全身全霊
親野圭二は対戦相手の天空寺蒼に向かって叫んだ。
「ここで終わらせてみせる!」
「かかってこい!親野!!!」
両者片手のみが残っている指スマ対決。先に宣言を当てた方が勝者となる。
そんな大事な場面。まずは圭二のターンから始まる。
「いっせーのでぇええ!! 『ニィイイ』」
圭二は親指を立たせ気合の入った声で数字の2を宣言。対する蒼は親指を立たせていない。
よって圭二の宣言は外れ、蒼のターンへと移行する
「いっせーので!! 『イチィィイ』」
蒼も負けじと気合の入った声で数字の1を宣言し親指を立たせた。対する圭二は己の直感を頼りに親指を立たせている。
蒼の宣言は外れ再び圭二のターンが訪れる。
そんな両者の試合を見て前髪が目元まで伸びている少年、十真が口を開いた。
「また何十回もやって、なかなか決まらないんですかね……」
「いや、それはないな、長期戦になったら圭二に勝機はなくなる……」
「え???」
十真の言葉に応えたのはお姉さん座りをしているセクシーギャルの結蘭だ。
「圭二はそろそろ限界だろう……耳を一度やられてるから、そっちにも集中してるはずだろうし、それに圭二のことだから目や鼻までも集中させてるんじゃないか? 圭二は器用だからそんなこともできちまうんだよ……神経を研ぎ澄ましてっから長期戦になると持たないだろうね……」
「そ、そんな……が、頑張れ!!! 頑張れェエエ! 圭二先輩ィイ!!!!」
圭二のことをよく知る結蘭だからこそ圭二の器用さが仇となると分かっているのだ。圭二は必要以上に気を張り巡らせて精神を擦り減らしている。
そして結蘭の言葉を聞き慌てて応援する十真だった。
十真に釣られて玲奈、王人、遥、亜蘭アランも大声を出しながら応援する。
「先輩ィイ! ファイトー!!!」
「頑張れー!! 親野先輩イィイ!!!」
そんな仲間たちの声が耳に届き、圭二は力を振り絞る。
1回1回の宣言で全ての力を出し尽くすぐらい全力で、全神経を使い、最大限の力で宣言をする。
「いっせーのでェエエ!! 『ゼロォオオオ』」
圭二の渾身の叫びが体育館に響き渡った。その声は地響きになって轟く。それほど強力な気を放っている。
もちろん宣言した圭二は親指を立たせてはいない。蒼のフォックススタイルにも騙されていない。
対する蒼は額に汗を浮かべ息を切らしながら親指を立たせていた。宣言が外れゲームが続行する。
「お互いギリギリのバトルだ……」
「す、すごいよ……」
激戦を繰り広げる圭二と蒼の迫力に1歩後ろに下がってしまった王人と遥。
しかし、最後まで見届けようと下がった1歩よりも大きく1歩前に足を踏んだ。
蒼の額に浮かんでいた汗が顔の線をなぞるかのように顎まで滴りその勢いのまま体育館の床に落ちた。
3戦連続でスタイルを使い続けている天空寺蒼も限界が近い。
むしろよくここまで戦えているものだ。さすが五本指クラスの強者といえるだろう。
そんな蒼はピストルのように構えたフォックススタイルの指先を対面にいる圭二に狙いを定めるかのように突き出した。
胸あたりで構えていた腕を真っ直ぐに伸ばしているのだ。
「あ~ここで決めるよって合図だ、先輩ついに本気出しちゃうね~」
「兄さんの本気。見れる」
蒼の構えの変化を見て蒼をよく知る狐山高校の茶髪センター分けの爽やか系イケメンの真田達也と蒼の弟の天空寺紅が期待に胸を弾ませ、その瞬間を逃さないようにと体を前のめりにした。
この天空寺蒼の腕を真っ直ぐに伸ばすフォックススタイルは蒼の本気の証。
そして、ここで決めるという野球でいう『ホームラン宣言』のようだ。
蒼に狙いを定められた圭二は蒼の変化に気付く。構えが変わった見た目の変化ではなく、蒼から溢れ出る強者の気だ。
オーラの量が一気に膨れ上がり本当にこれで決まってしまうのではないかと思ってしまうくらいだ。
「俺はずっと本気だったのにな……」
「いいや、俺もずっと本気だったよ。でも、もっと本気を出したくなっちゃっただけ」
「そりゃ嬉しいね……」
「じゃあそろそろフィナーレといこうかァア!!」
負ける未来が見えてしまった圭二は、嫌なビジョンを断ち切るために口を開いたのだった。
それに蒼は応えていよいよ蒼の宣言が始まる。
「いっせーので!! 『◎△$×¥』!!」
蒼の宣言の言葉は本人と審判以外にはしっかりと聞き取れなかった。
否、聞き取っていたが聞いた言葉が頭の中で変換され何を言ったのかわからなくしたのだ。
これはフォックススタイルの能力が起こした現象で本気を出した蒼の力だ。
宣言した数字がわからず、どんな結果になったのか、その答えを知る審判を全員が静かに注目した。
圭二のターンに移行するのか? 蒼の勝利で終わってしまうのか?
