死のオーラ

 十真は狐山高校の1年生と指スマ対決をしていた。

 そんな十真の背中目掛けて人影が飛び出した。


「十真くんっ!!」


「うがっ」


 背中に飛びついたのは先ほどまで王人と戦っていた玲奈れいなだ。試合中だが居ても立っても居られなくなってしまい飛び付いてしまった。飛び付いた後に「やちゃった……」と冷静になり反省するも「飛び付いてしまったのだから仕方がない」と、開き直ったのだった。


「い、い、いっせのーで!! 『ゼロッ』」


 飛び付いてきた玲奈でバランスを崩しつつも試合を再開しそのまま数字を宣言。

 十真は残り片手のみでここで決まれば勝利という大事な場面だった。対戦相手の狐山高校の1年生は両手残っていて今回の十真ターンでは親指を立てていなかった。

 つまりこの場に立っている親指の本数は0本。このタイミングでちょうど十真は勝利を掴み取った。


「「ありがとうございました」」


 お互い礼儀正しく頭を下げ挨拶を交わす。そのまま狐山高校の1年生は「強かったよ~」と、いいながら別の1年生の元へ歩いて行った。


「これって私のおかげで、私の愛の力で勝てた?? ちょー嬉しい」


「いやいや、違うでしょ、タイミング的にはそうだけども……って、あれ、そうなのかな?」


「そうだよ~ぐりぐり~」


 もちもちの可愛らしい頬を十真の背中に擦りつける玲奈。異常なまでの愛情表現に十真はたじたじだ。その様子を後ろで呆気に取られながら遥は見ていた。


「これで2連勝だね……すごいよ……十真くん……」


 遥はもじもじしながら十真に尊敬の眼差しを向けた。遥が言った通り十真はこれで2連勝中だった。それほど十真は成長していたのだ。


「ありがとう、遥くん、練習の成果だよ。先輩の教え方も上手いおかげかな!」


「あと~あと~玲奈の愛だよねっ十真くんっ!」


「もう勘弁してよぉ~」


 くっつき離れない玲奈を煙たがる十真。それを見て遥はクスッと笑った。

 そんな3人に1人の人物が「ねー」っと、声をかけた。

 その人物は真っ赤な半袖であることから狐山高校の部員だということがわかった。そして十真にも聞き覚えのある声だった。


「紅くん……」


 体育館の窓から照らされた太陽の光で髪の色が赤く反射したその男は狐山高校1年の天空寺紅。午後に十真と戦うと約束した少年だ。


「相手がいないんだ、誰か俺とやろうよ……もちろん十真でもいいよ」


 紅の目は深い漆黒色をしている。その漆黒の瞳で十真を見つめていた。午後まで待てないのだろうか紅は体をうずかせている。


「ボ、ボクがやるよ……」


 そんな紅に対して気弱な遥が口を開いた。消極的な美少年は連戦中の十真を気遣って動いたのだった。

 そんな遥の肩まで伸びている長い髪が揺れていた。肩から緊張の振動が長い髪に伝わったのだった。


「君も興味をそそるオーラをしてるね。でも残念、君じゃ使いこなせそうにないよ……」


 紅は黒瞳でじっくりと興味深そうに遥を見ているがオーラというものを見終わった後は残念そうな顔をしていた。その残念そうな顔のまま紅は「いいよ」と口を開いた。

 遥と指スマをやるということだ。


「遥くん、大丈夫?」


「うん。大丈夫……ボクまだ誰ともやってないし……それに十真くんは、や、休んでよ……」


 震えながらもしっかりと紅の正面に立った。そして俯いていた顔もしっかりと対戦相手の顔を見ていたのだった。これは遥自身も自覚がある弱気な心を少しでも治すためのリハビリでもあったのだ。

 後ろに十真がいれば勇気がもらえ、いつもよりも少し前に進めるような気がしていた。少しでも前に、少しでも強く、十真に追い付き同じステージで隣同士で歩けるくらいになりたいと、そんな風に遥はなりたかったのだ。


