後日談 その2 責任取りました。

「違う方の陛下を捕獲していてしまったとは……不覚」


マーク・ロー殿は、宮殿で唇をかみしめた。


「次回以降は、イアン国王陛下と名指ししないと」


主のいない空っぽの執務室で、側近マーク・ロー殿が切歯扼腕していると王妃殿下の来訪が告げられた。




「こ、これは王妃様」


マーク・ロー殿は深く頭を下げた。


王妃様が手にしている、黒い布に包まれた長いものは何だろう?


二メートルくらいある大きなモノだ。

床に引きずっている。

大きさから言うと、相当重量があると思われるが、王妃様は軽々と持っていらっしゃる。


「人払いを」


「ははっ」


書記官以下全員引き払ったところで、王妃様は、黒い布を取っ払った。


「こ、これは!」


どう見ても、イアン陛下……の首から下。まさか死体?


そして、出てきた大きなカバンを開けると、イアン陛下の頭部が出てきた。


マーク・ロー殿は、自分の心臓が生涯最大音量で鳴り響いていることを感じた。


ドックン、ドックン、ドックン、ドックン……


ついに……死体?


なんで死体に?





「話が違う!」


頭が出てきたとたん、イアン陛下の声が大音響で部屋中に響いた。


「リナ! 許さない!」


元気そうじゃないか。マーク・ローは、何はともあれ、ほっとした。


「ここ、執務室じゃないか! マグリナの隠れ家じゃないじゃないか。ひどいっ。僕はサインなんかしたくない。仕事、したくない。国王なんか、バックレて、猟師になるって言ったじゃない。君も賛成してくれたよね。だから、バッグに詰め込まれても、文句言わなかったのに」


……国王の言葉とは思えない。


さっと、王妃様が、同じカバンの中から銀色にきらめく印璽に似たなにかを取り出した。


「イアン、これ、プレゼント」


「え? 僕に? これ何?」


「あなたにではなくて。お義父様に」


「え」


イアン陛下が嫌そうに顔をゆがめた。


「これ、自動サイン機」



「自動サイン機?」


「あなたのサインを書いてくれるのよ。決裁を取った書類は、お義父様のところに回して、この自動サイン機を押してもらうの」


「ええと、リナ、わかっていると思うけど、僕の直筆サインが必要な書類には、ちゃんと僕がサインしなくてはいけなくて…」


「わかっておりますわ。この自動サイン機は、陛下のサインのそっくりさんを書いてくれます」


「王妃様、それは偽造では?」


真面目なマーク・ローがぼそりとつぶやいた。イアン殿下の方も反対した。


「いや、大きな文字で書く時と、スペース足らなくてイニシャルで済ませるときとか、いろいろあるんで……」


「そこが自動ですわ。紙のサイズに合わせてくれます。そして、お義父様に押してもらいましょう」


「え?」


「再確認作業がお嫌やだとおっしゃっていました。この自動サイン機なら、読むだけではなくて、押す作業がありますから、その分、真剣になれるはず。それに感想を言ってくれます。陛下、押してみてください」


感想を言ってくれますって、どういうこと?


イアン陛下はためらいながら、傍らの書類に、銀色の自動サイン機を押してみた。


『キャー、陛下すてきい。私の初めてが陛下だなんてうれしい』


「「「…………………」」」


……全員が押し黙った。




**************(ここから私視線)




「大丈夫ですか? この自動サイン機」


マーク・ロー様が眉を寄せて尋ねた。


「ちょっと色っぽい方に寄せておいた方がいいかと思って。その方が気合が入るかなと」


私はそういったが、ちょっと不安になった。飽きないように、お色気アリにしてみたんだんけど。


「マーク、押してみろ」


陛下が銀色の印璽をマーク・ロー殿に渡した。


マーク・ロー殿はしぶしぶ判を押したのだが、今度は、落ち着いた美しい女性の声が部屋に響いた。


『いつも陛下のお世話、後始末、お疲れ様です、マーク様。サイン機の分際ではございますが、マーク様のご多幸をお祈り申し上げます』


まともだ。


目顔でイアン陛下が私に、お前もやってみろと言ってきたので、しぶしぶ私も判を押した。


『イアン、大好き』


………………




「ご、合格かな」


「ま、まあ、これで、ヘンリー八世陛下も書類確認に精を出してくださると思いますわ」


「これなら、父上も確認作業に精が出て、ザルをしないと思う。下手をすると自動サイン機に何を言われるかわからないしね。俺が見る書類を減らせるだろう。サイン書きという肉体労働からも解放される。多分一日数時間、仕事が減るだろう」


「さすがは王妃様でございます」


マーク・ロー殿が私に頭を下げた。


「お役に立ちまして、何よりですわ」


「父上も、責任をもって仕事を分担してくださる。僕も慣れない仕事がまだたくさんあるから、本当に助かるよ」





ヘンリー八世元国王の部屋から、女性の悲鳴や罵倒や甘ったるい声が聞こえると、怪しげなうわさが広がるまで、あと数か月。







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