審判を務めている白田先生と狐山高校の黒田先生が同時に手のひらを同じ方向に差した。
手のひらを差された人物は、兎島高校指スマ部キャプテンの親野圭二だった。
つまり勝利宣言した天空寺蒼の宣言を外させ破ったのだった。
「せんぱァアアアいィイ!!!!」
「うぉおおおおお!!!」
体育館が再び今日一番の歓声に包まれた。
誰もが負けるだろうと思われていたターンで負けずに耐え凌いだのだ。
それも基本的な構えの『スタンダードスタイル』で。
敵味方関係なく称賛の声が響き渡る。
しかしその称賛の声は圭二の耳には届いていなかった。
圭二はそのままぐったりと前によろめき倒れかけた。
先に限界が来てしまったのは圭二の方だったのだ。
すぐさま一番近くにいた白田先生が受け止める。
そして観戦していた勇が圭二を受け止めるために前に出た。
「圭二ぃいい!! しっかりしろー!! 大丈夫かー!」
「気を失ってる、この状態じゃ起きるのは困難だ。よく頑張った」
白田が圭二をゆっくりと体育館の床に寝かせて状態を確認したが戦えそうにないと判断した。
十真と王人と遥は少し反応が遅れたが、圭二の元に急いで駆けつけた。
結蘭は玲奈と亜蘭に肩を貸してもらいながらゆっくりと歩いている。
結蘭は気絶している圭二の前に座り、額に浮かぶ汗を自分のタオルで拭き取りながら口を開いた。
「圭二、お疲れ、カッコよかったぞ」
汗を拭き取り終わったタイミングを見て顧問の白田は勇と王人に向かって指示をする。
「勇、王人、圭二を保健室に連れて行ってくれ」
「「はいっ!!」」
白田はこの後、戦いがない、がたいの良い二人に圭二を保健室に運ぶように指示した。
筋肉男の勇が圭二を背負った。背負わされている圭二の背中に手を添え支えながら王人もついて行った。
途中で倒れてしまった場合、全国大会などの公式試合の場合は敗北となるが、練習試合では両者引き分けで終わる。
蒼のターンで決着が付いていなかったためこの試合は引き分けとなった。
負けを選ぶか、気を失ってでも引き分けにするか、男ならどちらを選ぶだろうか?
誰しも負けたくはない。勝ちたい。でも勝つことができないなら引き分けを選ぶだろう。
圭二は蒼の攻撃に耐え、そして抗い勝利を掴もうとしたが限界が先に来てしまったのだ。
基本的な構えだけでここまで戦った圭二に敵味方関係なく称賛の声が止まなかった。
そして激戦を繰り広げた五本指クラスの強者は顧問の黒田に声をかけた。
「先生、俺も親野のところに」
「あぁ行って来い。お前も一緒に休ませてもらえ」
黒田は片手に力が入らずぶら下がっているだけの蒼の腕を見ながら応えた。
圭二だけでなく蒼も限界が近かったのだ。最後に宣言したとき、すでに腕は使い物にならなくなっていた。
もし圭二が耐えていたら片手を構えられずに蒼が負けていたのだ。
ほんの少しの差で勝敗が決まるのが指スマだ。
蒼は保健室に向かう前に今から戦う二人に声をかけた。
「紅、サナタツ、絶対に成長できる試合になるはずだ。しっかりやれよ。あと俺がいない間は狐山をよろしく頼む」
「了解で~す」
「はい。兄さん」
蒼はそのまま重たい足を運びながら圭二を追いかけて体育館を出て行った。
その後ろ姿を見送ってから真田はフーっと息を吐き対戦を約束していた金髪モヒカンヘアーの男の顔を見る。
「すんごい戦いの後でやりづらいんだけど、この余韻が消えないうちにやろうよ、トサ……花澤亜蘭くん」
一瞬、トサカくんと癖で呼びそうになったがこの場に相応しくないと思いフルネームで訂正をした。
そんな真田の言葉に対して亜蘭の返事は、
「あぁ、オレも同じこと考えてたぜェ、真田達也ァ」
お互い自分の先輩が立っていた位置の上に正確に立った。これは激闘を繰り広げた先輩に対する敬意を表している。
金髪モヒカンのヤンキーは眉間にシワを寄せて首から前を必要以上に突き出し相手を睨んでいる。
睨まれている茶髪センター分けの爽やか系イケメンは前髪を優雅にかき分けて笑いながら睨み返す。
「ぶっ潰してやんよォ、変態野郎ゥ」
「倒させてもらうよ~トサカくん」
両者自分のペースを戻し相手を小馬鹿にした。
2年生同士の指スマバトルが始まろうとしていた。
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