見学
「部活動見学の十真もいる事だし早速対戦から始めよう」
準備運動を終えたキャプテンが今日の指スマ部の活動メニューを決めた。
対戦を行うらしい。
組み合わせは全員と対戦できるように総当たり戦になった。
まずは亜蘭と結蘭の姉弟対決
その次はキャプテンの圭二と筋肉先輩の勇の対決
どちらも見逃せない対決で十真は目が離せない。
口をポカーンと開き興味津々に覗き込む十真。
ここで指スマのルールをおさらいしよう。
指スマは「いっせーので」や「ちっちーの」や「親指ゲーム」など地方ごとに呼び方が変わる。
ただし呼び名が変わるだけで基本的なルールは同じだ。
まずジャンケンを行い先行後攻を決める。
ジャンケンに勝ったプレイヤーが先行だ。
構えは両拳を軽く握り親指が上になるように自分の胸の前に出す。
その時、軽く握りしめた両拳をくっつけるようにする。
これが基本的な構えとなる。
先行プレイヤーは「いっせーので」の掛け声と共に数字を言う。
数字は0から親指の本数までの数字だ。
それ以上もそれ以下もない。
数字を言うのと同時に親指を『2本立てる』か『1本立てる』か『立てない』かを瞬時に選ぶ。
1本立てる場合、立てる指は左右どちらでも変わらない。
数字を宣言したプレイヤーの宣言通りに親指が立っていた場合、片手を引っ込めることができる。
引っ込める手はそのプレイヤーが選択することができどちらの手を引っ込めても変わらない。
片手を引っ込めることによって親指の本数が減り宣言する本数が変わる。
親指が宣言通りの本数、立っていなかった場合はそのまま相手プレイヤーの手番となる。
それを交互に繰り返していき両方の手を先に引っ込めることができたプレイヤーの勝利となる。
単純な遊びに見えて実は単純ではない。
自分のターンで「論理的思考力」をフル回転させ、相手のターンでは「批判的思考力」を全開にし、俯瞰的に客観的に状況を分析し、親指を巧みに使ったプレイヤーのみが勝利という栄光を掴めるのだ。
というのが簡単な指スマのルールだ。
「始め!!!!」
キャプテンの試合開始の合図と共に緊張感が多目的ホール全体へと広がった。
それは先ほどまでいた空気とは全くの別物のように十真は感じていた。
太陽が、空が、大地が、草木が、生命が、空気が、あらゆるものが指スマをするプレイヤーの親指に集まっているように思えるほどだった。
「いくぜ……ねえーちゃん」
「いつでもいいぞ……弟よ」
亜蘭と結蘭の姉弟の対戦。
見た目の厳つさから激しい喧嘩が勃発してもおかしくないほどだった。
十真は今までに感じたことがないほどのプレッシャーを全身に感じていた。
心臓の鼓動が早くなる。
血液が暴走するかのように速く流れている。
体が熱い。
「いっせーので!! 『2』」
亜蘭の宣言が始まった。
亜蘭は2を宣言した。
相手を威嚇するかのように攻撃的な口調で叫んだ。
亜蘭の親指は1本だけ立っている。
対戦相手の結蘭の親指が1本立っていれば宣言通りとなって片手を引っ込めることができる。
しかし結蘭の親指は2本立っていた。
「チッ」
「次はアタシの番ね」
亜蘭と結蘭は立てた親指を戻す。
そして結蘭のターンだ。
「いっせーので!! 『1』」
結蘭は妖艶な大人の魅力をムンムンと漂わせ唇をぷるんと揺らし甘い声で宣言した。
結蘭の赤いマニキュアが塗られた親指は1本立っている。
これで亜蘭の親指が立っていなければ結蘭の宣言通りとなり片手を引っ込めることができる。
そして亜蘭の手を見てみると親指が1本も立っていなかった。
「くそっ」
結蘭は片手を引っ込めて亜蘭に向かって口を開いた。
「亜蘭のターンにねーちゃんが親指を1本も立てなかったのにビビってたでしょ。それが親指にまで出ちゃってるわよ。ビビって親指が立たなくなるのよね」
「わかってるってねーちゃん……親指がビビっちまうんだよ……」
怖いもの知らずのように見える亜蘭のようなヤンキーでも指スマでは対戦相手にビビってしまうものなのだ。
それほど真剣な遊びで神経を削った戦いでもある。
「いっせーのーで!! 『2』」
亜蘭は2を宣言し親指を2本立てていた。
結蘭は片手を引っ込めたこともあって親指は1本のみ残っている。
選択肢は親指を
なので亜蘭の2を宣言して親指を2本あげるのは正しい判断だ。
しかし結蘭は親指を立てていた。
よって亜蘭は宣言通りの数字にならず片手を引っ込めることができなかった。
結蘭は
「ふふふ。いっせーので!! 『1』」
結蘭は鼻で笑いながら1を宣言した。
結蘭の親指は立っていなかった。
つまり亜蘭が親指を1本立てていたら結蘭の宣言通りとなり先に両手を引っ込むことができ勝利となる。
だが亜蘭の親指は2本ある。
亜蘭のここでの選択肢は
結蘭が勝つ確率は3分の1。
亜蘭の親指は立っていた。
本数は1本だ。
結蘭はその3分の1を見事に的中させていたのだ。
結蘭のストレート勝ちで姉弟対決は幕を閉じた。
「す、すごい、凄すぎる!!」
姉弟対決を間近で見ていた十真は指スマの魅力に感化されていた。
「お、親指だけなのに……ボールとかあったり……迫力があったり……そんなことが全くない地味な遊びだと思っていたのに……こ、こんなにも見惚れるほど指スマってすごいんですね……驚きました……衝撃的です」
早口で話す十真の目はキラキラと宝石のように光り輝いていた。
十真はアニメや漫画の他に興味をそそるものに出会ったことはない。
そんな十真の胸は『指スマ』でいっぱいだった。
(自分もやりたい)(先輩のようにすごい戦いがしたい)そんな気持ちでいっぱいだ。
心臓の鼓動の高鳴りはより一層激しくなっていた。
「みっともねぇところを見せちまったな……」
「え? いやいやすごいかっこよかったですよ!!」
キラキラ瞳を輝かす十真に声をかけてきたのは姉弟対決に敗れた亜蘭だった。
亜蘭の表情は負けて悔しそうにしているがどこか清々しく見える。
スポーツマンシップというものだろうか?
