【完結】シンデレラ・パーティ~自立を阻む溺愛王太子が開く壮大な王太子妃選抜パーティ(出来レース)

buchi

第1話 公爵家の跡取り令嬢のはずなのに

「もうロビア家のアンジェリーナなんて、社交界じゃ誰のことだかわからないと思うわ」


妹を名乗るエミリが、わざわざ三階の屋根裏部屋までやって来て、得意そうに言った。


アンジェリーナは、私の名前。

魔力で有名な、代々続くロビア公爵家の一人娘。親しい人たちはリナって呼ぶけど。


髪は、今はボサボサで色も汚らしい黄色だけど、元はキラキラ輝く金髪だったし、手だってアカギレだらけのこんな手じゃなかった。


今はエミリが使っている広い部屋は、元は私のものだったし、食事だって、使用人たちが食べ終わった後に、こっそり台所に降りて行って、食べ残しや固くなったパンのカケラをもらって屋根裏で齧るような生活じゃなかった。


「だって、社交界に出入りしない、変人令嬢なんですもの。ホントにお姉さまはダメね」






二年前、両親が亡くなって以来、私の立場はどんどん悪くなった。


最初に信頼していた女中頭が辞めさせられて、その後、古くからいた使用人たちは次々とクビになっていった。


新しく雇われてきた者たちは、完全に私のことを、ロビア家の遠い親戚の厄介者だと信じ込んでいる。


「ロビア夫人のお情けでおいてもらっているくせに、なんだい、あの態度は」


「もっと働いてご恩返しをすべきところだよ」


「ロビア夫人に感謝しているところを聞いたこともないよ!」


「本当に厚かましい」


「エミリ様に対する態度の大きいこと! 公爵家の本筋に当たるエミリ様に張り合うだなんて、そんな性根許せないわ。身の程知らず」



厚かましいのは、叔母のバーバラとその娘のエミリの方だ。


この家は元々、私の両親の家。義理の叔母たちは、五年前、叔父が亡くなったため、頼る先がありませんと涙ながらに両親のところに取りすがって来たのだ。


両親はいい顔をしなかった。

叔父は、若い頃に何かやらかしたらしく、家を出て行ってそれきりになっていたらしい。


「それを今更……」


父はそう言って渋ったらしい。


「そんな……母子ともども飢え死にしてしまいます。どうか、使用人としてでも、この家においてくださいませ」


とは言え、別に仕事はしなかったので、結局は居候なわけだが、とりあえずこの家に置いてもらえることになったらしい。


両親は外交官で、留守がちだった。しっかりした女中頭と執事がいて、家を切りまわしていたから安心だったのだが、両親が外国に赴任した途端、バーバラ叔母たちは、親戚だからと勝手なことを始めるようになった。


私は両親が、出来るだけ彼女たちに関わりを持たせたがらなかったので、余り親しくする予定はなかった。大体、別棟に住むことになっていたしね。でも、エミリの方から近づいてきた。


エミリは、薄い金髪の、なんとなく覇気のない顔つきをしていたが、一度主張しだしたら譲らない性格だった。


「こちらのお屋敷に、この度お世話になることになりましたエミリです」


特に挨拶は要らないんだけどな。


彼女は胸を張って、公爵令嬢の私の部屋に堂々とやって来た。果たすべきこと立派にやり遂げるために来た、と言う風情だった。


呼んでないんだけど。別に誰に行けと言われたはずもない。むしろ、行くなと言われていたんじゃなかったのかしら。


この思い付きと努力を誉めて欲しい、そして、彼女が来たことを大歓迎して欲しい。

そんな空気をひしひしと感じたが、私は、困ってしまって「そうなの」とかなんとか、割とおざなりな返事をしてしまったような覚えがある。


妙な雲行きに女中頭以下が沈黙していた。


この時は機転を利かせた、侍女頭が「アンジェリーナ様はお友達のお茶会に行く準備がございまして……」とか言って救出してくれたけど、エミリは、お茶会と言う言葉に飛びついた。


なんだか、自分が呼ばれていないことが気になったらしい。


いえいえ。呼ばれない方が気楽なお茶会も多いのよ? 全然知らない人のお茶会に行って、どうするつもりなの?



どうも彼女は、自意識過剰のきらいがあるようだ。

それにすぐ泣く。


自分が正当に扱われていない、迫害されている、虐められている、もっと先に教えてもらえいればちゃんとできたのに、教えてくれない人が悪い等々、もめ事のタネには事欠かない。


使用人たちも、内心は手を焼いていた。


エミリは、本気で泣きながら母親のバーバラのところに訴えていくのだが、母親のバーバラにしたら、状況がわからないので、一方的に娘が虐められているように感じてしまったかも。


エミリの被害妄想と、自分はもっと重要で誰からも注目される人物なのだと言う憧れにも似た執着心にはお手上げだった。


そして、最も困ったのは、年が近い私のことをつぶさに観察していることだった。

彼女の中では、だんだん、自分と私を比べては、私一人が優遇されているのは不公平だと言う思いが膨れ上がっているようだった。


公爵家の跡取り娘の私と、親族の家に住まわせてもらっている彼女では、色々と事情が違うと思うのだけど、彼女の中には不思議なプライドと高い自己評価があるみたいで、それが満たされないと、怨念みたいな感じになるらしい。




私はたまたま、両親が帰ってきた時、女中頭のギブソン夫人が訴えているところを聞いてしまった。


「エミリ様がお友達を招いてお茶会をしたいと。そのためにドレスなども新しいものを欲しいとおっしゃられまして……」


そういえば、先日、私が仲良しの何人かを呼んで、ほんとに小規模なお茶会をしたのだけど、それを見たのかしら。


「この家は、バーバラ達の家ではないのですよ。エミリは誰の費用でお茶会を開くつもりなんでしょう! しかもロビア公爵家の名前で招待状を出したいだなんて! 自分の家の名前で出したらいいじゃありませんか」


母が眉をしかめている様子が目に浮かぶようだった。


「それに……一番困ったのは、リナ様とフリージア国の王子殿下とのご婚約のお話を聞きつけたらしく、あれこれと詮索なさるのです。エミリ様は大変に気にされているご様子で」


私には婚約者がいた。


ロビア家は古くから続く名門公爵家だが、王家は王家同志の婚姻が圧倒的に多い。

国内の公爵家の娘がフリージア国のような大国の正妃になるだなんて、あり得ないはずだ。


だが、私は王太子様の婚約者だった。


だんだんとそれが本当だとわかってくると、理由よりも先にうらやましいとか、どす黒い感情を抱くようになったらしい。


「バーバラ夫人には何の関係もないでしょう」


母のイライラした声が聞こえた。


「でも、エミリ様は、アンジェリーナ様がご婚約者なら、ご自分でもおかしくないとおっしゃられて、アンジェリーナ様のドレスや宝石類を見たり、触ったりされておられます」


なんでも自分が一番だったり、誰もが自分のことを話題にしていると信じているエミリのような人物の話なんか聞きたくなかった。


「何をバカな。勘違いをしています!」


母が大きな声を出した。


そう、この婚約には理由があった。


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