駆け引きの天才
満身創痍の十真トウマは目の前の対戦相手、天空寺紅に立ち向かっている。
白田先生からの気合い注入を受け試合は続行。十真のターンが始まろうとしている。
「はぁ……はぁ……」
いくら気合いを入れても疲労は回復しない。十真は一瞬も気が抜けない状態だ。
そんな十真を畳み掛けるように死のオーラを紅が放つが全く効いていない。先ほどまで恐怖で震えていたのにもかかわらず十真は気力を保ち倒れないため集中力を高め死のオーラを感じてい無意識に防いでいたのだ。
「十真くんはここからが強いよ」
そう言うのは十真と真剣勝負をした事がある玲奈だ。
「あの時と同じ目をしてる……絶対負けてたまるかって時の目……十真くんは勝つまで絶対に倒れない」
「違ェねェ。十真は絶対に勝つゥ!」
十真の瞳の奥には小さな光が蛍の光のように儚く光り続けている。諦めない限りその光は決して消えることはない。
そんな十真を仲間たち全員が信じて見守っている。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
制限時間ギリギリまで呼吸を整える十真。そして構え直す。
今回の構えは右拳を少し引いたのでケンカスタイルの構えだ。自らも根性を見せるためにケンカスタイルで気合いを入れ直す。
そして準備が整ったところで宣言を始めた。
(僕が勝つためにはなるべく親指を立たせたほうがいい……限界に近い僕は親指を立たせられないと思ってるはずだ。だから何があっても親指を立たせる)
「いっせーので……『1』」
十真は思考通りに親指を立たせた。限界の体力で親指を立たせられたのは亜蘭のケンカスタイルのおかげだ。
対する紅の親指もしっかりと立っていた。
「はぁ……うぅ……」
(親指を立たせるのにこんなに体力が消耗するなんて……40度の熱にかかった時くらいに体が怠い、重たい。早く終わららせたい……でも焦りは禁物だ……キャプテンも練習の時いつも言っていた……)
宣言が外れ体力を消耗したが瞳の奥の光はまだ消えることはない。
そしてこのまま紅のターンへと移行した。
お互い片手のみの指スマ。いつ勝負が決まってもおかしくはない。否、本来なら勝負はとっくについていた。
フォックススタイルを十真が使うイレギュラーが起きたからここまで勝負が続いているのだ。
「本当に兎島は面白い、遥と十真、二人は僕を飽きさせてくれない」
両手を広げ盛大に声を上げながら語る紅。そのまま広げた両手を元に戻しブラックホールスタイルの構えをし直した。
片手のみのブラックホールスタイルだ。右手から先は漆黒の渦がうねうねと浸食している。
「でも、僕も負けるわけにはいかないんだよ……。兄さんを超えるためにも! 十真、君は僕にとって通過点でしかない!!」
冷たい声で静かに叫び右拳に力を込めた。そして宣言を始める。
「これで終わりにしよう。いっせーので『いち』」
「うぅうああッ!!!!」
宣言した紅は親指を立てている。そして十真は声を上げながら無理やり親指を立たせた。
この場には親指が2本立っているので紅の宣言は外れたことになる。
しかし十真は無理やり親指を立たせたことによって親指への負担がかなり大きい。このままでは親指を戻すことができずに試合が中断してしまうかもしれない。
こればかりは亜蘭のケンカスタイルではどうすることもできないことだ。後は十真自身の気持ちの問題、さらに親指次第にになる。
「ふ、うぐううう……ぬぐぅう……」
十真は痛みを堪えるように引いてある右腕をさらに胸にぴったりくっつけるように中心に引いた。ぐっと身を引き締める構えをとった。
この構えをとった瞬間に負担がかかり戻ることが不可能と思われていた親指がしっかりと戻っていた。
「あれは……勇のスタイルなんじゃないか?」
結蘭は十真の構えを見てそう答えた。
確かに勇のブロックスタイルなら親指を元に戻せるかもしれない。相手の能力を受けないだけでなく自分の身をしっかりと固めることから親指を元に戻すことも可能だ。
けれど見様見真似でスタイルをやったとしても効果は発動しない。十真のこの力はなんなのか?才能か?スタイルか?
