無敵要塞
昼休憩が終わり、いよいよ練習試合のメインとなる『スタイルありの実践』が始まろうとしていた。
審判は両校の顧問の先生が担当する。
保健室から戻ってきた白田先生はなぜか悲しげな表情だった。右腕は完治したらしいがあまり動かなさいようにとのこと。
そして午後の練習ではスタイルを使えない選手は観戦がメインとなるだろう。スタイルを使える選手も気になる試合があれば手を休め観戦するようにする。スタイル同士のバトルはそれだけ勉強になるのだ。
そんな勉強になる試合が早速始まろうとしていた。
「まずは俺からやるよ」
勇が胸筋を見せ威嚇しながら狐山高校のキャプテンの前に立った。
筋肉男を前にして、太陽の光の反射で青く光る髪をした高身長の男、天空寺蒼は「よろしく。岩井」と応えた。
「勇先輩のちゃんとした戦いは初めて見る……どんな戦いになるんだ……」
「俺様まで緊張してきたぜ……」
緊張感を走らすのは1年の十真と王人だ。
勇の構え『ブロックスタイル』のことは一度だけ聞かされたことがあり構えも見たことはある。だが、実際に戦っているところは見たことがない。
あの強靭な筋肉から織り成す指スマはどんなものになるのか気になるポイントだ。
「勇のスタイルは相当強いだが、蒼との相性は悪い」
キャプテンの圭二が十真と王人の間に入り肩に手を置きながら話した。
確かに狐山高校の天空寺蒼は相当な実力者だ。しかし圭二が言うには相性が悪いとのこと。
スタイルにも様々な異能があるが十真たち1年はまだ詳しくわかっていない。ましてや兎島高校の部員のスタイルしか知らないのだ。
だからこの練習試合は十真たちにとって今後の指スマ人生を左右するほどの大事な日になるのだった。
「あっ、始めていいぞ~危ないって思ったら止めるからな~」
と、白田先生はいつもの調子に戻っていた。あくびを我慢して唇を噛みなが言っていたのも先生らしい。
「うちの天空寺に勝てるかな? 白田くん?」
「あぁ? うちが勝つに決まってんだろっ!!」
眠そうな顔をしていた白田に向かって狐山高校の黒田顧問が挑発を仕掛けた。その挑発に耳をピクピクと動かしいつの間にか眠そうだった顔からやる気に満ち溢れた顔へ早変わりしていた。
「勇、いいな落ち着いてやるんだぞ、その筋肉を増分に使えぇ!! 今までの練習を思い出すんだっ! 負けるなよっ! お前なら勝てる!!!」
顧問らしく生徒を応援する白田。今から戦う勇よりも燃えている。
そんな白田に上腕二頭筋の筋肉に力を入れて勇は応えた。
「それじゃまずはお互い挨拶、そして握手から。その後ジャンケンを行い先行を決めて試合を開始してください」
狐山高校の黒田顧問が勇と蒼の前にたち審判のように口上を述べた。
ジャンケンの結果、勇が先行になった。
岩井勇と天空寺蒼のスタイルありの指スマバトルが始まる。
早速両者自分の構えを取った。これがスタイルだ。
勇は『ブロックスタイル』だ。通常の構えからさらに拳を胸に寄せて身を固くしたような体制になる。
強靭な勇の筋肉と合わせてその姿はまさに岩石そのものだ。
普段の勇のマッチョポーズと比べれば地味だがその分、迫力はデカい。
実際の岩石よりも強固に思えるほど勇の体は出来上がっていた。
そんな勇に対して蒼の構えは特殊だった。
両手を握り人差し指と中指を立たせている。その構えはまさにピストルのようだった。
小学生の頃、銃撃戦ごっこをしていた時に自然とこの構になっていたと誰しもが思うだろう。
ピストルの構え以外だと相手のお尻にカンチョーをするときの構えにも見える。
(ピストルか……カンチョーか……どっちだ?こんなかっこいい人がカンチョーな訳がない。ピストルが似合う!絶対ピストルだ!)
