後日談 呪いは来た道をたどる

カサンドラ夫人が国王に毒を持ったことは明らかだった。


下手人は、カサンドラ夫人の縁者で、ほんの少し魔術がつかえるマウリオ。

カサンドラ夫人の推薦で、王の医師団に潜り込んだ。


「王を亡き者にし、あのまだ若いイアンを私の姪と結婚させて骨抜きにして、政務に関心を持たせなければ、この国は私のものだわ」


カサンドラ夫人は考えた


ロビア家の当主が事故で亡くなったことは本当に運がよかった。


「何も手を下さなくても、邪魔者がいなくなった」


そして愚かな親族の叔母とやらが、当主のアンジェリーナをいびりまくっていると言う噂を聞いたとき、カサンドラ夫人は思った。


「その娘が、いびり殺されれば、好都合なんだけど」


だが、現実には、ロビア家の方から婚約者の差し替えを願い出てきたのだった。


カサンドラ夫人は高笑いした。


「チャンスだわ」


すでに数か月前から、マウリオにイアン王子への呪いをかけるように命じていた。


「意志が弱くなる呪い。私の言うことを聞くようになる呪い。そして姪のアレクサンドラに惚れ込むように。そんな呪いをかけてちょうだい」


白昼堂々と無理難題を押し付けてきたカサンドラ夫人に、小心者のマウリオは驚いた。


彼はやせて小柄で、見栄えのしない男だった。


魔力がわずかにあるおかげで、ここまで出世できたのだ。だが、人の心を左右するような魔術なんか使えない。


そもそもそも違法だ。


だがいくら言ってもカサンドラ夫人が聞き入れないだろうことは明白だった。そもそも、魔術や魔法の類をどう勘違いしているのか。金を出せば簡単に手に入ると思っている。


「カサンドラ夫人。これは黒魔術の類でございまして、大変危険でございます」


マウリオは真剣になって言った。正直、怖かった。こんなものに手を出したくない。


「姪のアレキサンドラは、かわいいにはかわいいけど、絶世の美人と言う訳じゃないわ」


いやいや、相当なブス子ちゃんとして有名だった。

なにしろ、性格が悪いので、本来の評価より三割引きだった。


「言うことを聞かないと毒を盛った件をバラすわよ」


同時に命令した人間も誰だかバレますよねと言い返しかけたが、


「私を誰だと思っているの? 国王陛下は私の言いなりよ?」


マウリオは非常に困った。


「言い訳はたくさん。仕事をするように」


えええー


そのセリフだけ聞くと、有能優秀上司みたいだが、やろうとしていることは、紛うかたなき極悪人の仕業である。


やりたくなかった。


やりたくはなかったが、数ヶ月に渡りイビられ、モノを知らない侍女やその仲間に嘲笑され、精神的にゴリゴリ削られたマウリオは、ついに、ギブアップした。

このままでは自分がウツになってしまう。



やむなく魔女のお宅訪問と相成った。


そこは、誰も訪問したがらない、人里離れた小屋だった。

人好きのしない顔つきの、世を拗ねた老婆が一人で住んでいた。


もちろん、歓迎されなかったが、カサンドラ夫人から預かった黄金を見せると、ニタアと笑って黄色い歯を見せた。


「わかって依頼しているのだろうかね。呪い破りなんかできる人間はいない。だけど、万一、呪いが破られたら、真の依頼主のところへ呪いは返るのだ」


「私は散々止めたのに! ちっとも私の言うことを聞かないんです!」


マウリオは涙ながらにこれまでの上司(カサンドラ夫人)の仕打ちを訴えた。


「ははあ!」


老婆は笑った。


「そんなものさ。自分の欲望だけで、他の者の命を奪おうとする人間なんて!」


「いえ。違いますよ。命じゃありません。心です」


「は? 何言ってんだい。そんなもの、無理だよ」


「え?」


「体調を悪くするくらいなら、どうにかなるけど、惚れ薬は専門外。というか、作れるやつがいないよ」


二人は考えて、結局体調悪化の呪いをかけることにした。


「まあ、人間、体が弱ると弱気になるしね。おとなしく言うことを聞くようになるだろうよ」


必ずイアンが手にするであろう、フリージアからの王家の手紙に粉にして紛れ込ませた。


「本人の頑健さも影響するよ」


残念ながら、イアンは血気盛んな意志強固な若者で、遣わされた呪いは苦労していた。それでもケガのおかげで、結構いい線まで行っていたのに。


「呪い破りなんか出来る人間はいない」はずだったが、あいにく、イアンにはとんでもない出会いが待っていた。


リナである。


運悪くケガをして、瀕死まで追い込まれていたイアンは、劇的に回復した。

リナ無意識の完璧な呪い返しだ。

呪いの方は……イアンの体から離脱して、行き場をなくして、ふよふよし始めたのである。


「やっとれんわ。いとれんわ」


リナのそばには寄りつけない。

なんだか知らないけど、本人無意識の強烈な善意が溢れている。


