漆黒の渦

 死のオーラを大量に放ちながら十真トウマの前に立つ少年、天空寺紅。

 その少年が放つ死のオーラに怯えながらも拳を前に突き出しジャンケンを始めようとする十真。


 狐山高校の黒田顧問の合図で先行後攻を決めるジャンケンが行われた。


「最初はグー、ジャンケン、ポイ! アイコでしょ! アイコでしょ!」


 ジャンケンの結果は十真の勝利。ジャンケンに勝った選手は強制的に先行になる。


「その異質なオーラ……楽しみだよ。十真」


「オーラとか分からないって……ひぃ、怖っ……」


 デザートを待つ子供のように楽しそうに十真を見つめる紅に対して目を合わせないようにしている十真。

 目を合わせてしまうと紅が放つ死のオーラを直に受けてしまい恐怖心で動けなくなってしまう。なのでなるべく目を合わせずに相手の親指だけを見るようにしているのだ。

 そんな目を合わせてくれない十真の視線に紅は腰を低くし首を前に出して入り込んだ。


「怖いって……目を合わせないようにしてるのに合わせてこないでよー!!」


「十真が先行だよ。早くやろうよ」


「話も通じなくなってる。怖い……」


 十真の話を聞かずに早く勝負がしたいと急かす紅。仕方なく覚悟を決めて指スマの構えをする。


 十真はスタイルを会得していない。なので基本的な構えの『スタンダードスタイル』で立ち向かう。

 対して紅は基本的な構えに近い構えをしている。違いを言うならば拳と拳が離れているくらいだ。拳4個分くらいは離れているだろう。

 その拳と拳の間では漆黒の渦が見える。その渦を十真はあるものに喩えた。


「ブラック……ホール……」


 その漆黒の渦は十真が言った通り全てを飲み込むブラックホールのようだった。


「その通り、十真にも見えるよね。僕のスタイルは『ブラックホールスタイル』。対戦相手のスタイルをこの対戦中のみ奪うことができる」


「!!!!」


 紅のスタイルはブラックホールスタイル。対戦中のみ対戦相手のスタイルを奪う強力なスタイルだ。このスタイルにかかれば相手はスタイルを使えずに強制的に基本的な構えになってしまう。さらに奪ったスタイルを紅自身が使うことができる。

 まさに最強のスタイルだ。


「でも、僕はまだスタイルを持ってない……」


「それは僕が見てあげるよ」


 すると紅の拳と拳の間のブラックホールが渦巻き始めた。その漆黒の渦に吸い込まれそうな感覚に陥る十真。

 とっさにガードの構えをとって体を丸くし身を守ろうとした。


「もう終わったよ……十真のスタイルはもらった」


「え?終わった……」


 スタイルを奪ったと言う紅に対し十真は体の変化を何も感じていない。


「それじゃ構えるよ……十真のスタイルを見せてあげる」


 するとブラックホールスタイルをやめて紅は奪った十真のスタイルに構え直した。


「な、何……」


 その構えは基本的な構えのスタンダードスタイルだった。


「そんなわけがない……じゃああの異質なオーラはなんなんだ……」


 困惑する紅。その様子を見ている十真も何が起きているのかさっぱり理解できないでいた。


「だから、僕はまだスタイルを使えないんだって……」


 基本的な構えを見せる十真。体は恐怖で震えながらも足腰に力を入れてしっかりと立っている。


「あり得ない……」と言葉を吐き捨て拳と拳の間を離れさせブラックホールスタイルに戻した紅。

 やる気が失せたのだろうか、紅が放つ死のオーラの勢いが弱まった。

 期待外れとまではいかないが異質なオーラの正体がただのスタンダードスタイルだということに気持ちが落ちたのだ。

 それでも戦うと決めたのだから戦うしかない。ブラックホールスタイルを維持したまま十真の宣言を待つ紅。


 深呼吸をし呼吸を整え恐怖心を少しでも和らげてから十真は震える声で宣言を開始した。


「いっせーので!! 『2』」


(う、動かない……)


