怯まない親指
亜蘭の勝利宣言を受け今までよりも大きくエアーギターを弾く真田。ギタースタイルから奏でられるボリュームもアップした。もはやこれは音楽ではない。騒音。否、爆音だ。
「思い通りには絶対にさせない!! 遥ちゃんとツーショットを撮るためにぃいいいい!!!!」
爆音のボリュームもさらに上げてヒートアップする。頭を振りヘッドバンキングを行い最大の盛り上がりをみせる。
「クッソ……うるせー」
爆音にやられ反射で両手を使い耳を塞いだ亜蘭。
さすがの亜蘭の音痴もこの爆音の中では響かない。腹から声を出しているはずなのに口の外へ音が出ると消え、無音になっているように感じてしまう。それに爆音で耳がイカれてしまいそうになる。
これでは亜蘭と爆音を放つ真田、そして観戦している全員が宣言を聞くことができない。
しかし、問題はない。審判にはスタイルによる効果のの影響を受けないので勝負の結末は審判のジャッジを見て判断することとなる。
「こ、ここで決めてくれ……」
爆音にやられ、耳を抑えながら苦しむ王人は片目をつむり誰にも聞こえない声で亜蘭の勝利を願った。
「あうぅ……」
遥は爆音にやられ意識が朦朧となり気絶しかけている。そんな遥を結蘭は豊満な胸と太ももを使い耳を塞いであげた。両手は自分の耳で塞がってしまっているので豊満な胸と太ももではさみ、膝枕の状態にし遥の耳を塞ぐ。
耳を塞がなければしばらくの間、音が聞き取れない状態になっていただろう。
「ありがとふ……ございまふ……」
と、遥は声が届かなくても耳を押さえてくれる結蘭に感謝の言葉を伝えた。
十真は、そんな光景を見て、うらやましそうに顔を赤くした。だが頭を横に振りすぐに理性を保ち亜蘭の応援をする。
「亜蘭先輩! 頑張れー! 爆音を止めてくださーい!!!!」
爆音にかき消され、自分にすら聞こえない声で叫んだ。
「ああ、わかってらァ」
と、爆音で聞こえていないはずの亜蘭は答えた。気持ちが通じたとかそんなことではない。ただなんとなく答えたくなったのだ。
そして自分の耳を塞ぐこともなく両手で構え始めた。
ケンカスタイルの構えだ。ルール上、片手を引っ込めたとしても両手で構えるのは有りなのだ。ただしすぐに構える場合どちらの手が引っ込めた手なのかわかるように一度審判に報告しなければならない。
すでに亜蘭は片手で指スマをしていたので審判はどちらの手を見たらいいかはわかっている。なので報告は不要となる。
「いくぞォオ!!!! 変態野郎、いや、爆音野郎がァアア!!!」
すでに耳は爆音にやられ音を感じ取れなくなっている。爆音を体では感じているが音は無音という不思議な感覚を味わっている状態だ。
(耳の奥が痛ェ、鼓膜が破れてんのかァ? クソがァ、集中できねェ、立ってるのがやっとだァ、構えも相当精神削ってんだわァ……本当に決めてやらァ!!!)
足腰に踏ん張りをかけてなんとか立っている状態だ。おそらく亜蘭の体力ではここが限界となるだろう。亜蘭自身もわかってることだ。
「シャァアアアアア!!!」
気合いを入れて叫ぶ亜蘭。そしてこのまま宣言を始める。
「いっせーので!!!!」
観戦している人にも自分にも声が聞こえない。ちゃんと言えているのかすら分からない。
それでも怯まず思いっきり数字を叫んだ。
「ゼロォオオオオオ!!!!」
亜蘭が叫んだ瞬間、空気が変わった。爆音が止んだのだ。
実際にはすでに耳がやられ音が聞こえない状態だが体で感じていた爆音が消えたのだ。
無音の空間の中では時間の流れが全く読めない。だから状況の理解が遅れる。
なぜ爆音が消えて、なぜ空気が変わったのか。その答えはすぐにわかる。
(なんだ? 白田先生がオレの方に手を差してなんか言ってやがんぞォ……何も聞こえねェ……オレはちゃんと宣言できたのか? 勝てたのか? わからねェ……わからねェけど……オメェのその憎たらしい顔は……オレが勝ったってことか??)
