体験

 膝をつき立てなくなった十真は座りながらキャプテンの圭二と指スマ対決をすることとなった。

 圭二は十真の目線と同じ高さになるようにその場に座り込みあぐらをかいた。


「よし、まずはジャンケンからだ!」


「は、はい!!!」


「最初はグー、ジャンケンポン!」


 先行後攻を決めるジャンケンだ。

 十真と圭二はジャンケンの掛け声を合わせて言った。

 その掛け声に合わせて十真はグーを出した。

 拳に力が入りすぎてグーのまま出てしまったのだ。

 それに対して圭二はパーを出していた。

 ジャンケンは圭二の勝ち。

 よって先行は指スマ部キャプテンの圭二からとなった。


「俺からだな。準備はいいか? 十真」


「は、はい。い、いつでも大丈夫です……」


「いつでも大丈夫」と言っていた十真の手は震えていた。

 この震えは亜蘭の時のような恐怖の震えでも闘いたくうずうずして震えた武者震いでも無い。

 今さっき憧れた人の前で指スマができるという緊張と嬉しさで震えているのだ。



「いくぞ!」


「はいっ!!」


「いっせーので!! 『2』」


 先行になった圭二は手始めに2を宣言した。

 圭二の親指は立っていなかった。

 つまりこれは圭二にとっての様子見ということになる。

 相手が初手で親指を2本立たせることはよくあることだ。

 しかし大抵の場合ノリに乗っているプレイヤーが2本立たせやすい。

 緊張している十真は2本立たせる確率は低い。

 だから圭二は様子見で2を宣言したのだった。


 そんな様子見をされているとも知ら無い十真は親指を1本も立たせなかった。

 否、のではなくのだ。

 十真の緊張はまだ解かれてはいなかった。

 緊張で筋肉が固まってしまっている。


「次は十真のターンだ」


 圭二のターンが終わり十真のターンを教える圭二。

 十真はその言葉に反応はできたが緊張で思うように動けなくなっている。


(ダメだ……親指が立たない……手の親指を立てようとすると何故か足の親指が立ってしまう。どういうこと?? どんな反応だよ……ダメだ……一旦、落ち着こう。冷静になろう。平常心平常心。深呼吸だ。深呼吸深呼吸)と心の中で自分に言い聞かして深呼吸をする十真。


 そんな十真の様子を背後から見ていた結蘭は十真の背中を細い指でスーーーっとなぞった。


「うひぃい」と声を出して溶けそうになる十真。


「どうだ緊張は解ほぐれたか??」


 結蘭は面白がってやったのではなく十真の緊張を解ほぐすためにやったのだった。

 その言葉通りに十真の緊張は解れていた。

 緊張で固まっていた筋肉が元の柔らかい筋肉に戻っていたのだ。


「はひ……ほふれまひた……」


「アッハッハ……本当に面白いなッ……ほらお前のターンだ。頑張れよッ! プフッフ……」


「あひがとふございまふ……」


 緊張が解ほぐれすぎて呂律が回らなくなる十真。

 そんな十真を見て笑いを堪えられずに吹き出してしまう結蘭。


「ふー……すみません。時間を取らせてしまいました」

 と一言、目の前であぐらをかいて待っていてくれたキャプテンの圭二に向かって謝罪した。

 そして十真は掛け声を叫んだ。


「いっせーので!!! 『4』」


 十真はもちろんのことながら親指を2本立てている。

 これは緊張が本当に解れたのかを試すためにわざと親指を2本動かす2以上の数字を宣言したのだ。

 自分の親指が動くことを確認した十真が次に見たものは圭二の親指だ。

(できればここで片手を引っ込めたい)(引っ込められれば今よりも楽になる)と思いながら圭二の親指を見てみたが圭二の親指は1本だけが立っていた。

 これによって宣言通りにはならずに相手のターンに移行した。


「ぅぅう、キャプテンのターンになると威圧がすごいっ、勇先輩との勝負の時よりも感じるこの重圧感。本当に押し潰されちゃう。このままだと僕の体は5分も持たないぞ……」

 十真は圭二の重圧に押されながら心の中だけで呟いた。



「いっせーので! 『イチィイ』」

 圭二は気合の入った大きな声で数字を宣言。

 その数字は1で宣言した圭二自身は親指を1本も立たせてはいなかった。

 しかし圭二の読み通りだったらしく圭二の口元は耐えきれずニヤけてしまった。

 十真は親指を1本だけ立たせていたのだった。

 よって圭二は片手を引っ込めることができる。

 圭二は勝利へ一歩近付いたのだ。


「十真は最初は親指を立たせなかっただろ。そのあとは2本立たせた。初心者なら次は1本立たせる。そういう心理なんだ」


 圭二に完全に読まれてしまっている。

 否、十真は何も考えずに親指を立たせた。

 だがら読まれたのでは無い。

 人間の心理。自然の摂理だ。

 自然の摂理には逆らえない。


「すごい……」


 十真は落ち込むどころか圭二を称賛していた。


「でも僕もこのままでは終われないです」


 そう吠えて十真は考えた。


(キャプテンは親指を立たせるか立たせないかの2択しかない。ここでその2択を当てないと僕に勝ち目はない。というか勝とうとしている僕も不思議だ。こんな経験、今までなかった。いいや、今は思い出に浸ってる場合じゃない。キャプテンの2択を当てないと……何か法則とかあるはずだ……仕草とか……誘導させるとか……う~ん……ダメだわからない。いや、待てよ……キャプテンは確か0本1本0本の順番で親指を立てた。じゃあ次は1本立たせるか?いや違う。今は片手しかないんだ。規則通りに0本の次は1本なんてあり得ない。それなら……キャプテンは自分に自信があるはずだ。それに僕に勝つつもりでいる。いや絶対勝てると思ってる。それなら決まってる。勝利にあと一歩の状態で自分に自信のある人は絶対に動じないはずだ。だから親指を立たせない。キャプテンは親指を立たせない!)