そんな風に十真は一人で考えていたがすぐにその答えが耳に入ってきた。
「あの構えは『フォックススタイル』だ」
「フォックス、って、キツネ??」
「そうだ」
圭二が蒼の構え『フォックススタイル』について語り出した。
「あれはキツネの長く尖った口を表している。能力は相手を騙す能力だ。まぁ見てればわかる」
「相手を騙す能力……」
十真と王人は戦いをその目に焼き付けようと静かに観戦を行う。何が起きるのか未知だ。一瞬でも目が離せない。
そして「いくぞ」という勇の大きな掛け声とともに試合が開始された。
「いっせーので!! 『1』」
先行の勇は1を宣言したが本人の親指は2本立っていた。もうすでに蒼の術中に嵌っているのだ。
「どういうことですか?いきなり宣言を間違えるなんて……もう騙されてるってことですか?」
「あぁそうだ。宣言し、口に出した数字と頭の中で考えていた数字と親指をどうするか全て思い通りに行かなくなる。これが天空寺蒼の『フォックススタイル』、騙しだ」
「そんな……じゃあわけわからなくなるじゃないですか……」
まだ1ターン目だというのに蒼のフォックススタイルに驚愕する十真。長い前髪で隠れた目を見開き額に汗をかく。
フォックススタイルは相手が『1』を宣言しようと思っても『4』と、違う数字を宣言させてしまう。
そして考えていた数字も『1』だったのに『2』を考えていたという錯覚を味合わせ混乱させるのだ。
さらに親指も立たせようとしたのに立っていなく、それすらも正しいと思わせてしまう。
まさに圭二が言った騙しだ。
自分で自分を騙す恐ろしい能力なのだ。
そして、勇の宣言が外れ蒼のターンに移行する。
「流石に相性が悪い、だが俺には筋肉がある」
勇は構えにさらに力を入れて守りを固める。同時に全身の筋肉が膨張し一回り大きく見える。
「すごいね。でもやっぱり俺のスタイルは超えられないよ」
勇の姿に圧倒されながらも余裕の表情で言葉を返し宣言を始める。
「いっせーので!! 『1』」
宣言した蒼の親指は1本立っている。対する勇の親指も1本だ。
「やっぱりそのブロックスタイルって他人の能力を親指に受けないようにしてるんだね」
「そうだ。それだけは絶対誰も崩せない。鉄壁だ」
勇のブロックスタイルは相手の能力の効果を親指だけは一切受けない。
親指を痺れさせる玲奈のバタフライスタイルも無効されるのだ。
そして蒼のフォックススタイルの親指への干渉を防ぐことができる。
ただ、親指だけは……
「親指だけはちゃんと正常に機能してても脳が混乱状態に陥ればいつかは崩れる。親指だけの鉄壁じゃ俺のフォックススタイルは崩せないね」
「わかってる。わかってるから筋肉がある」
胸筋をピクピクとアピールしながら勇のターンが訪れた。
(守りのターンは親指は言うことを聞いているから大丈夫だ。出している親指が違くてもそれは脳が騙されているだけで正しいのはブロックスタイルで守られている親指だ。しかし、攻めのターンでは発言も思考も全てが狂わされている。それなら脳で考えるのではなく筋肉で考えればいい……全て筋肉が解決する)
勇はそんな思考をし集中力を高めた。そして頭の中を真っ白にして筋肉からの指示を待つ。
勇はこの日のために、筋肉から脳に直接、電気信号を送り、筋肉が指示した数字を発言するように鍛えていたのだった。勇だからこそできる筋肉とブロックスタイルを両方合わせた無敵要塞が完成するのだ。
なので脳も発言も親指を騙されることがなく戦える。
「いっせーので!! 『1』」
これは勇の声ではない。勇の筋肉の声だ。と、言っても実際、筋肉に声帯がないので声は出せない。己自身を筋肉に操らせ発言したのだ。
そして親指はしっかりと1本立っていた。
出鱈目のように思えるが本当に筋肉だけで解決させようとしている。
対する蒼の親指は2本立っている。
勇の……否、筋肉の宣言は外れてしまったがしっかりと筋肉を扱えていた。
「完全に俺のフォックススタイルを研究していたってことだね。でも筋肉とスタイル両方維持するのって……一体どれくらい持つのかな?」
「………」
「そうか今は筋肉か……いいでしょう。俺のターンだ」
