5本指クラスの戦い

 五本指クラスの戦い


 3連続で行われる3年生バトルの最終戦。

 親野圭二と天空寺蒼のキャプテン同士の戦いが始まる。

 先行は狐山高校の天空寺蒼からだ。


 両手を握り人差し指と中指を立たせてピストルのような構えをとる『フォックススタイル』で圭二の脳と発言と親指を騙す。

 結蘭と戦ったときに審判以外の全員の脳を騙していた奥の手もある。


 それに対して圭二は、拳を握り親指を上にし胸の前に出す基本的な構えの『スタンダードスタイル』で立ち向かう。


 両者が放つオーラや威圧はほぼ互角。勝敗を左右するのはスタイルによる能力の相性と、その場の駆け引き。

 相手の癖やパターンを見抜き、先を読み戦わなければ勝利を掴むことができない。


 まずは先行の蒼が動き出す。


 勇と結蘭と戦っていたとき以上にプレッシャーが凄まじい。

 どこまでが限界なのか想像もできないほどだ。

 観戦している十真たちも、鳥肌が立ち戦慄するほどひしひしと感じていた。

 そんな凄まじいプレッシャーを蒼が宣言するために前に出している右足に力を込めた。


「いっせーので!! 『1』」


 蒼は数字の1を宣言する。宣言した蒼の親指は立っていない。

 フォックススタイルで混乱している圭二が親指を立たせると読んだのだろう。

 そんな圭二の親指は2本立っていた。

 基本的な構えから立つ親指はまさに芸術ともいえるだろう。

 それほど凛々しく、そして一点一画もゆるがせにせず親指は2本立っていたのだ。


 ニヤリと笑う圭二を見て蒼は背筋に悪寒が走るのを感じていた。


「俺のフォックススタイルを己のスタイルで防いだり、岩井のような筋肉で防いだりってのはあったけど、親野……君は一体、何で防いでいるんだ?」


「気持ちの強さだ」


「本当に、君の才能は勿体ない……」


 圭二は右拳を胸にドンっと当てて得意満面に答えた。その姿を見て、蒼は、心の底から惜しい人間だと称賛したのだった。


「本当に別のスタイルを極める気はないのかい?」


「あぁ無理だ。自分のスタイルなら、とうの昔に放棄したんでな……」


「そうか、本当に残念だ」



 親野圭二は小学生の頃からすでに己のスタイルを持っていた。

 ある日、クラスで指スマ大会があったときにそのスタイルは開花した。

 そしてスタイルを小学生ながらに使いこなしクラスの指スマ大会で優勝することになった。

 しかし、そのスタイルを見たクラスの生徒たちからは不評でいつしか嫌がられ虐めにまであうようになっていた。


「なんでお前だけ構えが違うんだよ」


「その構えキモいんだよ」


「うざいんだよ」


「二度と指スマやるな」


「かっこ悪い」


「ダサイ」


 人と違うものや優れた才能を持つ者は、怖がら、煙たがれ、妬まれ、恨まれてしまう。それが人の性さがだ。

 小学生ながらに圭二はそんなふうに思ってしまったのだ。

 親にも学校の先生にも相談はしていたが返ってくる答えはいつも同じ。


「もうやめなさい」


「他の子のようにしなさい」


 誰もこのスタイルのことを褒めてくれない。伸ばしてくれない。

 悩む自分を虐められている自分を助けてくれようとしない。

 誰にも理解されずにいた。


 そして親野圭二は気付いた。

 人と違うものよりも人と同じ基本的なことを一生懸命やれば良いのだと。

 その日から自分の才能を捨て、普通を極める努力を重ねる日々が続いた。

 普通というものは素晴らしいと気付くようになっていった。

 いつしか普通で凡常で一般的な高校生へとなっていた。

 普通に過ごし普通にしている圭二は虐めや妬まれることもすっかりと無くなった。


 普通という努力を積み重ねることで1番にもなることができる。

 勉強でもスポーツでも当たり前のことを当たり前に普通にやるだけで良いのだ。


 だから普通こそが、基礎こそが、基本こそが、当たり前なことが圭二にとって最高で最強なのである。

 才能なんか捨ててしまえ。普通に努力すればどうにだってなる。

 圭二にとって普通であることこそが、最強への近道なのだ。


「だから俺はこの構えで全国に挑む!いくぞ!」


 基本的な構えに力が入り、圭二のターンへと移行した。


「いっせーので!! 『3』」


 圭二の掛け声は基本的な構え同様に一般的な発音とリズムだった。

 まさに指スマのお手本といえるだろう。

 そんな圭二の親指は2本立っている。

 これは蒼のフォックススタイルによって騙されて立たせた2本なのか、それとも圭二自身で考えて立たせた2本なのか。

 その答えは圭二自身どうでも良いと思っている。負けなければ騙されようが何されようがどうでも良いのだ。


 対面の天空寺蒼の親指も圭二と同じく2本立っている。

 よってこの場に親指は合計4本立っているので圭二の宣言通りにはならなかった。

 再び蒼のターンへと移行する。


「今は脳も親指も影響ないように見えるね……今はだけどね」


 蒼から見て圭二はフォックススタイルの効果をまだ受けていないと考えている。

 堂々とした態度と一切、狂わないを見せない安定したオーラから、そう考えたのだ。


(安定している人間に限って、自分のリズムが崩されるとジェンガが倒れるかのように一気に崩れ、取り返しのつかないことになる。その時が俺が勝つ時だ。それまではじわじわと攻め続けよう)