「正直驚いたよ……サナタツ先輩と戦ったヤンキーの先輩のスタイル、そして筋肉がすごい先輩のスタイル、さらには僕の兄さんのスタイルも使っている……もしかして十真の基本的な構えは、キャプテンのスタイルなんじゃないか?」
紅は3つのスタイルを使いこなす十真に驚きを隠せずにいた。そして基本的な構えのスタンダードスタイルですらキャプテンの圭二の構えを真似ていると考えている。
「僕は十真のスタイルを奪えなかったと思っていたけど……本当は奪えていた……だって君の能力はコピーだ」
紅はブラックホールスタイルで十真のスタイルを奪ったときや今までの十真のスタイルの使用からコピーする能力なのではないかと仮説を立てた。
「僕が奪ったのはコピーするまえのスタイルだ。だから基本的なスタイルが反映された、と考えている。そして条件や反動などはわからないが、十真はスタイルをコピーし使いこなすことができる。じゃなきゃ辻褄も合わないし納得もできない」
自分の考察を名探偵ばりに語りそのまま十真を指差し推理を解いたかのように自信満々に口を開いた。
「十真、君のスタイルはコピースタイルだ!!!!」
「コピー……スタイル……」
会得していないと思われていたスタイルを既に会得していたことに驚く十真。それがコピースタイルという異質なものでいまいちピンときていない様子だ。
そんなピンときてない様子とは反対に紅は納得した表情で「だから様々な色が混じった異質なオーラだったのか」と小さな声でぼやいた。
紅の推理を聞いていた亜蘭と結蘭も納得の表情をしていた。
「コピースタイルは聞いたことないね」
「ああ、でも納得したぜェ、天才か変態かのどっちかだったけどよォ、十真は指スマの天才だったってこったァ」
天才と亜蘭は本心で思っている。そして、「いつか越されちまうかもなァ」と嬉しそうに笑いながら言ったのだった。
そんな中、宣言をしようと唾を飲み喉を潤わせていた十真だったが、なかなか宣言が決まらないでいた。
(コピースタイル……誰かのスタイルを使えても、かなり負担がでかい……あと1回、使えるかどうかって感じだ。今攻めのタイミングで使うか……それとも守りのタイミングで……わ、わからない。でも攻めれるチャンスは今しかない!!)
十真は残してある右手の人差し指と中指を立たせた。これはフォックススタイルの構えだ。
フォックススタイルで勝負を決めようとしている。
「今度は騙されない……兄さんほどじゃない効果なら僕は騙されない……」
紅も集中力を高め騙されないように気を引き締めた。
そしてフォックススタイルのまま十真は宣言を開始した。
「いっせーので……『1』」
両者の親指は静かに固定されたまま立たせなかった。つまり宣言は0が正しい。しかしフォックススタイルの効果を受けていれば話は別だ。脳や発言、親指などが騙されている可能性がある。
宣言が当たったのかどうか心配の表情を伺う紅。
審判は勝者の判定を行なっていない。つまり紅は十真のフォックススタイルに騙されることなく宣言を防ぎ切ったのだった。
「危なかった……まさかとは思ったけど……でも、もうここまでだね」
残り1回が限度だと十真は本人は考えてした。同じく紅も残り1回のコピーが限界だと悟っている。
つまり十真はもうコピーを使えずに基本的な構えで紅と戦わなければいけなくなったのだ。
そのまま紅のターンへと移行し十真は無防備のまま守らなければならなくなる。
そして十真は再び基本的な構えに戻っていた。
「これで僕の勝ちは決まったも同然、いくよ……十真!!」
勝利を確信し構えている右手を右に大きく振った。拳の位置を己の横へと持っていき漆黒の渦の放出量を上げた。
そのまま宣言を開始する。
「いっせーので『1』」
もう親指を立たせることができないと思っている紅は親指を立たせている。これで十真の親指さえ立っていなければ宣言通りとなり紅の勝利は確定するのだが……
「なんで、基本的な構えで親指を立たせられる……」
「これは……キャプテンの構えだ……ずはぁ……」