「じゃあやろっか」


「うん」


 このままジャンケンをし遥が勝った。よって遥が先行で指スマ対決が始まる。

 お互いが指スマの基本的な構えをした。その時だった紅からどよどよとした邪悪なオーラが漂ってくる。

 遥の後ろで見学をしている十真と玲奈もその邪悪なオーラを感じ取った。そのオーラは玲奈が真田と戦ったときに感じたもの以上だった。

 真田から感じたオーラは喉元に牙を突きつけられたような感覚だったが紅のオーラはすでに噛みちぎられた後のような感覚だ。それはすなわち『死』そのものだった。


「遥くん……」


 玲奈が遥の小さな背中に向かって声をかける。その小さな背中は震えるだけで返事はなかった。当然だ。目の前に『死』が迫ってきているのだ。何もすることができない。猛獣の口の中に入ったウサギ。ただ鋭い牙で咀嚼されるのを、死を待つだけ。これは誰も逆らうことができない。そんな時だった。


「コォオオオウ!!!」


 体育全体に響き渡る大声。その大声は紅の兄の天空寺蒼から出されたものだった。その声を聞いた途端にピタリと紅のオーラが消えた。否、オーラが紅の体に吸い込まれるように戻って行ったのだった。


「ごめん。兄さん。まずは威嚇からかと思って」


「ダメだ」


「わかったよ兄さん。ごめん」


 反省したかのように下を向く紅。「はぁー」っとため息を溢す兄の蒼。

 そのまま沈黙が続く体育館に明るい声で顔をほころばしながら蒼は口を開いた。


「いやいや、突然大きな声を出して中断させてしまって申し訳ない。さぁこのまま続けてください」


 青く反射する髪を左手でかきながら言ったのだった。その蒼の言葉から沈黙が破られ再び活気のある体育館に戻った。


「兄さんに叱られちゃった。君にも悪かったね。続けられる?」


「う、うん……」


「よかった」


 優しく声をかけてきた紅にかろうじて返事をした遥だったが全身の震えは止まらない。まるで濡れた子猫のようだ。

 普段から怯えている遥だ。これ以上は無理だろうと玲奈はその姿を見て思った。

 止めなくちゃいけない。そう思い動こうとしたが、先に十真が動いた。

 遥の震える肩にそっと手を置いて「頑張って」と、優しく声をかけたのだった。

 戦いを止めるのではなく続けるための言葉をかけた。

 その言葉を聞き遥の震える肩は不思議とピタリと止まった。


(そうだ……ボクの後ろには……憧れの十真くんがいる。ボクはあの時見たんだ……可能性を……)


 遥は初めて十真の指スマを見た日を思い出していた。体育館裏で王人と戦っていたあの日だ。

 あの日は遥の人生を大きく変えた。運動神経抜群で運動部からの勧誘をされていた王人をいともたやすく親指だけで倒した十真に衝撃を受けたのだ。戦う前は誰もが王人が勝つと思っていた。もちろん遥自身もだ。

 そんな状況を覆した憧れの人物になりたいと、近付きたいと遥はその時、心の中で誓ったのだった。


「ありがとう……十真くん……ボク、頑張る」


「よしっ、後ろで見てるから頑張って!」


 遥の震えが止まり薄れていた瞳に光が戻ったのを十真は見てそのまま元の位置に戻った。

 元の位置には玲奈がいて再び腕に絡んできた。

 玲奈は遥との戦いを止めるべきだと思っていた。しかし十真は背中を押してあげた。そんな姿により一層、十真のことに惚れたのだった。だからいつもよりも強く強く腕を抱きしめた。

 自分の胸の鼓動が聞こえてしまうかもしれない。聞こえてしまったら恥ずかしい。でも強く抱きしめたくて仕方なかったのだった。


「かっこよかったよ」


「え? 何が……というか腕が痛い……千切れそう……」


「ご、ごめん、ついつい、ぎゅってしたくなっちゃって」


 そんないつもの絡みを聞きながら遥は呼吸を落ち着かせて平常心に戻そうと深呼吸をした。そしてそのまま構えた。

 弱々しく見える構えだが足腰をしっかりと勇に鍛えてもらっているのでちょっとやそっとじゃ倒れることはない。


「うんうん。良い鍛え方をしてるみたいだね。教える人がうまいのか、読み込みが早いのか……どっちにしても楽しみだ」


「じゃあボクからいきます……」


 遥と紅の指スマ対決が始まる。

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