 蒼の考えている通り長期戦に持ち込めば蒼が勝利する確率は、ほぼ100だ。

 それまで蒼は戦い続ければ良いのだ。

 考えがまとまったのか、蒼は表情を緩くし、改めて圭二の目をじっくりと見てから宣言する。


「いっせーので!! 『1』」


 お互い親指を1本ずつ立たせている。よって、蒼の宣言は外れ、圭二のターンへと移行する。

 蒼もここで決まるとは思っていない。すぐに決まる相手ならとっくにフォックススタイルの効果にかかっている。

 指スマで勝利を掴み取るには鋼のような精神が必要不可欠なのだ。

 その鋼の精神を持っている人物が勝利し、鋼の精神を砕けいたものも勝利する。


 圭二のターンになり基本的な構えを一切崩さず冷静な表情で宣言を開始した。


「いっせーので!! 『4』」


 ここからは観戦しているもの全員、審判を含めて全員の心拍数が上昇する。


「いっせーので!! 『2』」


「いっせーので!! 『3』」


「いっせーので!! 『1』」


「いっせーので!! 『3』」


 決着がつかないどころか全く片手を引っ込めることができない。

 お互い精神を研ぎ澄まし精神を削りながら戦っている。

 相手が崩れるその時を待ちながら……


 目が離せない。一瞬でも目を離すと試合が終わってしまいそうだ。

 二人のレベルの違う戦いに観戦者たちは言葉が出ない。


「いっせーので!! 『2』」


「いっせーので!! 『1』」


「いっせーので!! 『4』」


「いっせーので!! 『0』」


 もう圭二のターンかと思いきや、すぐに蒼のターンになる。

 蒼のターンになったと思いきや、圭二のターンになっていて、再び蒼のターンに戻っている。


 徐々に掛け声が早くなっていく。いつ片手を引っ込めてもおかしくない。

 今でも、次でも、いつ片手を引っ込められるか、どちらが引っ込められるか目が離せない。

 王人は、ここまですごい戦いに戦慄しながらボソッと独り言を溢す。


「お、おいこれで何巡目だよ……」


「おそらく、50は超えた頃だろう」


「マジですか……」


 王人の疑問を勇が解決したが、その答えは「おそらく」という言葉を付けなければわからないほどだった。

 50巡目。つまり両者合わせて100回は宣言しているということになる。


 王人だけでなく十真も、遥も、玲奈も、亜蘭も、結蘭も指スマ部の全員が衝撃を受けている。

 結蘭は祈るように手を握り、誰にも聞こえない小さな声で「頑張れ、頑張れ」と、何度も繰り返していた。


「いっせーので!! 『にぃい』」


「くそ……」


 結蘭の思いが届いたのか、先に宣言を当てて片手を引っ込めることができたのは兎島高校指スマ部のキャプテン親野圭二だった。

 数字の2を宣言した圭二。両者、親指を1本ずつ立てていた。圭二の宣言通りこの場に親指が2本立っているので先に片手を引っ込めることができた。

 あの天空寺蒼よりも先に。


「よっしゃァアァアア!!!」


 圭二は引っ込めた片手を天高く上げて力強くガッツポーズを決める。

 結蘭の時のように誰も騙されてはいない。

