第23話 傷心のあまり、新薬を勝手に開発

私は薬の改善にやる気満々だったのだが、メアリ夫人の目が泳いでいることに気が付いて、あわてた。


「あっ……確かに、この市販薬、高いですよね? 全部買うとなると、お金が要りますよね」


いくらかかるだろう。私の手持ちは少ない。イアンのためにほぼ全額吐き出してしまったからだ。

今は伯母の世話になっているので、食費がタダで済んでいるけど、本当なら今みたいに思いっきり食べていてはダメだ。


「いいえ。お金のことはどうでもいいんですが、この数、やってみるんですか?」


お金の問題じゃないのか。別に何か障害があるんだろうか。


「ダメですか? 市販薬だから、依頼を受けなくても実物を手に入れられるので、改善も試せると思うのですが。私、ギルド登録していませんし」


「そうじゃなくてですね……まあ、普通は一種類だけでも生涯かけての研究が必要なんじゃないかと……まあ、私は魔法に関しての知識がないので、はっきりしたことは言えませんが」




メアリ夫人は伯母に相談してみると言い、伯母は構わないと言ったらしい。


「でも、奥様もびっくりされてました」


メアリ夫人と伯母が驚いたのは、数の方であって値段ではなかったらしい。よかった。


「全部こなすなんて正気の沙汰ではないと、奥様はおっしゃっていましたが?」


私はメアリ夫人が買ってきてくれた薬をメモと照らし合わせる作業に熱中していた。


「本気で全部やる気ですか?」


「え? だって、楽しみは多い方がいいじゃありませんか?」


私は返事した。メアリ夫人はしばらく私の作業を眺めていたが、コホンと咳払いをした。


「隠密のカルロさんと、透視のマーシーさんから、お手紙が届いておりますけど、お読みになりますか?」


私は振り返った。誰だろう。


「誰でしょう?」


また、粗相をしてしまったのだろうか。大事な人物の名前を忘れているとか?


「あの魔術ギルドで会った魔術師さんたちですよ」


メアリ夫人が説明してくれた。


ああ、あの背の高い若い男性たちですか。


「何の用事でしょう?」


「手紙を読まないとわかりませんが、まあ、多分、何かのお誘いではないかと」


私は手紙を受け取ると開けて読んだ。お茶のお誘いだった。そんな暇はない。


「あのー、確か魔術師さんは、プライドが高いとおっしゃってましたね?」


「ええ。まあ」


「機嫌を損ねると困るので、婚約者がいますとかなんとか断っておいてください」


「えっと、でも……」


「とにかく当分忙しいので、無理です」


イアン。

イアン。


会いたい。


だけど、今は忘れていないと。私は動けなくなってしまう。


「では、伯母さまにはお世話になりましたとお伝えください。また、薬の研究結果が出ましたら、こちらに参ります」


「あの、伯父様が戻るまでは、お屋敷に残っているはずだったのではないですか? リナ様?」


そう言えば、そうだった。

でも、伯父が帰ってくるまでひと月ほどかかると言っていた。

まだ、時間はある。

しばらく隠れ家にいても、問題はないだろう。


それから私は、魔術に熱中した。それしかできることがなかったから。

私は忘れたかった。



伯母はどう思ったのか知らないけれど、隠れ家に引きこもる私を、そっとしておいてくれた。


伯母の手紙には、伯父のマラテスタ侯爵が帰還したので会いに来てほしいと書いてあった。


なぜか、どこの屋敷にいても、伯母の手紙だけは届くのである。


私としても、持ってきた百種類余りの薬の研究?を終わってしまったので、そろそろ新しいネタが欲しいところだった。


「改善要望は全部クリアしたけど、私がモタモタやっている間に誰かが依頼を終わらせてしまっていると言う可能性もあるわね。今度からは、伯母の名前を借りて仕事をしようかしら。そしたら、必ず独占契約になって報酬がもらえるわ」


この時まで気がつかなかったが、ギルドに登録しさえすれば、私は生活が保障されるのでは?


「むう。あまり王家というものに好意はないけど」


私は最初の婚約破棄を思い出した。イアンとか言う名前の会ったこともないヘボ王太子は、簡単に婚約破棄した。


「面倒くさいわねー。ちゃんと市民としての登録がないと、ギルドの登録も出来ないんじゃないかしら。何かの証明を取ったら、ロビア家の後継だとばれてしまって、評判が悪いから、フリージアの社交界から石を投げられそうだし」


だけど、一度だけ石を投げられて、国外追放になれば、伯母のいるマグリナ国へ逃げてこれるだろう。

おそらく、フリージア国の人間は、私に魔力があることは誰も知らない。バーバラ夫人やエミリはもちろん知らないし、カサンドラ夫人も厳密には王家の人間じゃないから知らないだろう。

病床にいる国王陛下は知っているだろうけど、私ごときの動きなんか、本当にどうでもいいだろうし。



私は久しぶりに、マラテスタ侯爵家に続くドアを開けた。メアリ夫人とも久しぶりだわ。この改善要求をすべて満たした依頼の薬の山を見たらきっとすごく驚くわね。楽しみ。

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