第16話 星祭りの夜の別れ

星祭りの日、イアンは猟師の格好、私は町娘の格好で、大勢の人でにぎわう街の中に出て行った。


人がたくさんいるのって、こんなにワクワクすることだったのか!


「まずは屋台の肉の串刺しを、全品制覇しよう!」


イアン! この肉好きめが!


私は腰に回されたイアンの手が気になって仕方なかったけど、そのまま連れ回された。


ちょっとでも、腰の手が気になる様子を示すと、イアンは喜んでしまう。


「こう? こっちの方がいい?」


やめて! もう、何も注文はつけないことにした。


「これ! ワインに、香りの高いスパイスを入れたヤツ! おいしいよ!」


イアンが笑っている。


「この串焼きもおいしい! こっちも食べてみて! 星祭り初めてなんだろ?」


「ええ」


楽しい。


私はキョロキョロ辺りを見回してしまった。

男女の二人連れが多い。

ファミリーで楽しんでいる人たちもいる。


でも、とにかく楽しい。

地方からのいろいろな細工物を、台に乗っけて売っている出店もあった。


「ねえ、リナにはこのリボンが似合うと思うんだ。いつも茶色の同じリボンだろ。青のリボンが似合うんじゃないかって思っていたんだ」


きれいな長い青のリボンだった。ちょっとお値段が高いのじゃないかと思ったのだけど、イアンは気にしないでと言った。


「家に帰ったら、雪だらけで閉じ込められちゃう。家の中で君が輝いていたらすてきだと思う」


イアン、イアン! だから私はあなたは猟師が向いていないと思うの。猟師はそんな口を利かない。


「星祭りの最後のお楽しみはダンスなんだ。音楽もあるんだ。王様たちが楽しんでいるのだと思うけれど、何しろ大きな音なんで、おこぼれに預かって僕たちも踊れるって訳さ」


やがて、王宮の方向から花火が上がった。ドォーンと言う音がする。


「おおおー」


周囲が嬉しそうにどよめいた。


それを合図に音楽が聞こえてきた。なるほど、大きい。


「お嬢様、お手をどうぞ。一曲お相手願えませんか?」


イアン。あなたが貴族の出だって、すぐにわかってしまうわ。


私は社交界に出たことがないので、よくわからなかった。ダンスの練習もほんの少ししか習っていない。


「平民なのよ? ダンスなんか知らないわ」


「僕がリードするよ」


真面目くさって彼は言って、手を取って踊り始めた。

音楽はまるで夢のようで……私の心の中のどこかにしまい込まれていた小さな夢、いつの日か会えるかもしれない王子様と踊っているような錯覚に陥った。


「明日は教会に行こうね」


イアンはささやいた。


「僕だけのものにしたい」


私は真っ赤になった。そして目を伏せた。彼の目を見ていられなかった。イアンは私の顔を覗き込むようにして言った。


「リナ、君は僕より五歳年下だったよね。心配しないで。僕に全部任せなさい」


夜更けまでダンスは続き、私たちは途中で抜けて自分たちの街の家まで歩いて帰った。


「楽しかった!」


イアンは椅子の上に座り、私はお茶を淹れた。

イアンはそんな私の様子を見つめて、ニコリと笑った。


「リナ、明日の朝、教会に行こうね。ついに結婚できると思うと夢のようだ」


「イアン、私はあなたと結婚できない」


ガタンと音がして、イアンが振り向いた。


「私は平民よ。あなたの将来を台無しにするようなことはできないわ」


「台無し? 大好きな人と一緒になることが、将来を台無しにすることなの?」


私はうなずいた。


「ここにお金があるわ」


「金?」


「あなたが猟に出かけている間に、レモネードとかを売って作ったの」


イアンは目を丸くした。


「これで家族に連絡するか、騎士に返り咲いて」


イアンは一瞬だけ戸惑ったが、怒鳴った。


「金なんか要らない! 猟師になると決めたんだ。君と一緒に暮らしたい」


「絶対に退屈するわ!」


私は怒鳴り返した。


「あなたは、他の人と話をしたり交渉したり、それが出来る人なのよ。そして、たいていの人より、うまく仕事をこなせる人なのよ!」


イアンが黙った。


「だからここにいたらダメになるの。あんな山中にいたらダメになるの」


本当のことだった。


「元気になったなら、自分の世界に戻らないといけないの。あなたの能力を活かせる場所へ」


「リナ、君は……」


イアンは大きな声で言った。


「リナ、君だって、ジュース売りなんかじゃない!」


イアンは私の両肩をつかんだ。


「僕は知っている。君は言葉の端々から、平民じゃないことがバレている」


え……? バレてたの?


「バレてないとでも思っていたのか? 君は……誰だか知らないけど、どこかの相当いい家の令嬢だ。間違いない。なぜ、こんなところにいるんだ」


私は、驚いてイアンを見た。でも、だからって何かが変わるわけじゃない。

一番の問題は、私が令嬢だったってことじゃなくて、魔法力があるってことの方だと思う。だって、私はあそこから出られないのよ。あの隠れ家から。


「それはどうでもいいのよ! さあ、お金を取って自由に使って!」


私は気を取り直した。


「名前を教えてくれ」


私は自分の名前はリナとしか教えていなかった。イアンもだけど、家名を伝えていなかった。


それは二人とも事情があるからだろう。


「名前はないのよ」


そう。私に名前はない。


きっとずっと名前がない。


領主の息子のイアンが貴族に返り咲いたとき、私はきっと彼の重荷になるだけだ。得体のしれない妻。



私は、隠れ家につながるドアを開けた。


「あっ? リナ?」


するりと通り抜け、閉めた。

さよなら。イアン。


どんなに開けようと試みても、そのドアは開かない。


なぜならイアンに魔力はないから。


私はあなたを見ていて、思い出したの。両親が亡くなる前に連れていかれたパーティで、生き生きと話を弾ませ、行動的で、ちょっとばかり周りからやっかむような視線を向けられている人がいつもいたことを。


私はやっかまなかった。それより、頑張ってねと思った。

だって、私にはそんなことできないのだもの。

イアンは、あの種類の人たちなのだ。




私は、街の家に置き手紙と別れの品を残しておいた。


『愛するイアンへ。

あなたと一緒にいられたら、どんなに幸せでしょう。

でも、平民の私と一緒だと、きっとあなたの力が活かせないと思うの。私の心のどこかが、そうジャッジ判断したの。

一緒に置いてある剣は屋敷の中にあった古いものです。使えるかどうかわかりません。オリビア伯母様の物だと思う。でも、私には騎士の装備品を買うだけのお金が稼げなかったので、使ってください。心を込めて磨きました。

アンジェリーナ』


やっぱり家名は書けない。

剣にはありったけの魔力を込めた。

この人を守って下さい。


剣に威力を持たせるような力は、私にはない。


ひたすらにイアンの幸せを祈るだけだった。








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