第11話 ハムの代わりに国をあげよう

この貧乏痩せ騎士のヤロー。

後からよく考えたら、あれは私のファーストキスだったんでは?

そりゃあ私も、違う薬を飲ませてしまったなんて悪かったけれど。


でも、代償が乙女のファーストキスって、大きすぎない?



私は、狭い伯母の家の中でむっつりとした。


ファーストキスを奪うとは、言語道断、万死に値する。外に放置されても文句は言わせない。

だけど、しびれ薬を飲ませたのは悪かった。あれはG用だったの。ごめんネ、G扱いして。


お詫びに、傷は治したけど、まだ、この人は衰弱している。外に放置するのは、どうなんだろうか。この人、死なない?



仕方ないから、私は貧乏痩せ騎士様を、伯母の家に連れて行ってやることにした。


道端でミーミー哀れっぽく鳴く子ネコを見つけた時、その子ネコが、ガリガリで毛並みがボサボサで汚れ切っていたら、そしてその子ネコがあなたを見つめてきたら、あなたはどうしますか?


連れ帰って、お世話して、ふくふくに太らせたくなりませんか?




オリビア伯母からもらった革製の古びたバッグには素晴らしい機能が付いていた。


いくらでも詰め込める上、持った時に重量を感じさせない。それから、どこか一部だけバッグの中に入っていれば、全体が入ったと同様の効果があると言うものだった。


つまり、私は、貧乏痩せ騎士様の頭をバッグに突っ込んでふたを閉めた。


それからバッグの取っ手を持って、騎士様の首以下を引きずったまま、例の魔法のドアを開けて、別世界へ彼を連れて行った。




最初は、ここはどこだとか、なんでどうしてこうなったとか、ギャーギャー騒いでいた痩せ騎士様だったが、私は徹底して無視した。


絶対に太らせようと固く決意していたのである。


決意はしていた。


凄く固く……。



しかし、この騎士、イアンは、まれに見る大食いだった。


御馳走として高いお金を払って買ったハムが、ある日ごっそりなくなっているのを発見した時は涙が出た。


ハム……夏の暑い日に汗みずくになりながら、キモい親父にも満面の笑顔で売ったジュースの代金でやっと買ったおいしそうなハム。公爵邸では、バーバラ夫人やエミリが興味なさそうに食べているのを見て、密かによだれを我慢していたハム。


そもそもなんでハムを買ったと思っているの? 肉ではなく、ハムを?


日持ちするからよ! それをなんでたった一日で完食してしまったの?


「……そこにハムがあったから」


「答えになってないわ!」


「……いや、なっていると思うけど」


やかましい。この問答自体が無駄だと言うことは、私もわかってる。もう、ハムは返ってこない。


「リナ」


黒髪と、澄んだ灰色の目の騎士様が、体を折り曲げて、私の頬を流れる涙をそっと指でふき取った。


「ハムくらい、いつか必ず買ってあげる。ハムどころか、美しい宝石も、この国全部でも君のために……」


あほかー なにすんだ。


「出来もしないことを!」


「そっかー。確かに。では隣の国を」


違ーう!


「君のおかげで、だいぶ本調子に戻って来た。今日はウサギを獲って来た。今度、背肉シチューを作ろう」


そう言うと、イアンは隠し持っていたウサギの死体を出してきた。


「ギャアアアア」


ウサギ、死んでる。


「罠で獲ったんだけど。あ、さばけないのか」


「無理無理無理無理」


私は逃げ出した。公爵令嬢にウサギの死体とは!


イアンは最近はだいぶ肉がついてきた。

そりゃそうだ。私の三倍は食べるのだもの。もう、皿にスープをよそうのがめんどくさくなって、鍋ごと出す始末だ。


でも、それは同時に、せっかく買った食料品が、どんどんどんどんなくなっていくことを意味していて、私は、もう一度、町に行商に出なくてはなるまいと考えだした。事態は深刻だ。

そして残念だけど、イアンは街に帰さなきゃならないだろう。


イアンを飼っていられるほど、私は裕福じゃなかったのだ。



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