己のリズム
真田の宣言した数字は『1』だ。宣言した真田本人は親指を1本も立たせていない。
対して亜蘭アランの親指は2本立っていた。
「へぇ~ノリノリだね~」
「ァア??」
真田は宣言を外したものの、なぜか嬉しそうな表情で亜蘭の2本の親指を見ていた。
そして宣言終了後、ギタースタイルの能力が発動し、真田はエアーギターを弾いた。再び体育館にギターの音色が響き渡る。
その不気味な表情とギターの音色を置き去りにし亜蘭のターンへと移行する。
「ノリノリなのはァ、オメェの方だろうがァ!!」
「いいや、トサカくんの方だね~」
「いくぞ!いっせーので!! 『3』!!!」
亜蘭は勢いよく数字の3を宣言した。そして宣言した亜蘭の親指はしっかりと力強く2本立っている。
対して真田の親指は1本も立っていない。よって亜蘭の宣言は外れ、真田のターンへと移行する。
真田はセンター分けの茶色い前髪をかき分けながらギターを奏でる。
その様子をじっと見ていた亜蘭の姉の結蘭が一言「まずいなぁ」と溢した。
そばにいた玲奈が、結蘭の溢した一言が耳に入ったらしく「どういうことですか?」と聞き返した。
「このギターの音だよ、亜蘭のケンカスタイルなら大丈夫だと思ったんだけど……洗脳されてるかもしれない……」
「せ、洗脳って……」
「多分、このターン亜蘭の親指が2本立って、真田は宣言通りになる」
「え?」
結蘭は真田のギタースタイルのギターの音に亜蘭が洗脳されて宣言通りになってしまうのではないかと考察している。
つまり、2巡目の真田のターンを防げるかどうかが重要になってくるのだ。
「亜蘭先輩!!!!! ファイトでーす!!!!」
「センパーイ!!! いけー!!!!!」
十真も玲奈も王人も遥も声を上げて応援するがその声はもう亜蘭の耳には届いてはいなかった。
ギタースタイルの音の影響で応援の声が完全に遮断されている。
ジャンジャジャジャンジャンーン♪
「さぁいくよ~、いっせーので!! 『2』」
真田の宣言した数字は2。1回目同様に宣言と同時にギターの音色は止まった。そして真田の親指は1本も立っていない。ここで結蘭の考察通りになれば洗脳された亜蘭の親指は2本立つはずだ。
しかし、亜蘭の親指は1本も立っていなかった。
「あれ? ノリノリだと思ったんだけどな~」
「ァア? どういうこった?」
真田の宣言は外れ、再びギターの音が響き渡る。そして亜蘭のターンへと移行する。
「鬱陶しい音だなァ、集中できねェし、周りの声も聞こえねェ、クソがァ」
真田のギタースタイルの音色によって亜蘭は仲間たちの応援の声を聞くことができない。さらには集中力も薄れ思考がまとまらないのだ。
判断の遅れが命取りとなる指スマで集中できない状況は危険だ。
しかし、亜蘭は目を閉じてケンカスタイルの構えをさらに引き締めた。このままジャブを打ち込むかのような勢いのまま宣言を開始する。
「いっせーので!! 『3』」
亜蘭の宣言を聞いた真田はまたしてもニヤリと不気味に笑う。そして両者ともに親指を2本立たせていて合計で4になり亜蘭の宣言は外れた。
「なんで笑ってやがんだァ? 調子にのんじゃねェぞ!!」
「いいや、調子にはのってないさ。ちゃんと効いてるなって思って嬉しくなっただけだよ~」
「意味がわかんねェ……」
3巡目。ギターの音色が響く中、真田のターンが訪れた。
前髪をかき分けるのと同時にエアーギターを弾き、宣言を開始する
「いっせーので『2』!!」
先ほどと同じく2を宣言し親指を立たせなかった。宣言と同時にギターの音色は止む。
対する亜蘭の親指は2本立っている。
つまり真田の宣言通りとなり真田は片手を引っ込めることに成功した。
