き?


「そんなわけないだろう。本当に体の調子が悪かったんだ。町の医者にも、もう治らない、長くないだろうと言われていた。唯一の希望がジュースだったんだ」


私は黙り込んだ。思っていたより事態は悪かった。


「イアン、あなたのご家族は?」


立ち入ったことを聞いて悪いけれど、こんなになる前に家族は頼れなかったのかしら?


「僕が留学中に、母が突然亡くなってしまったんだ。父はその前から病気でね。母の死後、親族の女性に家は牛耳られてしまった。長年の婚約をその親族の女性の差し金で破棄されてしまって」


なんだか、ドキンとした。


イアンには婚約者がいたのか。まずいと言う気持ちが胸を刺した。


「もし家に帰ったら、別な女性……今、僕の家を実質的に牛耳っている女の娘だか姪だかと婚約することに決まっている。結婚を通じて、家を乗っとる気だと思う。留学費用は送られてこなくなった。早く家に戻れと言う意味だと思った。でも、帰りたくなかったんだ。金くらいで、思うままに操られたくない。騎士として十分やって行けるはずだったんだ。ケガさえなければ」


イアンは悔しそうだった。


私にはイアンの気持ちがわかった。


財産もある家なのかもしれなかったが、自分でどうにか出来る、したいと思ったのだろう。だが、剣を売り払うところまで落ちぶれてしまっては……


「剣て、いくらするの?」


剣さえ買えば、どうにか騎士に戻れるんじゃないだろうか。最近では、木の枝で素振りをしている。余計、お腹が減って食費がかさむからやめて欲しいところなんだけど、出て行ってもらうためには仕方ないし。


「ものによるよ。そうだな、最低でも金十枚要ると思う」


私は目を回した。


騎士に復帰なんか無理だ。

騎士は貴族になるための最初の足掛かりだけど、そんなにお金がかかるとは!


悩み始めた私を見て、イアンは慰めるように言い出した。


「大丈夫だよ。今、森に罠を一杯仕掛けている。捕まれば毛皮や肉として売れるしさ。ダメならここで暮らそうよ」


……ここで暮らそうよ? 


はあ? どういう意味?


「リナ、君は平民なんだよね?」


え? 私、平民なのかな?


「僕は貴族の出だけど、実家は乗っ取られているようなもんだ。もう、どうだっていい」


「でも、あなたには将来を誓った人がいるのでしょう?」


イアンは苦々し気な表情になった。


「昔のことさ。それに僕らは完全な政略結婚だった。もう生まれた時から、結婚が決まっていたようなものだ」


「相手の方を愛していらっしゃるのではなくて?」


イアンは黙っていた。


ちょっとお。どっちなの? 愛しているの? そうじゃないの?


「私が平民なら、あなたはすべての権利を捨てることになるのよ?」


それは私だってそう。ロビア家はただの貴族ではない。領地は広大で影響力は国一番だとも言われていた。

一介の騎士と結婚してしまったら、もはやすべての権利を失う。

他家に嫁いだことになるからだ。

まあ、今のロビア家は、あのバーバラ夫人とエミリに支配されているけど。


長い沈黙のあと、イアンは私に言った。


「ここの生活は楽しい。誰にも何も指図されない。義務も義理も、面倒くさい色々な事もない。単純だ。売れるモノを売って、最低限必要なものを買って暮らす。それだけだ……それに……」


イアンはこっちを見つめていた。


婚約者はどうしたのよ。あなたには、大事にしなくてはいけない人がいるのではないの?


「君には、婚約者はいないのだろう?」


平民には普通いないわよね。貴族の家にしたところで、生まれた時から婚約者が決まっているだなんて政略結婚が不可避な王家とか、それに準ずる家くらいなものよ。

例えば、ロビア家がそうだけど。

でも、私は婚約破棄されてしまった。


「いないわね」


私の婚約者は、私に関心なんかなかったらしかったわ。十年も婚約していたのに。


「ん……僕にもいない。君と一緒にいたい。僕はだから猟師になるんだ。街になんか帰らない。猟師にならないと、君と一緒になれない」


衝撃の一言と彼の瞳に、私は吸い込まれそうになった。





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