亜蘭は無音空間の中、対戦相手の真田の称賛する笑顔を見て勝利を確信した。
何か喋っているが何も聞こえない。そんな状況だ。
そして真田が指で音を鳴らした。
パチンッと指パッチンをしたのだ。
すると無音だった音が突然鳴り響いた。うるさい目覚まし時計によって意識が覚醒するかのように鳴り響いたのだ。
「くがぁああ」
突然鳴り響いた音に驚き耳を塞ぎ膝をつく亜蘭。そんな亜蘭の周りには仲間たちがいる。
「先輩ありがとうございます……」
膝をつく亜蘭の目の前には体育座りをして顔の位置を同じ高さにしてい遥がいた。
その遥の笑顔と感謝の声に耳が一気に癒されていった気がし、耳の痛みが和らいだ。
そして顔を赤くし照れた表情で「お、おう……」と照れながら答えたのだった。
「やりましたよ先輩!!!!! いやいや凄かったっす!!! 勝利宣言からの勝利!! 最高でした!!」
「凄かったですよ!! ギッタンギッタンのバッコンバッコンにしてくれてスッキリです!!」
「オメェらうるせェよ……せっかく遥の声で耳治ったのにまた痛くなってきたぜェ」
王人と玲奈は熱量をそのままにし亜蘭の勝利を称えた。その声をうるさく思い嫌がったのは亜蘭の照れ隠しの一つだった。
「やるじゃねぇか、さすがアタシの弟だっ」
「ねーちゃん……」
結蘭は座ったまま亜蘭に聞こえる声で勝利を称える。その横で腰が抜けて立てなくなっている十真は感動し涙をこぼしながらぶつぶつ何かを言っていた。
「す、凄かった……す、凄かった……」
そんな十真と姉の結蘭に向かって歯を光らせサムズアップを見せた。
十真も結蘭もサムズアップで返す。
「いやいや、本気出したんだけどね……どう僕の必殺技は?まだまだ未完成だけどね」
拍手をしながら近づいてきたのは対戦相手の真田だ。真田は膝をつく亜蘭に手を差し伸べた。
その手を取り亜蘭は立ち上がった。
「去年はビビって親指を立たせらんなかったが、今年はビビらずに親指を立たせなかった。同じ立たせなかった親指でもこうも違うものなのかね……」
「ああ、ケンカスタイルはビビらねェんでなァ……オメェの無音にはちょっとビビっちまったけどよ……」
お互い握手を交わし戦いの幕を閉じた。
「耳には異常はない、しばらくしたら元通りに聞こえるから安心しな……それじゃ」
前髪をかき分けて身を引いていく真田。その真田の寂しげな後ろ姿を見て遥は声をかけようか迷っていた。
そんな遥の横顔を見て亜蘭は「あとは遥が決めていいんだぜェ」と優しく言った。
その言葉を受けて遥は真田に向かって「あの……」と聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で呟いた。
遥が大好きな真田は聞き逃すはずもなく足を止めて振り向いた。
「どうしたの?僕は負けたからツーショットはもう諦めるよ……」
「いいえ、その……感動した、から……1枚だけなら……いいかなって……」
「えぇえええ!! 本当に~?? 嬉しい! 遥ちゃん! やっぱり君は天使だ!! 僕だけの天使だ!!!」
落ち込んでいた真田はすっかり調子を取り戻し遥に飛びつこうとしたが王人と玲奈が阻止した。
「いい? 遥くんに指一本でも触れてみなさい! 私が許さないわよ!!!」
「今回のツーショットは特別ですから、あんまり調子に乗らないでくださいね」
「あはは……わかったわかった……」
二人の迫力に押され、両手を上げて手を出さないアピールをした。
そのまま遥に向かって「じゃあ帰りに1枚だけよろしくね~遥ちゃ~ん!!」と手を振りながら狐山高校の陣地へと戻っていった。
「なんか悔しいから……オレとも撮ってくれや……その、ツーショットってやつをォ」
「恥ずかしいですけど……先輩となら何枚でも……」
目線を逸らし照れながら亜蘭は遥に自分もツーショットが撮りたいと言った。それに対して遥は何枚でも撮ると顔を赤くしてもじもじしながら答えた。
その姿を見て亜蘭は魂が抜けたように気絶してしまった。
気絶間際小さな声で「きゃわいい」と言っていたが爆音が耳に残っていたせいで誰の耳にも届かなかった。
「おっとっと……」
気絶し倒れかけた亜蘭を白田先生がすかさずキャッチ。
「亜蘭なら寝かせておけば大丈夫だろ、王人そこまで運んでくれ~」
「はい!」
「ボクも……」
気絶している亜蘭を白田先生から受け取り王人と遥の二人で兎島高校の陣地にまで運んだ。
床にタオルを引いてそこに寝させたのだった。
亜蘭は寝言で「十真、勝てよ」と言った。
この後に控えている試合を気絶しながら心配しているのだ。
