第26話 フリージア行きを説得される
私は、本当は知っている。
エミリなんか、正直、全然可愛くなかった。
まだ、私の方がマシなくらいだ。
それでも侍女たちはほめちぎっていた。やれお肌がきれいだ、目元が美しい、弓なりの唇がルビーのようだとか。
ニキビだらけの肌をおしろいでごまかし、どう見てもニヤケているようにしか見えない目元を褒め称え(なにしろ鼻の格好は褒めようがなかったし)、紅を塗れば唇はルビーの色になるだけの話。これを何回も褒めまくるだなんて、仕事とはいえ、ご苦労様だと思っていた。
侍女なんて、女主人を誉めるのが仕事である。
夜会でだって、ロビア家の跡継ぎともなれば、多分、次男、三男は周りを取り囲み褒め称えるだろう。
私の場合、ギルドではマラテスタ侯爵家の関係者だから、適当にほめられただけだ。褒めても乗ってきそうになかったから、褒めたい放題だったのだろう。
侯爵? そりゃあ身内ですからね。
伯母はフリージア行きを勧めた。
「どんなブスでも変人でも、生きていることさえ証明できれば、ギルドに登録できるんだからあきらめなさいよ。ついでにあの気に食わないカサンドラ夫人を失脚させてらっしゃい」
「伯母さま、ミッションが大きすぎませんか?」
どうやって私なんかが、よく知りもしないカサンドラ夫人のような大物を失脚させるのよ。
伯母さま、カサンドラ夫人との間に何があったの?
「そして、社交界が冷たいなら、逆にどうでもいいじゃないの。好きに言わせといて堂々と帰ってらっしゃい」
堂々となんて帰れるかしら。
凄いことを言われて、泣きながら帰ることになるのでは。
「とにかく、私も行きますからね」
「えっ? 伯母さまも行ってくださるのですか?」
「ええ、もちろん」
伯母はうなずいた。
「今日、レオンが帰ってきたのはどうしてだと思うの?」
「どうしてですか?」
「万一、うまくいかなかったらフリージアに攻め込むためよ」
「えっ。嘘」
私は真っ青になった。伯父は二万の軍勢を率いると聞いたことがある。
伯母が笑った。
「嘘に決まっているでしょう。でも、マラテスタ侯爵家やマグリナ国を敵に回すつもりなら容赦はないわ」
「もし、伯母さま。私ごときのために、そんな大層な……」
「違うわよ。私のメンツのために決まってるじゃない。私が推しているあなたをバカにしたような振る舞いをしたのだから、それなりの覚悟をしろと言うことですわ」
私は、かたわらのセバスに解説を求めた。
「まず、カサンドラ夫人が、リナ様をイアン王太子殿下の婚約者の座から引きずり下ろした黒幕でございまして」
「バーバラ夫人やエミリのせいではないの?」
「あのお二人が見当違いの婚約者の差し替えなんか、ノコノコ申し出に言ったばっかりに食いつかれたわけでございます」
セバスの怒りがメラメラと伝わって来た。
私は別にイアン王太子殿下と結婚できなくてもいい……むしろ結婚したくないんだけど、今、それを言ったら殺されそうだわ。
「それから、ロビア家を好き放題に乗っ取って、うちのリナをこき使っただなんて、冗談にもほどがあるわ。あんな連中が!」
「バーバラ夫人とエミリのことでございます」
ヒソヒソとセバスが注釈をつける。
「八つ裂きの刑が望ましい」
「え?」
「え?」
さすがにセバスと私が、伯母さまの顔を見た。
「市中引き回しの上、街の中央広場で公開処刑……」
「もし、伯母さま、そんな刑罰はフリージアにはございませんが」
「なければ作ればいいのよ!」
セバスが小声で注釈をつけた。
「まあ、あれは本気ではございませんから。多分」
多分て何?
何気に不安を残しながら、私は主にメアリ夫人の監督下、覚えきれないほど大量のドレスと、くれぐれも管理はしっかりと念押しされた大量の宝石類と一緒に豪勢な馬車に乗り込んだ。
二週間の馬車の旅である。
だが、侯爵家から順調に街道を進んだのは最初の二時間だけだった。
わずか二時間しか乗っていないのに、伯母は、もう飽きたと言いだした。
「まだ二時間しかたっていませんが?」
「いいのよ。今日、一緒なのはリナだから」
「はい?」
侯爵家の小さな別邸に馬車は入っていく。
「いつものことです」
セバスがまたもや小声で言う。
いつものことって?
「ここからフリージアの王都までどんなに頑張っても二週間かかります」
それは間違いない事実だが。だからこそ、がんばって馬車を走らせねばならないのでは?
「めんどくさいので、繋いだのよ」
伯母が言った。
繋いだ? え? また?
「フリージアの私の所有の小屋と、この建物を繋いだの。ほら、リナも使ったことがあるでしょう? ロビア家の近くにある何の変哲もない小屋よ。魔力のない人間全員とウマや馬車まで、全部通さなきゃならないから、いつも大変だったの。今回はリナがいるから助かるわ」
伯母さま……。やらないとは言いませんが……。
簡単そうにおっしゃいますが……なんのために、魔法を勉強しろとおっしゃったのか、勉強するべき魔法の種類を伯母自身が指定してきたのか。(私の興味ではなく)
「便利魔法は勉強すべき科目なのよ。荷物を運ぶ魔法とか、見えなくする魔法とか」
伯母は力を込めて私に受かって力説した。要するに、移動にかかる魔法を全部やらせるつもりなのね。
そして、(馬車の旅に苦労しなくて済むのを当然と心得た)付き添いどもの、このくつろぎっぷりが、なんだか憎いわ。
「そうそう、フリージアについたら暇だろうから、ダンス教師を手配したわ。二週間、みっちり練習しなさい。フリージアでは、貴族令嬢の化けの皮を被っとかなくてはいけないから」
くっ……何と言う仕打ち……
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