第24話 世界で一番の魔術使い
だが、そうはいかなかった。
メアリ夫人とセバスは確かに待ち構えていた。
「あああっ、また変な村娘の姿に戻ってしまって!」
セバスが開口一番叫んだ。
「変とは何? 研究にはこの格好がベストなのよ!」
私は叫んだが、メアリ夫人以下侍女軍団は容赦なかった。
「問答無用! 侯爵の前で変な格好はさせられないわ!」
ギャー。誰か助けてー。
しかし、数時間後、私は上機嫌の侯爵の前に、生まれながらの貴族令嬢よろしく優雅に着飾って現れた。
仮縫いまでしか進んでいなかったはずのドレスを、わずか数時間の突貫工事でどうにかしたお針子軍団の職人技、めんどくさいからって徹底的に適当だった食事のせいで、すっかり艶をなくした肌と髪をゴマ化しまくった侍女軍団のプロ意識、メアリ夫人より、セバスの、ロビア家の令嬢を恥ずかしい姿でマラテスタ侯爵の前に出せないと言う執念の前に私は完全敗北した。この人たち、怖い。
夕食の席で、私は久しぶりに侯爵に会った。
「おお。話には聞いていたが、ここまで美しい令嬢に育ったとは思ってもいなかったよ」
侯爵は、いかにも軍人らしい、立派なひげを蓄えた大柄な人物だったが、心から嬉しそうに微笑んで言った。
「自慢の姪だな。もう、覚えていないかも知れないが、ここに遊びに来たこともあるのだよ?」
目を細めて侯爵はおっしゃった。
「いいえ。覚えております。こちらに再び参りまして、なつかしかったですわ」
私はにこやかに答えた。伯母の目が怖い。まともな返事をしろと危険信号を送ってくる。
「そうか、こちらに来てからもう長い。これほどの美人を放っておくわけにもいくまい。そろそろ披露のパーティでも」
「事情がありまして、こちらに参りましたから」
伯母が伯父ににこやかに危険信号を送った。伯父はせき込んだ。ようやく事情を思い出したらしい。
家族だけの集まりだったので他に見る人もなく、私はどうにかこうにか完璧貴族令嬢を演じきった。
「やれば出来るではありませんか! リナ様」
セバス、私は完璧な貴族令嬢を目指しているのではないの。
「じゃあ、何を目指しているのですか? まさか、完ぺきな王太子妃ですか?」
全然違う!
「私が目指しているのは、田舎娘! 魔力が使える自由な存在よ!」
セバスが、何言ってんだかと言う顔つきになった。
「そんなこと、伯母さまがお許しになるはずがないではありませんか。ロビア家のご令嬢ともあろうお方が!」
「伯母さまだって、ギルド登録はなさっているでしょう! 私だって!」
そこへ伯母がいつもの堂々たる様子で現れた。
「リナ、魔術がどうとか言っていたけど、持っていった依頼の品はどうなったの?」
うしろからはメアリ夫人が心配そうについてきていた。侍女たちから髪や肌の状態を聞いたに違いない。それは私も多少まずいとは思っているのよ。
「ええと、ほら、この通り」
私は昔伯母にもらった茶色の革のバッグを取り出した。令嬢にはまるで似つかわしくないボロボロの物だ。中から百余りの魔法薬の品々が次々に出てくる。
私はたっぷり一時間、伯母に向かって依頼の品々の改良方法や完成品の効用をまくしたてた。
「わかったわ。もう結構」
「伯母さま、まだ半分しか解説していないんですけど……」
伯母は眉間にしわを寄せた。
「いいこと? リナ。あなたの魔力は膨大です。だけど、それ以上にこれは……なんて言うか、これは別物にしてしまったわよね。依頼は改良ではなかったかしら」
「そうなんです!」
よくぞわかってくださいました! さすがは伯母さま!
「新薬になってしまったとしても、結果的に目的を達成していれば、問題はないと……」
伯母はため息をついた。
「リナ。わかっていないみたいだから言うけど、あなたは魔力だけの人じゃないわね。創意と工夫の人ね。これ、もう、ほとんど全部新薬でしょう! 国中、いえ、世界中探してもあなたほどの魔力使いはいないわ!」
伯母は言い切った。
「うれしいわ」
伯母がちょっと下を向いた。泣いてる?
「私の弟の忘形見が、こんなに素晴らしい魔法力の持ち主だったなんて……」
絢爛豪華なドレスで、いつも自信たっぷり、常に背筋を伸ばして堂々としている伯母が涙ぐんで、抱きしめてきた。
「リナ! リナ! 私の大切なリナ。ほんとにごめんなさい。あんなアホな家族の元で苦労させて。ああ、立派になったのねえ!」
バーバラ夫人とエミリなんて、大したことなかったですよ!
知らない間に、チャチャッと魔法で掃除洗濯掃除しましたしね。
ご飯も困ったけれど、お陰で魔法の勉強になりました。
伯母様…だから泣かないで。
「あなたの幸せを心から祈ってるわ! 私の力の及ぶ限り、頑張るわ!」
え?
そ、そういうことなら!
………お願いがあります。
本当に言いそうになった。
イアンを探して。
イアンはどこにいるのでしょう。
私の幸せはイアン。多分、イアン。
もしかして他のご縁を彼は見つけているのかも知れないけど、でも、私はイアンを愛してる。
……だけど、言えなかった。
伯母のおかげで、私の地位は確定しつつある。
少なくとも、貴族であることくらいは、確認されるだろう。
それなら、どこかの領主であるイアンのお荷物にならないで……つ、妻?になれるかも知れない。
イ、イアンと、けっ、結婚できるかも知れないじゃない!
きゃー
「どうしたの? 何かお願い事でもあるの?」
伯母が泣きながら、微笑んで聞いた。
今だ!
言ってしまえ!
「あの、私……結婚したい人がいます」
「まああ!」
伯母は叫んだ。
「どこで知り合ったの? お名前は? どういう経緯で? どちらのご子息?」
ああうっ。
所々に点々と、言えない知らない問題点が!
言えない情報筆頭が、一緒に住んでたことと、私が引きずりこんだこと? これ、言えない! 貴族令嬢として、めちゃくちゃ言いにくい!
「だと、いいなあって、思っています」
「なーんだ。好きな人がいる訳じゃないのね」
伯母はそれでも嬉しそうだった。
「よかったわ、リナ。ちゃんと結婚願望があるんじゃないの」
「いえ。あの。その。つまりですね……」
「任せてちょうだい! 伯母様、頑張るわ! リナのためですもの。最ッ高ーのステキな男性を探してくるわ!」
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