奥の手

 花澤結蘭 対 天空寺蒼 両者片手のみになった指スマ対決。

 いつ勝敗が決まってもおかしくない戦い。ヘビとキツネが睨みを効かし先に相手の首元に牙を入れたものが勝者となる。過酷な自然界も指スマも同じようなものだ。

 そんな接戦の中、狐山高校指スマ部キャプテンの天空寺蒼のターンが訪れた。


「今度は守れるかな?いっせーので!! 『1』」


 天空寺蒼は青色の髪をなびかせながら宣言した。

 蒼の親指は1本立っている。

 対する結蘭は片手をくねくねと蛇行させながら親指を1本立たせていた。


「あ、あぶねー、なんだかよくわかんないけど、なんとか凌いだ……」


「運がいいな」


 宣言が外れた蒼は結蘭の親指を悔しそうに見つめていた。

 そんな親指を見つめられている結蘭はゆっくりと親指を折りながら考える。


(今のは、本当に偶然だ。もう頭の中がこんがらがって何出したいのか何が出るのかさっぱりわかんない。だから自然に任せたんだけど、それって半分諦めたようなもんじゃんか……ここまできたんなら勝ちたいって気持ちも芽生えてくるわ……圭二には悪いけどアタシが勝たせてもらう)


 真剣な表情でキャプテンの圭二を見る結蘭。そんな結蘭と目が合い、結蘭以上に真剣な表情で頷いた。

 その彼の顔を縦に振った行動から闘志に火がつき、集中力を増した。

 全身のエネルギーを巡らせてフォックススタイルの呪術を解くかのように念を込めて集中をする。

 すると集中していた気が、体の中にある不純物を発見したような感覚を得た。

 この不純物こそが天空寺蒼のフォックススタイルの効果だと結蘭はすぐに分かった。

 そのままさらに集中させてその不純物を綺麗さっぱり消し去った。これで支配されていた脳も親指も解放されただろう。

 あとは自分の持てる力を全て込めて宣言するのみ。


 結蘭は集中するために瞑っていたまつげの長い綺麗な瞳を開眼する。

 そしてタイムアップギリギリまで息を整えて集中を保つ。

 肺から溢れ出る色気のある呼吸音が体育館にいる全員の耳に届く。

 そしてここぞというタイミングで宣言を始めた。


「いっせーので『にぃぃ』」


 その声は吐いた息とともに色気のある声で発声された。

 そして蒼の効果を解除した結蘭は自分が思っていた通り親指を1本立たせている。紛れもなく、騙されることなく親指が立っていたのだ。脳もしっかりと判断していて完璧に騙されていない。蒼のスタイルに打ち勝ったのだ。

 そんな対戦相手の蒼の親指は……しっかりと天に伸びるように立っていた。

 つまり宣言通り2本の親指が立っていたので結蘭の勝利となる。


 結蘭が勝利した衝撃によって体育館にいる全員が一瞬止まった。

 静寂が1秒。その1秒が過ぎ去りドドドドっと歓声へと変わった。



 うぉおおおぉおぉぉお!!!!