蒼に対して無言の勇は何も考えていない。少しでも集中を切らしてしまうと筋肉との電気信号が途切れてしまい蒼の術中に嵌ってしまうからだ。
逆を言えば相当な集中力を必要とするこの行為。蒼が言った通り維持するのも時間の問題となる。
このまま天空寺蒼のターンになる。
「いっせーので!! 『0』」
0を宣言した蒼のピストルのように構えた手の親指は立っていない。
対する勇の親指は2本立っていて蒼の宣言を防いだ。
そんな様子を見て十真は驚きを隠せないでいた。
「勇先輩すごい……まさか筋肉にと意識を交換させるなんて……」
「せんぱ……師匠はいつもこれの練習してた……」
「え? 師匠!?」
十真の前で勇の試合を見ていた低身長の美少年の遥は、思わず勇を師匠と呼びたくなってしまっていた。
その目は憧れの存在を見るように目をキラキラ輝かせている。
遥にとっての1番の憧れは十真だが、いつも面倒を見てくれてしっかり指導してくれる勇の憧れの人物の一人だ。
師匠と呼んだ遥の2年後が筋肉マッチョになっていないか十真は心配した。
「………」
筋肉を巧みに操る筋肉男の勇のターンが訪れたが一切動きがなかった。
これは電気信号と言っていたものを待っているだけだと思われていたが違かった。
すぐに違和感の正体が対戦相手の天空寺蒼の口から明かされる。
「筋肉も俺のフォックススタイルの術中に嵌ったみたいだよ。筋肉にかけるのは初めてで不安だったけど筋肉にもかかることが知れて良かったよ。成長できた良い試合だ」
天空寺蒼は勇との戦いで成長していた。フォックススタイルを攻略するために脳ではなく筋肉で行動していた勇だったがその戦略すらも破られてしまったのだ。
脳、発言、親指、そして筋肉までも騙せるようにフォックススタイルは進化を遂げた。
このまま勇の宣言がなければタイムアップとなり天空寺蒼の勝利が確定する。
筋肉に全てを任せた勇は筋肉が術中に嵌ってしまったことにすら気付いていない。
脳や親指は術中に嵌ってしまったら思い通りにいかなくなるだけで行動はできるが筋肉の場合は違うらしい。
脳に電気信号を送り行動する勇の筋肉は術中に嵌ったことにより電気信号を送れなくなっていた。今後、天空寺蒼のフォックススタイルが強化されていけばこのまま筋肉の電気信号を騙した形で送ることが可能だっただろう。
それができないので電気信号が送られず勇は黙ったままなのだ。
「勇先輩!!! 起きてくださいー!!!」
「師匠ー!!!!!」
「勇ー! 起きろー!! まだだ! まだいけるぞー!!!」
兎島高校の指スマ部の仲間達が勇に声をかけるが反応はない。
「このままではタイムアップになるぞ……」
「先輩っ!!! 起きてください!!」
「勇ゥウウ!!!! 筋肉ゥウウウ!!!!」
何度も何度も声をかけるが反応はなかった。
それほど筋肉に全てを託したということになる。
腕時計で時間を確認する白田と黒田はそれぞれ顔を見合わせて頷いた。
それはタイムアップを知らせる合図だ。
「タイムアップ! 勝者、狐山高校、天空寺蒼!」
白田が手のひらで蒼を差し勝者を発表した。
わずか2巡。あっという間に試合が終わってしまった。
スタイルありの真剣バトルではこういうこと事もざらにあるらしい。
勝利が決まり狐山高校の指スマ部からは大歓声が降り注いだ。
そして試合が終わり構えを解くと勇の意識も戻った。
構えを解いたことによってフォックススタイルの術中も解除されたのだ。
そして試合が終わったことに気付いた筋肉が電気信号を勇の脳に送り終わりを伝えたということになる。
「俺の戦略を超えてきたか……さすがだな……」
「いやいや、驚いたよ、筋肉でどうにかしようなんてさ。俺じゃなきゃ負けてた」
「また鍛え直すぜ」
2巡だけの短い時間だったが激闘を繰り広げた二人はかたい握手を交わす。
その二人に盛大な拍手がおくられた。
拍手に応えるために上腕二頭筋に力を入れてダブルバイセップスポーズをとったが、筋肉はどこか寂しげに膨らんでいた。
岩井勇 対 天空寺蒼 タイムアップにて天空寺蒼の勝利。
筋肉とブロックスタイルの無敵要塞をいとも容易く崩したキツネの勝利で終わったのだった。
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