「さっきのはまぐれだとしても洗脳されノリにノっているのは間違い無いからね~、僕のギターの音色を聴いてしまえばノらずにはいられない。親指を立たせたくなるのが性だ。これで僕の勝利は近付いたっ!」
「チッ」
舌打ちを不機嫌そうに鳴らし牙を剥き出し睨みつける亜蘭。どんなに強く心を保っていても音色を聴いてしまえば洗脳が発動し親指を立たせたくなってしまう。
このまま追い込まれた亜蘭のターンへと移行した。
「あ、亜蘭先輩……」
「何落ち込んだ顔してんだ! 遥!!! 亜蘭先輩があんな奴に負けるはずがないだろう!!!」
「そうよ!! 遥くん! ここから逆転するんだから!!」
先に片手を取られてしまい落ち込む遥を王人と玲奈が怒鳴り散らした。大声で応援しているそのままの流れで言ったものだから遥は「うひ」と驚いてしまった。
王人と玲奈は諦めずに大声で必死に応援を続ける。その声が亜蘭の耳には届かないと知っていても必死に大声で叫ぶ。
「負けるなぁあ先輩!!!! まだいけるぞぉおお!!」
「勝てぇ!! 絶対にかてぇええええ!! うぉおおおおい!!!」
熱量が明らかに違う二人だ。声は届かなくても、その熱量の高さは亜蘭の目には届く。
そして亜蘭とは違い周りの声が聞こえる真田は、
「トサカくんの後輩の応援はうるさいな……ちゃんと遥ちゃんみたいに可愛らしく育てなよ~」
「ああ、うるさそうに応援してやがるがァ、全然聞こえてこねェぜェ」
王人と玲奈の応援する姿を見てふと何かに気付いた顔をする亜蘭。
「そうかァ……そういうことかァ……」
「ん? 何かに気付いたようだけど、もう遅いんじゃないかな? トサカくんはもう僕の音色の虜さ! もちろん遥ちゃんもね!!」
引いた片手で前髪を優雅にきかき分けながら残っている片手でエアーギターを奏でる自信満々な真田。
対して亜蘭は深く深呼吸をして「ア、んんッ、ァ、ア」と喉の調子を確かめる。
「ヨッシャーイグゼ! ツイテコイヤ!! オレハァウサギジマコウコウニネン! ハナザワアランダ!! イマカラオマエニセンゲンスルゼ! カカッテコイヤ! ヨーヨーヨー」
亜蘭は突然歌い出した。亜蘭が閃いたのは真田のギターの音色の攻略方法だ。
自分が歌うことによって真田のギタースタイルの音色を防ごうとしている。
しかし普通ならギターの音色に吊られて余計に洗脳されてしまうところだが、亜蘭は違った。
「えぇえ? なんで亜蘭先輩歌ってるんですか?? ラップ??」
十真はラップで歌う亜蘭に衝撃を受けていた。いきなり歌ったので当然だろう。しかし衝撃を受けた1番の理由は他にあった。
「音痴……」
一番気弱な遥がついつい言っていまい、すぐに両手で自分の口を塞いだ。
その様子を見て姉である結蘭が遥の頭を優しく撫でながら「あはは」と笑った。
「亜蘭は子供の頃から生粋の音痴だ。初めてカラオケに行った時、採点機能のゲージが見たこともない動きをしてた……」
結蘭が言う通り亜蘭の歌声は人に聞かせることができないくらいの音痴だ。この音痴のせいで合唱コンクールなどはいつも休んでいた。
「ちなみにアタシは歌上手いからな、弟と同じにするなよ~」
「いててて~なんで僕のほっぺをつねるんですか~」
「絶対アタシも音痴だと思ったでしょ~そういう目した~」
「し、してないですよぉ~」
姉である自分も音痴ではないかと思われてしまったと思い込み十真のほっぺを軽く引っ張った。
実際のところ十真は結蘭も音痴だと一瞬だけ想像してしまっていた。
「こんなに音痴ならこの音色に負けないかもしれない!! いいですよ! 亜蘭先輩!!!」
「すっごい音痴だ!!! 本当にすっごいっ!!」