「ホンマにコイツあかんわ」


呪いはぼやいた。


「いっこも、付け入られへんやん」


仕方ないから、記憶を頼りに元に戻った。


「あっ、腐れババア発見」


呪いを放った例の老婆である。


しかし、呪いにはルールがある。


「発注者のとこへ行かんなんねんわー」


残念そうに去って行った。


探すこと数ヶ月。


呪いはノロい。やっと、ついにカサンドラ夫人を発見したのだった。


「あれや。あのオババンや。やったー」


呪いは嬉しそうにそばによると、するりと体の中に潜り込んだ。


「あら。風邪かしら」


瞬時に具合を悪くするとは、さすが呪い。


「悪い時に悪いことは重なるものねー」


その頃にはシンデレラ・パーティーも終了し、王太子妃選定問題には決着がついていた。


「このオババンは、勝手もんで、嫌われとる。相性抜群やな。しかも、なんか弱っとるし。エエ感じ」


呪いはゆったりと腰を落ち着けた。


「奥様が最近妙なものを食べたがられて。下品な馬丁が食べるような料理とか。これまで召し上がったことないはずなのに」


「夜中にこっそりお酒を飲んでらっしゃるのです。足には水虫ができてしまわれて。しかも足が臭いのですよ」


呪いは、辛党の酒飲みで水虫持ちであった。脂症でもあった。


「なんだか、しゃべり方も変わられて。今朝なんか、早よ来んかいなと言われましたの」


自分が辛党の酒飲みで水虫持ちで脂症なことは、承知していたが、言葉がおかしいとはなんだ。侍女の観察に、別に異議はないが、そこだけは心外だ。


イアンに憑りついたときは、正義感の強い男だったのでとても居心地が悪く、思うように動かせなかったが、このオバハンは、自分に甘くてダルダルなので、つい呪いの地が出てしまう。



カサンドラ夫人は、元気になった国王に自邸へ帰るよう促され、体調を崩したとかで寝たきりになり、やがて亡くなったという。


「使い魔のマウリオも三回くらい風邪引かしたったけど、呪いっちゅーもんは、発注者のとこへ戻るもんや」


呪いは、死んだカサンドラ夫人の体から出ていくところだった。


「この人、死んだから、わし、自由になれるねん。呪いじゃなくなるねんわ」


呪いは嬉しそうだった。お役目が終了したので、今は、いわば精霊なのである。


精霊と言えば、聞こえは良いが、人間同様、いろいろな種類の精霊がいる。


ふよふよと空中に浮上しながら、精霊は葬儀が行われている地上を眺めた。


人々の噂によると、姪のアレクサンドラ嬢は、実家のある地方へ戻されたらしい。

イアン王太子の気分を損ねたことは確実なので、鳴物入りで王都へ上京した時とは対照的に腫れ物扱いらしかった。


「今度は俺の好みで取り憑けるんやけど」


善人や意志の強い人間に取り憑くことは、彼の嗜好には合わなかった。イアン王子は意志強固で苦労したし、リナなんてとんでもない。あんな女には、文字通り取り憑くしまがない。


「アレクサンドラ嬢って、なかなか良さそうやん? 惹かれるもんがあるわー」


今度は、呪いで取り憑くわけではないので、取り憑いたところで死ぬようなことはない。

むしろ、精霊の気に入られたら、何かと面倒を見てもらえるので長生きできる。


ただ、精霊の個人的な性癖や好みは一緒についてくる。

精霊は辛党の酒飲みで水虫持ちであった。脂症あぶらしょうで、足が臭く、客観的には婚前の令嬢には不向きなのだが、精霊は乗り気だった。


「なかなか馬が合いそうやん? 感謝して待っとってーな、アレクサンドラ姉ちゃん」


こんなもんに憑りつかれた令嬢のその後など、語るも涙のはずだったが、意外と楽しい余生となったらしい。

少なくとも、精霊の方は、アレキサンドラ嬢の寿命が尽きるまで付き合って、のん兵衛でだらしない令嬢という名をほしいままにする人生を送らせてしまった。


「この地方の特産の酒、エエやん。もっとないん?」


そして、どう見てもオッサン令嬢だったが、地域振興にもなかなか貢献したそうな。めでたしめでたし。



*************


シンデレラ・パーティ~番外編

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330665642252360

書いてみました。


気が向いた方はどうぞ。いえ、ぜひ。

お待ちしております。

どうぞ、どうぞ。さあ、どうぞ。

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【完結】シンデレラ・パーティ~自立を阻む溺愛王太子が開く壮大な王太子妃選抜パーティ(出来レース) buchi @buchi_07

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