第47話 今日から僕はここに住む

「だから、早く結婚しようって言ったろ?」


翌朝、早朝、王太子殿下の公務の時間外とやらにイアンは出現して、私の寝室のドアをこじ開けて入ってきて言った。


魔法力のないイアンがドアを開けるとは? 私は驚愕したが、イアンは平然とカギを出してきた。


「マラテスタ侯爵夫人が貸してくれた」


うわっ。伯母様、何してくれちゃってんの。危険極まりないじゃないの。


「二人が一緒にいる時間が長ければ長いほど、信頼関係が深まる。いいと思わないか?」


熱を込めてイアンが自説を展開した。


イアン。どうしてそんなに積極的?なの?


「あの、私、陰謀とかめぐらさない、そばにいて安心できる人が好きなんですけれども」


私は、色気がありすぎる夜着の上に、超特急でガウンを着ながら言った。

私の安寧はいずこへ。


「だから猟師になろうって言ったじゃないか」


私の首から下に視線を動かしながら、イアンが言った。


無言になった。猟師は陰謀はめぐらさない。でも、どこかがめちゃくちゃイアンに不向き。


そうか。私が好きになった人はこういう人だった。


「僕だって、自分の手元に何も残さないで、僕を生かし切ろうとか言って手持ちのお金を全額渡してくれる人の方が好きだ」


「あの、ちなみに自分用の生活費はちゃんと残しておきました」


評価は下がるかもしれないけど、私はボソリと真実を言った。


「よかった。ますます好きになったよ。計画性のない人物は信用ならないからね」


「友人がほとんどおらず、社交性はあまりありませんが」


「ないほうがいいな。余計な人から影響を受けたり、誰かに妙に肩入れされると困る」


イアン殿下は明るく言った。


「明日からは、ここに住みたい」


はっ?


ここって、ロビア家の屋敷のこと?


「なに、特別な準備は要らない。この部屋で十分だよ」


そう言うとイアンはニコッと白い歯を見せて笑った。


待て。ここは私の寝室だ。


何か断る理由はないかしら。私は知恵を絞った。


「十分な警備がありません」


「君の伯母上が住んでいるよね。あれで十分だ」


「はい?」


伯母をあれ呼ばわり? でも伯母は、ただの中年の夫人で……ただの人ではないな。だけど、伯母が騎士の代わりに剣を握っているところなんか想像もつかない。剣を見ても、大きな包丁ねとか言ってそう。


「知らないのか。君の伯母上の魔力は防備力だ」


私は間抜けヅラをして殿下の顔を見た。


「国同士を繋ぐようなドアを作ってしまったり」


「そういえば……」


「実は盗聴寸前みたいに君の動向を調査していたり」


いや、ロビア家での私の惨状を知らなかった。


「あっ」


それであんなに詫びていたのか。


「セバスがマラテラス家に辿り着くまでは、本当に何も知らなかったらしいけど、そのあとは全部押さえていたらしい。でも、相手が、この僕だとわかって、そして、君が、まんざらでもなさそうだったのを見て……」


私は思わず、殿下の手を叩いた。その手はものすごく自然に何気なく腰に巻きつこうとしていた。


イアンが妙に自信満々だったのは、伯母情報が原因か。


「シンデレラ・パーティなんかしなくても、君に直接言えば済む話なのに。君が僕に選ばれたって派手にやりたいっていうから」


「なんですって?」


「僕もどうかなあと思ったけど、この際、パーッと派手に世に知らしめたくなってしまって。僕の最愛は君だって」


昨日は、シンデレラとして選ばれることが、君の安全を守るとか言っていたような。エート、あれはどういう理屈だったのかしら。



要するに、やりたかっただけ? シンデレラ・パーティ。



やめればよかったのに、シンデレラ・パーティ。


本気で嫌がっていたのは当の本人の私だけ?



伯母は、やらなくても良いのに、と言っていた。(でも、見に行きたいのよ、私が!とも言っていた気がする)


イアンもやらなくてもいいのに、と言っている。(口では。この際、パーっと、とも言っているが)


やらなくてもいいはずだのに、シンデレラ・パーティは敢行され、王宮の広い大広間を埋め尽くす大勢の貴族たちの前で、王子様のダンスのお相手として選ばれ、最後までずっと一緒にいた私。シンデレラ。

十二時が来なかったシンデレラ。



これはあれですか?


真実の愛告白をやりたくなる、婚約破棄劇場の類似バージョンですか?


シンデレラ・パーティで選ばれた時点で、逃げ場はもうない。


ああ、もしかして、そのためのシンデレラ・パーティだったの? そこはそうなのね?



「あ、でも、イアン、王子だって辞められるって言ってたわね?」


王太子妃候補なんて、もっと軽い。簡単に辞められる。


「愛しているよ、リナ」


殿下の手が腰にくっついてきた。しかも引き寄せられる。


「君だけが信じられる。君といるとあたたかい。今日から僕はここに住むよ」


「ロビア家は、職場の王宮から遠いんだから、止めなさい」


「大丈夫」


イアンはにっこりと見つめてきた。


「君の能力を持ってすれば、僕の執務室のドアと君の寝室のドアをくっつけることができる」


いやあああ。


「通勤時間はゼロだ」


どうだ、極めて合理的だろうとイアンは言った。


「王宮は広いんだ。僕の寝室から執務室まで行くのと、この部屋から執務室に行くのだったら、ここからの方が近い。ついでにここから僕の寝室にもこの部屋へのドアを作ってくれ。誰にも見咎められないで、君の部屋まで行けるから」


魔力って、そんなもののために使うものじゃないと思うんですけど!


「生活を便利にするために使う。君自身、そう言ってたじゃないか。つまり」


イアンは満足そうに言った。


「今日から僕はここに住む」


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