 宣言した直後に十真は自分の異変に気がついた。恐怖で親指が動かないのだ。正確にはピクピクと震えているので動ける。立たせることができないのだ。


 顔色が一気に悪くなる。恐怖心だけではなく体の調子も悪くなっている感覚に陥る。これが死のオーラ。死が隣まで近づいて来ている感覚だ。十真の精神を蝕む。


「はぁ……はぁ……」


(耐えられない……1回宣言しただけでこんなに……苦しいだなんて……)


 対して紅の親指は1本だけしか立っておらず十真の宣言は外れ、紅のターンへと移行する。


 紅は躊躇なく宣言を始めた。それはすぐに試合を終わらせたい気持ちからか、冷たい声で鋭く宣言をする。


「いっせーので『0』」


 宣言した紅の親指は立っていない。0を宣言するのなら立たせるはずがない。

 対して十真の親指も立っていなかった。否、恐怖で立たせることができなかったのだ。

 さらに自分のことで精一杯になってしまい宣言されたことにも気付いてない。


(な、なんで……片手だけ……宣言が終わったのか……全く気がつかなかった……)


 宣言を当てた紅は残り片手のみとなった。右手だけを残し左手を引っ込めたことによってブラックホールがどんどんと広がっていく。全てを飲み込むかのようにどんどんと広がる。

 この漆黒の渦が広がりきった時が自分の死だと直感でわかった。これは死へのカウントダウンだ。


 死が右半身を包み込む。十真は思わず泣いてしまった。息を荒くし呼吸の仕方を忘れる。

 紅のブラックホールスタイルから放出されている死のオーラは十真の全身を包み込もうとしていた。


「十真くん……」


 漆黒の渦に飲み込まれる十真を見て震えて声をあげられない玲奈。

 他の仲間たちも声を上げようと、十真を助けようと声を出そうとするが出ない。

 喉がカラカラに枯れて声の出し方を忘れたような感覚に陥る。


(先生は試合を止めてくれるって言ってたけど……止めてくれるかな……僕はもう無理だ……やっぱりスタイルを使えない僕が戦うなんてできなかったんだ……浮かれてた。スタイルなしの戦いで勝ち続けて来たから、もしかしたらと思ったけど……やっぱりダメだった……こんなことだったらもっと練習しておくべきだった……)


 自分の死に間際、走馬灯などではなく後悔が頭の中を過ぎる。そのまま漆黒の渦に飲み込まれる寸前、目の前に差し伸べてくる手を見た。


(もしかして、先生……僕たちの試合を止めに来てくれたんだ……それなら手を掴んで助けてもらわないと……)


 目の前の手を掴もうと自分の手を伸ばす十真。


 あと少し


 もう少しで手に届く



 そんな時だった



「トォオオウウマァアアアアアア!!!!!!!!」


 闇の中の十真の耳にも届くくらいの声が目の前の手を吹き飛ばし闇を怯ませた。

 その声の主は聞き覚えのある声だ。

 それは十真をこの世界に、指スマの世界に誘い込んでくれた人物。


 そう。金髪モヒカンヤンキーの花澤亜蘭だ。


 気絶していた亜蘭は死のオーラを感じ取り意識が戻ったのだ。そして瞬時に状況を判断し叫んだ。

 そして亜蘭は立ち上がり再び叫び出した。


「ケンカァアアスタイルゥウウ!!!!!」


 亜蘭は自分のスタイル名を十真に向かって叫んだのだ。

 なぜスタイル名をこの状況で叫んだのか?

