いっせーので!! 〜指スマで全国大会優勝を目指すことになったんだけど、僕ってそんなに強いですか?〜

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勧誘

 桜が舞い散る季節、茨城県立兎島高校の入学式が終わり下校の時間となった。


 この学校に入学した少年、指原十真さしはらとうまは入学式早々に先輩から呼び出しを食らっていた。


「入学したばかりなのに先輩に呼び出しとか最悪だよ……しかもめちゃくちゃ怖そうな人だった……僕、なんかしたのかな?前髪が長すぎたとか? 目つきが悪かった? 挨拶しなかった? いやいや、そんなことはない。なんでだろう……緊張で心臓が口から出そうだよ……」


 体育館裏で濡れた子猫のようにビクビク震える十真。

 目元まで隠れている前髪を弄りながらため息を吐いていた。


 十真は自分を体育館裏に呼び出した先輩を待っているのだが一向に先輩は現れない。

 この待っている時間が長ければ長いほど恐怖が増していくものだ。


「どうしよう……おしっこしたくなってきた……トイレに行こうかな……でもトイレに行ってる間に先輩が来たらどうしよう……そこの木に隠れてするか? 入学式早々に立ちション……緊急事態だ仕方がない……じゃないと怖い先輩の顔を見ただけで漏らしちゃう……」


 十真は尿意を我慢できずにちょうどいい木陰を探す。


 十真がいる体育館裏のすぐ隣は通学路になっている。

 体育館裏と通学路はフェンスと木で区切られていてる。

 体育館側に木で通学路側はフェンスだ。


「あそこの大きな木がいい! あそこなら下校中の人に見つからずにできる!!」


 十真は立ちションをするために狙いを付けた大きな木に向かって歩き出した。

 1歩、また1歩とゆっくりと歩き出す。

 緊張と恐怖のせいだろうか十真は歩くだけでも漏れそうなくらい膀胱に尿が溜まっていた。

 漏らさないために1歩、また1歩ゆっくりと歩き出した。


「おう、待たせたな1年!!」


 十真の背後から声がかかる。その声にトウマは聞き覚えがあった。


「ひぃ……先輩……こんにちは……」


 十真の目の前に立つ人物こそ十真を体育館裏に呼び出した張本人だ。

 学校の規則を破り金髪のモヒカンヘアー。学ランは変形していて短ランになっている。短ランのボタンは1つもかかっていない。ベルトは真っ赤で細いベルトをしてその風貌から一言で表すと『ヤンキー』だ。


 入学式早々に絶対に絡まれてはいけない相手に十真は絡まれてしまっている。しかし絡まれる心当たりは十真本人には一切ない。


「オメェ……中学ん時は一番強かったらしいな」


「えぇえ……強い? なんのことですか?」


 十真はボコられると確信した。


(この人はこの学校の番長で何かの勘違いで僕が喧嘩が強いと思っているんだ)


 心の中で自分なりに解釈した。

 解釈したからといってこの現実から逃げられるわけではない。

 もうすでに顔面をのジャガイモの表面のようにボコボコにされる未来は見えた。


「おい、1年、手ェ出せや」


「ひぃい」


 十真の前に立つヤンキーの先輩は拳を握りしめて両手を前に突き出した。


(始まる。喧嘩が始まる)


 直感し十真は怯んだ。


 体が全く動かず手が出せない。否、体は小刻みに動いている。喧嘩に対する武者震いではない。恐怖で震えているのだ。

 十真は生まれたての子鹿のように足をガクガクさせていた。


「こう出すんだよ。オメェも知ってんだろ?」


 ヤンキーの先輩は十真の目の前で構え方を教えている。その構え方は十真の知っているファイティングポーズとかではなかった。握りしめた拳の親指が上になるような構えだ。肘を折り胸の前に軽く突き出している。


 十真は見様見真似で同じポーズを取った。


「オメェ……覚悟しやがれ!!」


「ひぃい……勘弁してください! 許してください……」


 十真の渾身の叫びはヤンキー先輩には届かなかった。

 ふと目の前に立つヤンキー先輩の顔を見てみると眉間にシワを寄せてトウマを睨みつけていた。


「オレからいくぞ!」


「ひぃぃ」



 十真は殴られると思い目を閉じた。


 次の瞬間だった。



「いっせーのーで!!『0』」


 先輩の口から懐かしい響きの掛け声が十真の耳元に届いた。それは十真が想像していた喧嘩とは程遠い掛け声だった。


「やっぱりオメェ強いじゃねぇかよ」


「え??」


 目を開く十真は自分の親指が立っている事に気が付いた。意識して親指を立たせたのではない。無意識に親指が立っていたのだ。


 ヤンキーの先輩の指は立っていなかった。『0』と宣言していたので当然だ。十真はヤンキーの先輩の宣言した『0』を親指1本立てて防いだのだった。


「この状況で親指を立てられるなんてな……オメェ才能あっぞ!」


「は……はぁ……ありがとうございます」


 才能があると言われとっさに感謝を告げた十真だったが何が起きているのかさっぱり理解できない様子だった。それもそのはず、殴ってくると思っていた相手がいきなり褒めたのだから。


「1年……オメェ……部活は決まったか?」


「部活ですか……まだです」


「じゃあ『指スマ部』に入れよ。歓迎するぜェ」


「指スマ部……」


 聞いた事ない部活の名前に戸惑う十真だった。否、『指スマ』と言いう言葉は聞いたことはある。先ほど「いっせーので」の掛け声でやった親指を立てる遊びのことだ。その遊びの部活があることを十真は知らなかった。


(断れない。断ったら今度こそ殴られる)


 そんなことを十真は思いながら


「け……見学……してみます……」


 と答えた。


「よしっ! じゃあまずは見学だな! 1年、オメェ名前はなんだ?」


「ひぃ……さ、指原十真です……」


「それじゃあ十真だな。よろしくな十真! ちなみにオレは2年の花澤亜蘭はなざわあらんだ。亜蘭アラン先輩って呼んでくれや」


 十真の背中をバンバンと叩く亜蘭アランはどこか楽しげで嬉しそうだった。見た目とは違って良い人なのかもと十真は思った。そして元気に亜蘭の名前を呼んだ。


「は、はい! 亜蘭アラン先輩!!!」


 亜蘭の物騒な雰囲気に怯みながらも十真は亜蘭の背中に付いて行った。


「亜蘭先輩……その前に一旦帰って着替えて来てもいいですか?」


「あぁん? どうしてだ? わざわざ着替えなくても学ランのままでいいぞ」


「そうじゃなくて……その~」


「んだよっ! はっきり言えよ十真」


「も、も、も、漏らしちゃって……」


 十真は亜蘭に声をかけられた時からすでに漏らしていたのだ。

 ズボンはびちょびちょで歩くたびに気持ち悪い感覚を味わっていた。

 そして今日は入学式だ。持ち物に着替えなどは記入されていないのでもちろん着替えなど持ってこない。

 体育の時間もなければ部活の見学なんてする気もないので体操服も持っていなかった。


「バカ! 早く言えよ! なんで漏らしたんだよ! 着替えてこいや!」


「先輩のせいで漏らしたんですよー!!!」


「漏らしたのは自分のせいだろが!」


「そうですけど……そうじゃないです!部活の勧誘なら普通にしてくださいよ!!!」


 亜蘭に対する恐怖心が薄れ十真は自然と話せるようになっていた。



 これが兎島高校1年、指原十真の初めての部活動の勧誘だった。

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