 十真は考えがまとまった。

 頭の中で考えていたことは体感にして約1分くらいだったが実際はわずか5秒の出来事だ。

 ここまで頭を回転させたのは十真にとっては産まれて初めてのことだろう。

 それほど『指スマ』にどハマりしているのだった。


「いきます!!! いっせーので!!! 『ゼロォ』」


 十真は思考した通りに親指は立たせなかった。

 そして圭二の親指も立っていなかった。

 予想が見事に的中したのだ。

 これで十真も片手を引っ込めることができる。


「ほ~う。やるね」


 圭二は素直に感心している。

 それは宣言を当てたからではない。

 宣言する時の十真の目の奥に光を見たからだ。

 そして何より圭二自身は十真の言葉に引っ張られた感覚を味わった。

 もし宣言で『1』と言っていたら親指を立ていたかもしれないと圭二は恐れた。


「だが……ここからは片手勝負だ。先に宣言通りに当てたプレイヤーの勝ちになる。宣言は3択。0本、1本、2本の3択だ。あとは立たせるか立たせないか己の2択を見極めるのみ」


(一気に空気が変わった……まずい……さっきのターン僕が取ったのに……流れは僕に向いたはずなのに……流れが持っていかれる……)


 十真は追い風状態だと思っていたが向かい風を全身に浴びていることに気が付いた。

 流れは一度も十真の方に向いてなどいない。

 これが3年と1年の指スマの実力差。

 絶対に崩す事ができない実力の大きな壁だ。


「いくぞ! 十真!」


「はいっ!」


「いっせーので! 『ゼェエエエロォオオ』」


 腹の底から圭二は叫んだ。

 十真は圭二の威圧によって立たせようとしている親指が立たない。

 立たせられなければ試合が終わる。

(負けたくない……まだ戦っていたい……僕の……僕の親指……立ってくれ!!!!!)

 十真は願った。

 そして叫んだ。

「うぉおおおおお」

 その叫びと共に親指が立ち上がろうとしている。

(あともう少し。もう少しで立つ)

「まだ僕は戦うんだァアア」


 ズバーンッ!!!!!!


 十真の親指は立った。

 圭二の威圧に負けずに親指を立たせる事ができた。



「まじか……圭二さんのあの威圧の前で親指を立たせるなんて……やっぱり3年前のアイツだったんだ……」

 亜蘭は目の前の光景に驚く。



「ハァ……ハァ……」

 十真は親指を立ながら息を切らしている。

 圭二の威圧に打ち勝つには相当な体力が必要だったのだ。


「これで部活動体験は終わりだ。お疲れ十真」


 突然、試合を中断させるキャプテンの圭二。


「ま、まだ終わってませんよ、親指立たせたんで……」


 圭二の宣言した数字は『0』だ。

 十真は親指を立たせて圭二の宣言を防いだのだ。

 それなのに中断する意味がわからない。

 勝ち逃げするような人でも負けるのが怖くて逃げるような人でもない。

 何故なのか?

 その答えはすぐにわかった。


「その親指……戻らないだろ?」


「え?」


 十真が立たせた親指は立ったまま戻らなかった。

 1本の大きな木のように太陽に向かって真っ直ぐ立っていたのだ。


「ごめんな十真。ちょっと気合いを入れすぎた。すぐにコールドスプレーとテーピング持ってくるから待っててくれ」


 圭二は救急箱からコールドスプレーとテーピングを持ってきた。

 十真は圭二の威圧に打ち勝つ事ができたが親指は力を全て使い果たしてしまったのだ。

 これは突き指のような状態と言ってもいいだろう。

 もしくは金縛りのような状態だ。

 指スマをやっているプレイヤーならよくある事らしい。



「ほ~ら気持ちいか~? 冷たいか~? 気持ちいって言ってごら~ん❤︎」


 結蘭が十真の親指にコールドスプレーをかける。

 かけている時の言葉がとてもエロいのはわざとだ。

 十真のことをからかって楽しんでいるのだ。


「ふ、普通にやってくださいっ!!」


 顔を真っ赤にする十真は彼女は今までに一人もできた事がない。

 同級生の女子ともまともに会話した事がないのだ。

 だから大胆に谷間を曝け出しパンツが見えそうなほどスカートをギリギリに履いている結蘭は十真にとって毒だった。


「次はテーピングでちゅよ~痛くないでちゅよ~❤︎」


「た、助けてください亜蘭先輩~」


「悪い十真、オレはねーちゃんに逆らえねェ」


 十真から目を背ける亜蘭。


「キャプテン!! 助けてください!!」


「すまん。2戦連続で疲れた。結蘭の遊びに付き合ってあげてくれ」


 圭二は勇と十真の連戦に疲れて床に座りスポーツドリンクを飲んでいた。


「じゃ、じゃあ勇先輩!!」


 十真は筋肉男の勇に助けを求めた。

 その勇は腕を組みながら涙を大量に流していた。


「うぅ……感動したぞ……十真……いい戦いだった……うぅ」


 十真と圭二の指スマ対決に感動していたのだ。


(ぇえ……この人も変な人なのか!!)


「ほら~動かないで~しっかりお姉さんに看病されなさ~い❤︎」


(誰か……助けてくれよぉおおお)

 十真は心の中で叫んだ。



 こうして十真の高校生活初の部活動体験は幕を閉じたのだった。

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