そもそも『指スマ』はスポーツなのか謎だが十真はそんなことは気にしなかった。
「次のバトルはもっとスゴいんだからちゃんと見ときなよ」
十真の肩を器用な指先でなぞりながら結蘭は言った。
突然のくすぐったい感覚に襲われて「うひっ」と変な声を出してしまった十真だった。
結蘭の言う通り次の試合は十真も気になる一戦だ。
キャプテンの圭二と筋肉先輩の勇の指スマ対決。
「じゃあ次は俺たちだな。キャプテンらしいところ見せたいぜ」
「ふんっ!!!」
圭二はニコニコと勇の前に立つ。
そして勇は指スマとは関係ない上腕二頭筋の筋肉を見せつけていた。
先行後攻を決めるジャンケンが終わりキャプテンが先行になった。
そしていよいよ注目の一戦が始まろうとしていた。
先ほどの姉弟対決以上の凄まじい重圧を十真感じていた
その重圧に押し潰されそうになる。
「なんなんだこれは……ちゃんと見たいのに……立ってられない……」
十真はその場に膝をついてしまった。
一度膝をついてしまえばのしかかる重圧に対抗することができなくなる。
十真はキャプテンと筋肉男の指スマ対決を低い位置で見ることとなった。
「いっせーので!!!」
最初にその掛け声を出してから約10分が経過した。
お互い決着はまだついていない。
両者片手を引っ込めている状態でいつ決着がついてもおかしくない。
どんな駆け引きをしたらここまで激しい戦いになるのだろうか?
それほどまでに白熱とした戦いが続いていたのだ。
「すごい……決着が……つかない……」
しかし勝敗は残酷にも突如訪れるものだった。
「いっせーので!! 『ゼロォォオ』」
キャプテンの声が多目的ホールに響き渡る。
圭二の親指はもちろん立ってはいない。
ここで立たせていたら自分が宣言した数と合わなくなってしまうからだ。
そして対戦相手の筋肉先輩の親指も立っていなかった。
キャプテンの宣言通り立っている親指の数は0本だ。
よってキャプテン圭二の勝利で指スマ対決は幕を閉じた。
「ハァ……ハァ……負けた……」と息を切らしその場に大の字になって倒れ込む勇。
筋肉先輩でも体力を消耗し倒れ込むほどの激闘だった。
「どうだ十真……これが『指スマ』だ!!!」
そのキャプテンの言葉を聞き十真の脳裏には無数の光が走った。
宇宙と言ってもいい。
ビックバンによって宇宙が誕生したように十真の中にも何かが誕生した気がしたのだった。
「すごいです……足が動かなくて……立てないです……」
「親指は立つか?」
「えぇ??」
いきなり突拍子もない質問を十真にするキャプテン。
驚き返事が遅れたがすぐに親指が動かせることを確認した。
「座ったままでいい。俺と指スマをやろう」
「えぇええええ!!! キャプテンとですか!! 今? ここで?」
「あぁ……俺と今ここで」
先ほどのようなすごい試合をした後にも関わらずキャプテンは部活動見学をしにきた十真に指スマ対決を申し込んだ。
指スマ対決の申し込みに戸惑っていた十真だったが金髪モヒカンヤンキーの亜蘭が背中を軽く押す。
「十真! キャプテンの対戦を受けたれよっ! オメェなら勝てるかもしれねぇぞ」
「えぇええ無理です無理です勝てないですよ! あんなすごい試合を見せられた後に誰が勝てると思うんですか!!」
亜蘭の言葉を全否定する十真だったがキャプテンは「やってみなきゃわからないさ」と十真の目を見て優しく言った。
十真は「ゴクリ」と唾を飲み込み「わかりました」と目線を逸らさず言ってのけた。
部活動見学でその部活動の活動を体験することはよくあることだ。
十真も今まさにそれに直面した。
3年キャプテンの圭二と1年新入生の十真の指スマ対決が始まる。
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