その寝言を聞いて十真は思い出したかのように焦り出した。
(そうだった……次は僕の試合じゃないか……やばい、腰が抜けて立てない……それにこんなにすごい試合を連続で見た後だ。もうお腹いっぱい、というか無理無理無理……スタイルも使えないのに試合なんてできるはずがない……)
顔色が一気に悪くなり遠くを見る十真。そんな十真の横顔をジーっと見ていた結蘭は玲奈を呼んで何やら耳打ちを始めた。
耳打ちが終わった後の玲奈と結蘭の表情は悪巧みを企てようとしている悪人の表情だった。
悪人の表情のまま十真を挟むように回り込んだ玲奈。
そのまま十真の耳に向かってフーっと息を吹きかけた。
右側から結蘭。左側からは玲奈だ。お互い同時に息を吹きかけたのだ。
その二人の息に反応し十真は「あひぃいいん」と情けない声を出して飛び上がった。
「プップップ~ほらな! 言った通りだろ~面白すぎっ!」
「十真くんの新たな一面が見れて私は満足」
「ありがとうございます……お陰で立てました……」
体をビクビクと震えさせながら立ち上がらせてくれた二人に感謝を告げたが、素直に心から感謝できていなかった。なぜなら二人の表情が楽しんでいる表情だったからだ。
(お陰で立てたけど……変な声出て恥ずかしい……それにこの表情……絶対楽しんでるじゃん。次からは普通にやってほしいわ……)
ため息をこぼしそうになり口の中でため息を飲み込んだ。今ため息をこぼすと失礼な気になってしまうからだ。
そして十真は対戦相手がいる狐山高校の方へ顔を向けた。
そこには異質なオーラを放つ天空寺紅の姿があった。
今すぐにでも戦いたいと獣のように十真のことを見つめている。その瞳は漆黒で闇の中に全てを吸い込まんとしていた。
その姿に圧倒され、ごくりっと一度、唾を飲み込む十真。
(すごい……怖い……先輩たちぐらいの迫力を感じるけど、それ以上に恐怖を感じる……遥くんと戦っていた時以上の……怖い……)
十真は震えている手を思いっきり握りしめ落ち着かせた。
そして1歩足を踏み込む。
(いつか戦う日のために練習したんだ……そのいつかが今だ……先輩たちのかっこいい姿を見たんだ。僕だけ逃げるわけにはいかない!!)
十真は目を瞑り練習試合で戦っていた先輩たちの試合を思い出していた。その試合で必死になって戦うかっこいい先輩たちの姿に背中を押されながら位置についた。
「十真、無理だと思ったらすぐに言ってくれよ。こっちでも判断するから全力で指スマを楽しめ」
「は、はい」
審判を務めている顧問の白田先生が優しく声をかけ背中を強く叩いた。
「いててぇええ」
「気合注入だっ!」
審判付きの本格的なスタイル同士の戦いは十真にとっては初めてだ。十真はまだスタイルを会得していないがこれがデビュー戦と言ってもいいだろう。
そして対戦相手の天空寺紅が狂気的な笑みを浮かべながら十真の目の前に立った。
無言のまま見つめる紅。
そんな紅に向かって狐山高校の黒田先生は口を開く。
「今、蒼はいないんだから本気は出すなよ……」
「いいえ……本気で戦う約束をしたので、本気出しますよ。兄さんの代わりに先生が止めてくださいね」
「ああ、わかった。くれぐれもやりすぎるなよ」
「はい」
黒田先生の言葉を受け笑顔で返す紅。そのまま会話が終わると邪悪なオーラが一気に体育館を包み込んだ。
「それじゃ、十真、本気の勝負しようよ」
「あうあうあうあぅ……し、死ぬぅうう」
ガクガク震えながら涙目になる十真。さすがに紅の放つ死のオーラの前ではどうすることもできなかった。
「先生無理です~戦える気がしません~」
「さっき気合注入しただろっ! 怖いのはわかるけど頑張れ」
「じゃあもう一回気合をっ!!!」
「わかった、わかった。背中出せ~!!」
バシンッ!!!! と二度目の気合注入を入れた白田。
「うぉおおお、痛いだけで怖さを誤魔化せないっ!!!」
「早くしようよ。十真」
覚悟が決まらない十真に対して紅はさらに凶悪な死のオーラを放った。
(あ、これ、確実に死ぬやつだ……)
そんな風に心の中で弱音を吐いた十真だったが前に出てしまったからにはやるしかない。
「やってみたら意外といけるぞ!頑張れ十真」
「はい……死んできます……」
戦う前から涙を流し弱気だ。みっともない姿だがこれが十真なのだ。
そしてついに1年同士の二人が向き合った。
兎島高校の指原十真と狐山高校の天空寺紅の戦いが始まろうとしている。
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