好敵手
「うぅ……ここは……」
意識が覚醒した十真トウマは柔らかく暖かいものの上に顔を乗せて横になっていた。
「や、柔らかい……まくら??」
すぐに近い距離で心癒させる音色が鳴り響き十真の耳に届いた。
「十真くんが起きたっ!! よかった……ちょうど帰るところだよっ!」
声がする方に目線を上げるとそこにはオレンジ色のショートヘアーでブルーサファイアのような瞳の美少女、玲奈の姿があった。
玲奈の細い指が十真のボサボサな黒髪の髪と髪の間を何度もスーッとウサギを撫でるかのように撫でていた。
つまりこれは膝枕だ。十真は玲奈に膝枕されている。
「う、うわっ!!」
「あ、あぶっなっ……」
膝枕されているという状況を理解し恥ずかしさから、とっさに顔を上げてしまい玲奈の可愛い小さな顔にぶつかりかけた。
「ご、ごめん……なんで膝枕……というか試合は……」
立ち上がりあたりを見渡して、すぐさま気絶する前の記憶を辿り、天空寺紅との試合のことを思い出す。
「確かあの時……」
意識を戻し混乱状態の十真に気付いたキャプテンの圭二が駆け寄ってきた。
「十真、起きたのか! 聞いたぞ!天空寺の弟に勝ったんだってな!」
「え?僕が紅くんに勝った……」
記憶にはない。それもそのはず。勝ったと判定があったときにはすでに気を失っていたからだ。
「ああ、最後の宣言と同時に気を失ったらしいな……詳しくは帰りのバスでゆっくりと聞くといい」
親指で体育館の出入り口を指す圭二。圭二の姿を見るとバックを持ち、すでに帰り支度を整え終えている。
膝枕をしていた玲奈も同じく帰り支度が整っている。
そこに十真の荷物を持った王人もやってきた。
「ほらよ、タオルとスポドリ入れといた、忘れ物はないはずだけど起きたんなら自分で確認したほうがいいぞ」
「あ、ありがとう……」
どうやら気絶している十真の代わりに荷物をまとめてくれて、持っていたらしい。
そして荷物を王人からもらいバックを肩にかけたときにまたしても後ろから声がかかる。
「十真……」
その声は十真と激戦を繰り広げた天空寺紅の声だった。
「こ、紅くん……」
紅の声の方へ振り向くと練習試合の相手校の狐山高校指スマ部の部員が集まり整列をしようと出迎えていた。
この状況からしても練習試合が終わったのだと十真は気付いた。
「次は、負けないから……」
紅は十真の目の前に手のひらを出した。握手を求めているのだ。それに応えるために十真も手のひらを出し握手を交わす。
「勝った実感がないけど……また指スマやろう! もっと強くなって気絶しないように頑張るからさ」
「僕も強くなってみせるよ……十真に負けないようにね……次は全国で!」
「うん! 全国で!!」
友情とも言える握手がかたく交わされた。二人の目は真っ直ぐに握手した相手の目を見ている。
これぞ青春。
二人が好敵手ライバルとなった瞬間だった。
(ぜ、全国とか言っちゃったよ……は、恥ずかしい……)
言ってすぐに自分の言葉を恥ずかしがる十真だった。
そして交わした握手が離され、紅は1歩2歩と下がり狐山高校の整列した列へと戻ろうと歩いていた。
しかし途中で足が止まった。
「他人のスタイルを使う時は見様見真似で構えをやるよりも、そのスタイルに身を任せた自然体で構えた方がより効果を発揮するから……頑張って……」
「あ、ありがとう」
紅も他人のスタイルを使う効果があるブラックホールスタイルを使う。だから似たような効果のコピースタイルを使う十真にアドバイスをしたのだ。好敵手ライバルだからこそ、お互い競い合い強くなる。そんな紅のアドバイスに十真は驚き感謝した。
