第2話 王太子殿下との婚約の理由
この婚約には理由がある。
王太子殿下の婚約は、必ず、他国の王女と結ばれることに決まっていた。
完全な政略結婚である。国同士の同盟や親密の意味があるのだ。
だから、他国にどうしても年頃の王女がいないとか、その時の政情で、うまくかみ合わないときなどのみ、自国内で婚約者を選ぶ。
だが、現在の王太子の場合は、他国の王女など検討されずに、まっしぐらに私との婚約が結ばれた。
国内ではもちろん不審の目で見られたし、いろいろ取りざたされたことと思う。
私は幼すぎて、覚えていないけれど。
婚約当時、当時、王太子殿下も私もまったくの子どもだったので、恋愛感情どうのといったものは存在しない。
あったのは、王家の確固たる強い意志だけだった。
公爵家側の意向もない。
母が、私が十分大きくなってから教えてくれた。
「あなたに魔力があるからなの」
私の魔力の件は秘密だ。
両親以外、わずかな使用人以外、知る者はいないはず。
その使用人も、忠実で有能な執事長のセバスがしっかりと目を光らせていた。
「オリビア伯母さまには、魔力があった。私は詳しい力の内容は知らないのだけれど、国防には非常に大切な力だそうで……。自国内にとどめておけばよかったのに、他国に嫁いでしまった。王家は後悔したらしいの。しかもあなたの従兄たちは、全員魔力持ちになった。今、王家は、その力が欲しいの。どうあっても、この婚約は断れなかったとお父様がおっしゃっていたわ」
邪推されたくない王家は、婚約の理由については黙っていた。
ロビア家はおそらくこの国で一番古くて、由緒正しい国だ。
王家は、他国の王女を迎えすぎて、フリージア国の血統が薄まっていると思う、というのが表向きの理由。
生粋のフリージア人の王妃を迎え入れることになり、選ばれたのが、最も古い家系を誇る我が家というわけだった。
まあ、うちは従兄妹同士の結婚が多かったので、血が濃いっちゃ濃いけれども。両親も、祖父母も赤の他人ではなく、たどれば親族関係になる。ただ、爵位と領地がくっついてくる関係などがあって、どこの貴族の家でもこの傾向はあると思う。
「とにかく、リナの持ち物を触らせるなど、絶対に許してはなりません。あの人たちには何の関係もありません。どうして、そんなことを思いついたのやら……」
だが、私は続きを聞くことはできなかった。
夜更かしを見つかって、侍女に寝室へ誘導されてしまったのだ。
もっと聞いておけばよかった。
だって、わずかその二週間後、両親は馬車の事故でなくなってしまったのだ。
それからというもの、バーバラ母娘は好き放題を始め、私はどんどん冷遇されて、給料なしの下働きみたいなことになっていった。
でも、私にはどうすることもできなかった。
特に使用人の総入れ替えはこたえた。新しい使用人たちは、バーバラ夫人をロビア公爵夫人、エミリを令嬢だと信じ込んでいる。
古い使用人の中で、残ったのはセバスだけだった。
セバスは狡猾で、バーバラ夫人ではどうしても理解できない領地関係やお金のあれこれを、しっかり握っていた。
当時、私は両親との突然の別れのことで頭が一杯だった。気がついた時には、もう何もかも取り上げられた後だった。
言われるがままに、下働きの下女と同じような生活をしていた。エミリは何か私に含むところがあるらしく、何かとつらく当たっては私を困らせた。私を嫌いなら、放っておいてくれたらいいのに……服がみすぼらしいとか、余分な用事を言いつけて本来の仕事が出来ないように仕向けて、新しい女中頭の前で無能だとあげつらったりする。
新しい使用人たちは心得ていて、エミリお嬢様の機嫌を取りたければ、私をけなすことが一番なので口々におとしめた。
一番困ったのは、使用人の中にも心得の良くない者がいて、エミリが私を虐めているのを見ると、いじめて良いのだと思うらしく、目を輝かせて、エミリがいなくても陰になり日向になり嫌がらせを繰り返す者がいたことだ。
逃げ回るのが大変だった。
だが、最近になってもう一つ問題が出てきた。
叔母のバーバラ夫人になんだか怪しい感じの男友達ができてしまって、そいつが公爵邸に出入りするようになったのだ。
歳の頃は四十前くらい。とても深いいい声の、見た目もイケメン。
自分のことをイケメンだとわかっているところが、なんだか嫌だったけど。
名は明かせないが、どこかの大貴族の庶子なのだと、事あるたびに言っていた。
大貴族の庶子を名乗るだなんて……。そういうところも胡散臭いわ。
バーバラ親娘に対しては、とても紳士的で優しくて、頼りになる男性と思われていた。
名前はオスカーというらしい。バーバラ叔母やエミリからは親しげに呼び捨てされていた。
当然、私は石ころ同然の目つきで見られていた。
でも、それで大いに結構。
家の中に使用人以外の男性がいるのは良くない気がするのだもの。
不穏なのは、この男、どうも良くないアドバイスをバーバラ親子に教えているようなのだ。
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