「なんだと……」
十真の親指は立っていて紅の宣言を防いだのであった。同じ基本的な構えでもキャプテンの圭二の基本的な構えは心の芯がしっかりとしていて立たない親指を立たせることができた。
これが基本を極めた圭二のスタンダードスタイルの強さだ。
しかしこのターンを防いだとしても攻めのターンでどうにかしなければならない。
(兄さんのスタイルに続いて兎島のキャプテンのスタイル……さすがにもう無理だろ……限界はどこなんだ?なんでまだ立ってられる……)
十真がまだ立っていることを不思議に思う紅は無意識に手足が震えていた。あり得ない事が現状、起きているからだ。
そして十真は基本的な構えで消えそうな小さな呼吸まま宣言を始める。
「い……せので……」
次の瞬間、十真の体が前に倒れてしまったが、床に完全に倒れる前に数字を言った。
「ゼロぉお……」
弱々しく吐いた言葉だった。そのまま体育館の床に倒れ気絶をした。
「十真くん!!!!」
玲奈の悲痛な叫びが体育館全体に響いた。しかし気絶している十真には声は届かない。
十真は気絶する前に数字を宣言したのでこのターンの宣言は有効になる。なのでここで十真の宣言通りなら、文句なしの十真の勝ちとなる。しかし宣言が外れれば引き分けだ。
全国大会のような公式試合だと紅の勝ちとなるが、練習試合なので引き分けとなる。
そして勝敗はどうなったのかというと、紅の親指が立っているので十真の宣言は外れたことになる。
「引き分けか……気絶するまで戦うだなんてな……」
自分の立っている親指だけを見て引き分けだと紅は判断した。しかし、審判の白田と黒田は手のひらで十真を指している。
つまり勝者は十真だという事だ。
「ど、どういう事だ……僕は親指を立たせている。十真の宣言はゼロだった、引き分けのはずじゃ……」
「十真の宣言は『1』だったんだよ。紅」
優しく紅の肩を触り状況の説明をする黒田。
「最後のターンの前にフォックススタイルとキャプテンのスタンダードスタイルを使っていたな」
「使ってましたね……僕はもう限界だと思いましたよ」
「彼は使ったフリをしてたんだ」
「え?」
気絶し倒れている十真を見ると親指を立たせておらず人差し指と中指を立たせてフォックススタイルの構えをしていた。
「スタイルを使えば気絶すると分かっていたんだろう。だから使ったフリをして紅を騙していた。そして最後のターンだけコピースタイルでフォックススタイルを使用したんだ。駆け引きの天才だな……」
白田に背負われている気絶した十真を見ながら黒田は「駆け引きの天才」だと称賛した。
十真は最後のターンより二つ前のターンでフォックススタイルを使ったフリをして限界を超えたように見せかけた。さらに次の守りのターンではキャプテンの圭二のスタンダードスタイルを使ったフリをしていた。
どちらもコピースタイルは使わずにただの基本的な構えだけで紅と戦っていたのだ。
そして最後のターン倒れながら構えをフォックススタイルに変えて数字を宣言したのだ。
その数字は『1』だったがフォックススタイルの効果によって紅には『0』に聞こえるように騙したのだった。
指スマにおいて最も重要なのは駆け引きだ。十真はその駆け引きを巧みにこなし紅から勝利をもぎ取ったのだ。
「まさか……コピースタイルの性質を利用したなんて……今さっき知ったコピースタイルを使ったフリをする……先生の言うとおり駆け引きの天才ですね。悔しいですが、完全に騙されました……」
「その割には悔しそうじゃないな」
「えぇすごいワクワクしてます。早く兄さんに話したいです」
紅は負けてしまったがそれ以上に大事なものを得たと実感している。だからこそ胸の鼓動が早くなりワクワクが止まらないのだ。
「十真……次は僕が勝つ……」
紅は気絶している十真を見て誓ったのだった。
指原十真と天空寺紅の1年生同士の試合、十真の勝利で幕を閉じた。
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