 約50巡目にして、正真正銘、圭二が蒼よりも先に宣言を当てたのだった。


 うぉおおおおおぉお!!と、兎島高校の指スマ部全員が喜びで声を上げた。

 審判を務めている白田も同じく声を上げている。

 この激戦を一番近くで見ていた白田が最も心拍数を上げていただろう。

 いつ決まってもおかしくない戦いに心臓をバクバクさせていたに違いないのだ。


「先もらったぞ!!」


「本当に恐ろしいなぁ……こんなにやってもまだ騙されずにいるなんて……本当にそれ、スタンダードスタイルか?」


「あぁ、これが基本的な構えの強さだ」


 衝撃を受ける蒼に片手でしっかりと構え直した圭二が答えた。

 そして圭二は全身に大量の汗をかき、疲労を感じながら、その疲労をものともしない表情で対戦相手の顔を見る。


「このまま勝たせてもらうぞ!!」


 再びオーラの量を上げる圭二。蒼でさえも威圧に潰されてしまいそうになる程だった。

 今の圭二は絶好調という言葉が一番似合う。このまま何事もなく勝負が決まれば良いのだが……


「させないよ」


 胸を高鳴らせながら蒼は応じた。そのまま蒼のターンに移行し宣言を始める。


「いっせーので!! 『3』」


 この場に出ている親指は合計で3本。全ての親指が立っていれば蒼の宣言通りになる。

 もちろん宣言した蒼の親指は2本立っている。そして対面にいる絶好調の男の親指は立っていない。

 よって宣言は外れ再び絶好調の圭二のターンへと移行した。


 と、思いきや……


「騙された……」


 圭二は驚きのあまり言葉を発した。「騙された」と言った圭二の親指は立っていない。

 それなら何に騙され、何が騙されたのか。

 それは耳だ。圭二の聴覚が騙されていたのだ。


「油断してた……いや、油断はしていない、まさか聴覚までも騙せるなんてな……筋肉も騙せたんだ、当然と言ったら当然か……」


「脳、発言、親指、筋肉、聴覚、俺は今日でどんどん成長できるぞ。練習試合ができて本当によかった」


 蒼が実際に発していた言葉は『2』だ。圭二の聴覚が騙されてしまい『3』を宣言したのだと思わせていた。

 そして相手の手を読んでいる圭二は『3』を宣言するものだと考えていた。もしくは反射神経とその時の雰囲気で親指を立たせなかったのかもしれない。

 どちらにせよ結果的に蒼のフォックススタイルが圭二の聴覚を騙し親指を立たせないようにさせたのだった。


 引き離したと思ったらすぐに追いついてくる。それが強者同士の指スマの戦いだ。

 そして片手同士になった強者の最終バトルが始まろうとしていた。

 先に宣言を当てた方が勝利する。


 ゴゴゴゴと、二人は睨み合う。しかし口元は口角を上げて楽しそうな表情をとっている。

 真剣勝負の極限状態の中で二人は楽しんでいるのだ。


 そんな二人に目が離せない十真は、


「いつか僕も、こんな戦いを……」


 と、目を輝かせ、気持ちを昂らせ、夢を見ていたのだった。

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