そんな二人の様子を見て頃合いだと感じ、この場にいない部員を呼ぼうと叫ぶキャプテンの圭二。
「亜蘭!! 遥!! 整列するぞー!!」
体育館のステージ側の謎の絵が描かれている壁側に亜蘭と遥、そして真田の3人が立っていた。
3人で仲良く遥とのツーショットの撮り合いをしていたのだ。
「うぃーすッ!!!」
「は、はいっ」
圭二の声を聞き亜蘭と遥はすぐに返事を返した。
そして金髪モヒカンの亜蘭は目の前の茶髪センター分けの真田に向かって口を開いた
「オメェ、遥の可愛さを真っ先に気付くなんてさッすがだッぜェ!!」
「兎島に転校したいくらいだ……だけどそれは現実的じゃない。だから僕の代わりに遥ちゃんを守ってくれよ」
「当たり前だぜェ」
歯を光らせる亜蘭と前髪を優雅にかき分けた真田が拳と拳をぶつけ合った。
二人も十真と紅同様に好敵手ライバル関係なのだ。
満足そうに戻ってくる亜蘭と疲れた表情で戻ってくる遥。
そんな遥の表情を見て十真は、
(うわ……遥くん、大変だったんだな……)とツーショットに苦しむ遥を想像し同情した。
正反対の表情をした二人が兎島高校指スマ部の列へと並んだ。全員が揃ったところでキャプテンの圭二が大声で最後の挨拶をする。
「せいれーつ!!! ありがとうございました!!!!!」
「「「ありがとうございました」」」
キャプテンの声に続き全員が頭を下げ挨拶をした。その挨拶に狐山高校も答えるように挨拶を返した。
「「「ありがとうございました」」」
挨拶の声は体育館に響き渡りすぐに消えていった。それは寂しさを思わせるような終わりの感覚だ。
「全国で戦おうぜ親野!」
「おう! 今年こそは五本指になろう!」
キャプテンの圭二と狐山高校のキャプテンの天空寺蒼がお互い笑顔でサムズアップをした。その二人に混ざるように勇もサイドチェストポーズをした。
保健室で語りたいことは語ったのだろうか。3人はそれ以上のことは言わずに満足そうに笑い背を向けて体育館を出て行った。
遥も体育館を出ようとした時のことだった。
「遥ちゃ~~~ん、いつでも東京に遊びに来てね~!! どこでも案内するよ~!!」
真田が涙を流しながら遥に手を振り別れを告げている。
「オメェ、真田ァ! 遥の連絡先知らねェだろォ!!」
「ふふふ、実はさっき交換したのだよ!!」
「な、なんだってェ!!!」
ツーショットの合間に連絡先までも交換していた遥と真田。この練習試合で一番得をした人物と言ったら真田なのかもしれない。
「その……しつこかったから……」
遥はもじもじしながらハッキリと「しつこかったから」と言った。嫌々交換したのだろう。
「すぐに消せェ!!」
「トサカくんに言われる筋合いはないな~」
「オメェが遥を守れって言ったんだろうがァ!! 言われた通りに全力で守らせていただくぜェ!!」
戯れ合うキツネとウサギ。これもライバル関係だからこそできることだ。
その姿をくすくすと笑う遥。ジャージの袖を伸ばし指を少しだけ出している。その手で口元を隠しながら笑う姿は美少年というよりも美少女そのものだ。
姉の結蘭が戯れている亜蘭を呼ぶ。
「行くぞ~亜蘭~」
「ねーちゃんが呼んでらァこの辺で勘弁しとくぜェ」
真田のスマホに表示されている遥の連絡を削除する寸前だった。削除せずにそのまま真田にスマホを返した。
亜蘭はそこまで鬼ではないようだ。
そんな中、十真は薄暗くなった空を見て初めての練習試合を振り返っていた。
(楽しかった……)
それが十真の心には一番残っていた。
こうして狐山高校との練習試合が終わったのだった。
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