褒めているのか貶しているのかわからない王人と玲奈の熱い応援はサビで盛り上がるファンのように盛り上がっていた。
「コレデ、ヨーヨー、オメェノ、ヨーヨー、ギターハフセイダゼ、ヨーヨー」
歌っていて気持ち良くなったのか、全く宣言を開始しない亜蘭。このままでは時間切れになってしまうが、時間ギリギリまで歌い続けてからようやく宣言を始めた。
「イッセーノデ!! 『イチ』ダヨーヨー」
自分の音痴なラップにノリにノっている亜蘭は数字の1を宣言した。その亜蘭のラップは真田のギターの音色の洗脳を解いて親指を立たせていなかった。
対する真田は亜蘭の音痴なラップにノっていないのにもかかわらず音痴のリズムに合わせて親指を1本立たせている。
つまり亜蘭の音痴作戦、否、リズムを崩す作戦は成功したのだ。
よって亜蘭は片手を引っ込めた。引っ込めた片手は左手だったので残った右手はマイクを持っているような構えに見えてしまう。
「センノウ~センノウ~センノウシタクライデ~ヨーヨー、オレヲタオセルトオモウナヨ~ヨーヨー!!」
音痴すぎて決め台詞が台無しだ。そして睨みつけながらのラップだ。恐怖でしかない。
しかしその音痴の決め台詞に合わせて盛り上がっている1年の二人も「ヨーヨー!!」とコールアンドレスポンスのように声を出した。
「こんなに音痴だったとは……厄介だ……耳が痛い……」
音痴のレベルが桁違いすぎて唖然とする真田。
その顔を見てやってやったぜとはを光らせる亜蘭。
4巡目にしてお互い片手同士の戦いになる。
その音痴のラップが止まることなく真田のターンへと移行する。
真田のギタースタイルのギターの音色ではどうしても亜蘭の音痴のラップをかき消すことができない。
だが、亜蘭は指スマで精神を削りながらラップをしている。いつか息が切れてラップが中断する。そこが真田の勝利するゴール地点だ。
対する真田のギタースタイルで奏でるギターの音色は自動発動だ。精神を使い疲労するが亜蘭ほどではない。どのみち長期戦に持ち込めば真田が勝つのは明白に見えているのだ。
ジャンジャジャジャジャジャジャジャーーン♪
激しくギターを奏でる。そして宣言を開始する。
「いっせーので!! 『1』どうだ!!」
宣言をした真田の親指は立っていた。ギタースタイルの音色に抵抗するため親指を立たせないと予想したのだろう。
しかしその予想を覆すかのように亜蘭は親指を立たせていた。
よって真田の宣言は外れ亜蘭のターンへと移行する。
「外したか……」
悔しがる真田に向かって、亜蘭は立たせた親指を下に向けて「侮辱の表現」のジェスチャーをした。さらに音痴のラップを辞めて一言、牙を鳴らしながら言った。
「もうビビらねェし……洗脳もされてやらねェ、去年のオレだと思うんじゃねェぞ!!」
「ああ、ひしひしと伝わるよ……」
スタイルも使えず怯んで親指を立たせることができなかった去年の亜蘭はもうどこにもいない。
勝つためになら音痴を晒してもいい。どんなことをやってでも貪欲に勝利をもぎ取ろうとする。
「オレは、指スマに出会えてホントッに良かったと思ってらァ、こんなに成長できたんだからなァ」
親指を下向きにする侮辱の表現のジェスチャーを元に戻し構え直した。
「長期戦は音痴のオレにやァ喉が先に死んじまう。だから次で終わらせてやんよォ!!」
亜蘭の勝利宣言だ。
「ふふっ、トサカくんにできるかな?」
亜蘭の勝利宣言を鼻で笑った。
「やってやらァァア!!!」
亜蘭の雄叫びが真田のギターの音色以上のボリュームで体育館に響いた。
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