 その意図を瞬時に理解し十真は亜蘭のスタイルの『ケンカスタイル』の構えをし始めた。

 拳を握り、左拳を前に突き出す。このボクシング選手のような構えをしたのだ。


 すると十真を包み込んでいた漆黒の渦、死のオーラが一瞬にしてなくなり体育館に入る日差しが十真を照らした。

 死からの生還だ。


「はぁ……ふぅ……死、死にかけて……はぁ……」


 十真は忘れていた呼吸を思い出し肺が酸素を求め呼吸を始めた。海の中にいた感覚だった。闇に溺れていたのかもしれない。


(今、ならわかる……あの手は、先生の手じゃない……あの手を掴んでたら、本当に死んでいたかもしれない……危なかった、助かった……亜蘭先輩、ありがとうございます……)


 ケンカスタイルの構えのまま十真は紅の目をしっかりと見た。黒く吸い込まれそうな瞳だ。しかしなぜか恐怖心を感じない。

 おそらく亜蘭のケンカスタイルのおかげだろう。以前、玲奈と激闘を繰り広げた時にとっさに使うことができたこのケンカスタイル。

 他人のスタイルを使うことは本来ならできない。見様見真似でやったとしても能力は発動しない。しかし十真はその能力をしっかりと発動し自分のものにしている。その分の体力は使ってしまうが、死から逃れるためには仕方がないことだ。



「なるほど……十真の異質なオーラの原因はこれか……」


 十真の構えを見て紅は異質なオーラの答えにたどり着いた。


「才能かな?人のスタイルを使えるのは努力では無理だ。それは君の指スマの才能だと僕は思う」


「ふぅ……うぅ……ふぅ……」


「その分、体力を使うみたいだね……中途半端はお互い嫌だろう。次の僕のターンで終わりにしてあげるから早く宣言して」


 十真の状態を見て紅は冷静に分析する。体力の限界がきてしまった十真を次で仕留めると勝利宣言をする紅の表情は冷たい。

 興味津々だった異質なオーラの正体を知ってしまったから、もう十真に飽きてしまったのだ。


「まだ……」


「ん?」


「まだ終わらない……」


「どんなに威勢を張っても終わりは必ずくる。残念だけど十真は次の僕のターンで負けだよ」


 十真はケンカスタイルのまま歯を食いしばり足腰に力を入れて宣言を始める。


「いっせーので……『さん』」


 弱々しい声で今にも倒れそうな十真は数字の3を宣言した。そして恐怖で立たせることができなかった親指をケンカスタイルの怯まない力によってしっかりと2本立たせていたのだった。

 対する紅の親指は無情にも立っていない。興味が全くない。そんな様子を紅の親指からも感じることができる。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らす十真に声を出せるようになった仲間たちが声援を送る。



「十真くん!!! 頑張って!!!! 負けないで!!!!」


 玲奈が声を上げて、誰よりも大きな声で声を届ける。


「十真くん……」


 遥は両手を握り祈るように十真の名前をささやく。


「負けるな十真!!!!」


 真っ直ぐに十真を見て一言力強く王人は叫んだ。



 仲間たちの声が届き十真は諦めずに目の前の闇に立ち向かった。


「まだ……誰も諦めろなんて……言ってない……だから負けるわけには」


「だからいくら威勢を張っても無駄だよ。これで終わりにしてあげる」


「はぁ……はぁ……」



 十真の目はまだ死んでいなかった。満身創痍の十真だが心はまだ死んでいない。勝気でいるのだ。

 その瞳と姿勢が気に入らない紅は死のオーラを強くし、このターンで終わらせるように冷たい漆黒の瞳で睨み返した。


「いいよ……それなら見せてみてよ……僕に勝ってみせてよ」



 ゴゴゴゴゴと、死のオーラを全身から大量に放出した。その紅の姿は恐怖を、闇を具現化したようなものだった。

 この闇に呑まれたら逆らうことはできないだろう。宣言を外さないと勝利宣言をした紅は、この宣言を全力で、十真を殺す勢いで行おうとしている。



「どうなっても知らないからね」


「ふぅ……はぁ……」


 息を切らす十真に冷たい声で言った紅は冷たい声のまま宣言を始める。


「いっせーので『さん』」


 黒く冷たい瞳は十真を飲み込み笑った。

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