「勝った!! 勝ったぞ!!! 凄かった!!!」


 嬉しさのあまり抱きついてしまったキャプテンの圭二はすぐに自分のふしだらな行動に気付き離れた。

 しかし離れた圭二をすぐに引き戻し抱きしめ返す結蘭。男に慣れているのかそれとも心からそうしたいと思ったのか。

 そんな二人に亜蘭も愛ある大きな笑顔をぶつけながら飛びついた。


「ねーちゃんさすがだぜ!!!今年は全国優勝すっぞ!!」


「あはは、それは言い過ぎ……」


 顔を赤くしながら満更でもない表情で答える結蘭。細い指で照れながら整った高い鼻をかく。


「凄かったです、お疲れ様です」


 と、クールに言葉をかけた王人の目は若干ウルッとしていて感動していたが涙を堪えているのがはっきりとわかる。

 王人以外の1年3人は大泣きしてお揃いで買ったウサギのキャラクターがプリントされたスポーツタオルを涙と鼻水で濡らしていた。


「ううぅううわぁう、あむあぅ、、いぐっぐうぅ、あぁう」


「お前ら、なんて言ってるかわかんないって……」


 感動で大泣きする十真、玲奈、遥の3人はもはや何を喋ってるのかわからなかった。そんな1年を見て笑みをこぼす。


 しかし、勇だけは浮かない顔をしていた。否、勇だけではない。

 この瞬間にそぐわない表情の人物は他にもいる。

 仲間なら喜び、敵なら悔しがるこの場面では考えられない。情緒がおかしいとしか思えないくらいだ。


 その人物は勇の他に対戦相手の天空寺蒼、そして審判の両校の先生だ。


 蒼は凶悪な笑みを浮かべながらその場に立ったままだった。

 そして審判を務めている兎島高校の白田先生と狐山高校の黒田先生も勝者の宣言も無くその場に立ったままだった。

 違和感を感じた結蘭は顧問である白田先生の顔を見る。

 白田先生は結蘭と目が合い悔しげな表情で口を開いた。


「天空寺は親指を立てていない。立ったよう見せて審判以外のこの場にいる全員を騙したんだ。勇は筋肉で守ったようだがな……」


「これが天空寺蒼の……フォックススタイルの奥の手だよ。兎島の諸君」


 悔しげな表情の白田の言葉の続きをニンマリと笑いながら狐山高校の黒田が言った。

 兎島高校の部員のみならず味方の狐山高校の部員も己のフォックススタイルで騙していたのだった。

 指スマのルール上、審判にスタイルの能力をかけたりするのは反則だ。即、失格にみなされる。

 なので蒼は審判には一切、術をかけていない。

 そもそも審判は経験者が務めるものなので術をかけようとしてもかからないのがほとんどだ。


「この場にいる全員を騙していたなんて……本当に恐ろしいわ、五本指クラスは……」


 天国から地獄に落とされたような気分になる結蘭。

 これが圧倒的実力差。五本指クラスの実力なのだ。

 そんな五本指クラスの強さを持つ天空寺蒼が、震え膝から崩れ落ちる美女に声をかけた。


「続けるか?」


「これ以上は……アタシじゃ耐えられない……無理だ」


「賢明な判断だ」


 結蘭は気が動転し、その場から立ち上がれなくなった。それほどの精神ダメージを蒼は与えたのだった。

 そんな彼女の様子を見て唇を噛みしめながら勝利宣告を白田がした。


「勝者、天空寺蒼!」


 うぉおおおおおおぉおお!!

 すげぇええええええ!!!

 かっけぇえええええ!!!


 今度は狐山高校から今までにないほどの歓声が爆音となって飛び交った。


「奥の手……切り札、だったんだけどね。君たちとの指スマがあまりにも楽しくてついつい使ってしまった。花澤も岩井もありがとう。俺はまだまだ強くなれるよ」


 2戦連続で戦った対戦相手の顔を交互に見て、3戦目となる対戦相手の顔を自信に満ち溢れた表情で蒼は見た。


「俺は今ものすごく調子が良い。これも君たちのおかげだよ。さて……次の相手は親野だよね」


「あぁ、やろうか」


 キャプテン同士が睨み合い火花を散らす。

 圭二は立ち上がれなくなっている結蘭の肩を優しくポンっと触った。

 そして、


「行ってくる」


 と、笑顔でサムズアップし対戦相手の天空寺蒼の前へと立ったのだった。

 足取りは軽く、圭二自身も堂々としていた。これがキャプテン。これこそがキャプテンなのだ。

 キャプテンはどんな時でも胸を張り後輩の手本にならなければならない。

 ここでビビってしまってはダメなのだ。弱気になることを圭二自身が許さない。


「兎島高校3年、指スマ部キャプテン、親野圭二」


 と、蒼の前でハキハキと自己紹介をする。

 自己紹介をすることによって己の士気を高めているのだ。

 士気が高まったところで圭二は構え始めた。


 その構えは胸の前で拳を握り、親指が上になるように構える、基本的な構えそのものだ。


 圭二のスタイルは『スタンダードスタイル』。つまり基本的な構えということだ。

 圭二は基本的な構えこそが美しく、そして強いと信じ磨き上げ鍛えている。

 五本指クラスのレベルの天空寺蒼にどこまで通用するかは不明だが、芯を強く持つ圭二はしっかりと蒼の前に立っている。そう、勝つために。

 そんな圭二を見ていた蒼の弟の紅は衝撃を受けていた。


(オーラの量が増えた……それも、凄まじいほどに、兄さんとほぼ変わらない。いや、兄さん以上のオーラだ)


 見たものを吸い込みそうな黒瞳は、圭二のオーラに吸い込まれそうになっていた。

 紅が驚くほど圭二は強いのだ。

 そして驚いているのは紅だけではない。


「本当にもったいない。基本的なスタイルじゃなければ親野は五本指にだって余裕でなれるのにな。なんでそこまで基本的な構えに拘るんだ?」


 基本的な構えを磨き上げる圭二を勿体ないといった表情で見つめているのは対戦相手の蒼だ。

 強者の蒼から見ても圭二の実力は随一。五本指クラスのレベルだと言っても過言ではないのだ。

 だが五本指になれないのは鍛え上げた基本的な構えが原因であると蒼は思っている。


「この構えが好きだからこの構えをとことん鍛えようと思ってる」


「才能をドブに捨てたようなものだぞ」


「ドブは流石に言い過ぎだな……でも俺はこの基本的な構えが好きだ。指スマにはご当地ルールが存在するけど、万国共通で構えは同じ。だからこの構えこそが最強だと思っている」


 蒼の疑問に気持ちいくらいハッキリと圭二は答えた。

 その目は本気で他人がとやかく言う隙が全くなかった。

 そんな男らしい男の顔を見て蒼は諦めたかのようにため息を吐く。


「はぁ……わかったよ。でもそれなりに楽しませてくれよ」


「もちろんだ」


 圭二の意気揚々とした応えを聞き口元を緩め軽く笑う蒼。

 そのまま両手を握り人差し指と中指を立たせて『フォックススタイル』で構えた。


 そこからしばらく睨み合い沈黙が続いた。

 その沈黙を破ったのは兎島高校の白田先生だ。


「えーっとだな、熱くなって、真っ先に構えたくなるのはわかるんだけど、まずはジャンケンからだ」


 向かい合う二人は先生の言葉を聞き、「アッ」と、間抜けな声を出した。

 どうやら二人は本気でジャンケンを忘れ、互いを己の威圧で威嚇し合っていたのだ。


「まったく……」


 と、首を傾げ呆れた表情をしながら白田先生は先行後攻を決めるジャンケンの掛け声を始めた。

 ジャンケンに勝ったのは天空寺蒼だった。

 ジャンケンに勝った者は無条件で先行になる。


 ジャンケンが終わり再び構え直す両者。

 圭二は、見本となるような綺麗な基本的な構えで、相手を魅了している。


「いつでも良いぞ」


「その構えなのに不思議だな。圧がすごい。それに……美しくも見える」


「だろ」


 そんなやりとりを終え、いよいよ……

 兎島高校と狐山高校のキャプテン同士の熱い激闘が始まる。

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