到着、狐山高校
「整列! お願いします!」
「「「お願いします!!」」」
キャプテンの圭二の号令とともに指スマ部の部員たちは元気よく挨拶をした。
そう、ここは狐山高校の体育館の入り口だ。
2時間シャトルバスに揺られ練習試合の会場、狐山高校体育館についたのだった。
「狐山高校指スマ部顧問の黒田です。いやいや~茨城から遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。
「こちらこそわざわざ体育館を準備していただきありがとうございます。
両校の指スマ部の顧問同士が握手をし優しい声量で挨拶をしているが語尾と態度がおかしい。お互い口角を上げて笑っているが瞳の奥は全くと言っていいほど笑っていなかった。
狐山高校の先生は握手していない方の片手をポケットに突っ込んだままだった。
白田先生に至っては鼻をほじっている。
何とも小学生のガキ大将のようなやりとりをしている。
その光景を見て吐き気が治まった十真はキャプテンの圭二に耳打ちする。
「あれ、何なんですか? 何で険悪ムードなんですか? 先生同士って仲が悪いんですか?」
「先生の学生時代の時のライバルだったらしいぞ……その時の関係がまだ抜けきれてないんだろう」
37歳である白田一輝の学生時代のライバルが狐山高校指スマ部の顧問の黒田だった。名前も白と黒で宿命のライバルという感じがする。
しかしライバルというものが何なのか疑問に思った十真は再びキャプテンに耳打ちをした。
「ライバルって何のライバルですか?」
「これも言ってなかったな……白田先生は学生時代指スマ部だったんだ。それで黒田先生とはその時の指スマのライバルだったんだよ」
「まじですか、初耳です……ということは先生も『スタイル』を使えるってことですよね?」
「学生時代は『スタイル』を会得できなかったらしい。でも今は使えるらしいんだが見たことはないし、どんな『スタイル』かも教えてくれなくてな」
「そうなんですね……先生の『スタイル』気になる……」
白田と黒田は学生時代の指スマ部のライバル同士。約20年前、白田は兎島高校で黒田は狐山高校の指スマ部だった。去年、白田が兎島高校の指スマ部の顧問になって再びこのライバル関係に火がついてしまったのだった。
「去年で辞めると思ったんだがな~辞めてなかったんだね、いい根性してるね~白田くん」
「いやいや、1年で辞めないでしょ、普通。それとそのサングラスダサいから外した方がいいぞ、あっこれ親切心ね、黒田くん」
体育館にすら入っていないのに生徒以上のバチバチと火花を散らす顧問の二人。
そんな二人を横切り「失礼しまーす」と体育館の中に入っていく兎島高校の指スマ部たちだった。
体育館に入った瞬間に歓迎の声が飛んできた。
「結蘭さ~ん!! それに遥ちゃんも!! 待ってたよ~」
その歓迎は特定の人物に向けられたものだった。
声をかけて来たのは爽やか系イケメンの真田達也だ。茶髪のセンター分けで優雅に前髪をかき分けながら近付いてくる。そんな真田から守るかのように2人、否、3人前に出た。
「昨日ぶりですね先輩、叩きのめしに来ましたよ」
「おいこら! やっぱり私は入らないんだな! こら!」
体育館に入ってすぐ再び争いが勃発した。
先に声をあげたのは王子様系イケメンの王人と元気な美少女の玲奈だ。昨日からバチバチの2人が前に出て鋭い眼光で睨んでいる。そしてもう一人前に出た人物が口を開く。
「よォ、全国大会ぶりだなァ変態野郎……オメェ、うちの可愛い可愛い1年にも手出そうとしてるみてェじゃねえか?」
「トサカくんもビビらずよく来れたね~それともまた僕に挑戦して負けに来てくれたのかな??」
「おう、言ってくれるじゃねェか??」
ジャージのポケットに両手を突っ込んで腰を低くし前のめりになって睨む亜蘭。その姿はまるでヤンキーだ。
そんな亜蘭の態度にも動じず前髪を軽くかき分けて華やかに応じる真田。その瞳は目の前のヤンキーを無視して美少年を見つめ続けていた。
「約束は覚えてるだろうね。僕と遥ちゃんとのツーショット。でもモテモテの僕でも3人相手するのは流石にキツいからさ、1人だけ僕に負けたい人が挑戦してね~、始まるまでに決めといてよ~、でもトサカくんじゃなかったら逃げたってことになるね~どの道、トサカくんは負ける運命ってことだねっ」
背中を向けて手の甲で手を振りながら準備運動をしているチームメイトのところに戻っていく真田。
その後ろ姿を睨みながら亜蘭、王人、玲奈の3人は苛立っていた。
「チッ」
亜蘭の舌打ちだ。
「亜蘭先輩……」
「あぁ、どうすんだ? 誰があの変態野郎の相手すんだ? オメェらもボッコボコにしてェんだろ??」
この3人の中でも自分が一番戦いたいはずなのに王人と玲奈の事を考えて1人話し合いで決めようと冷静な亜蘭だった。しかし強く握り締めた拳は血管を浮かび上がらせ今にも破壊の拳に変わりそうな勢いだった。
「俺様は亜蘭先輩に譲ります。俺様の手で倒したいのは山々なんですが、あいつは俺様のことも吉澤のことも一切眼中にないって感じでした。それに俺様よりも先輩の方が強いのは重々承知です。だから先輩がボコボコにしてください」
一悶着あるかと思われていた横暴で強欲な王人でもこの数日の部活動で変化はあった。それは自分の実力を認めることだった。王人は運動神経抜群でどんなスポーツも巧みにこなすことができた。だが指スマだけは違かった。実戦練習での勝率は負けの方が高い。
しかも基本的な構え同士の戦いだ。まだ『スタイル』を会得していない王人は本気の対戦をさせてもらえないのだ。それなのにこの勝率の悪さでは勝てないと自分自身どこかで思ってしまっている。だから自分よりも確実に強い亜蘭に勝負を託すのだ。
「オメェ……いいのか?」
「はい。吉澤もいいよな?」
「もちろんよ、さっきの先輩との絡み見てたら先輩がボコボコにした方が私もスッキリしそうって思った」
満場一致の多数決によって金髪モヒカンヤンキーの亜蘭が茶髪センター分け爽やか系イケメンの真田と真剣勝負することに決まった。
「なんか、ありがとうよ……戦うってなったらぜってェ負けねェからな。あいつがやられる瞬間を目に焼き付けやがれやァ、ギッタンギッタンのボッコボコだぜェ」
「「はい」」
王人と玲奈の二人から託された亜蘭は握り締めていた拳を天高く突き上げた。
その様子を見て先に準備していたキャプテンは「こっちこっち早くこい」と手招きをしている。
3人は急いでキャプテンたちがいる兎島高校の陣地へ足を走らせた。
そこでは白田先生と黒田先生が決めた1日の流れをキャプテンが丁寧に話した。
狐山高校との練習試合のスケジュールはこうだ。
9時から準備運動を行い午前中は『スタイル』なしの実戦練習。
『スタイル』を使うのは禁止だ。
12時から昼食と休憩で13時30分に午後の部がスタートする。
午後の部では『スタイル』ありの真剣勝負で『スタイル』を持たない選手は見学となる。
ただし『スタイル』を持っていなくてもお互いの了承があれば試合をすることができる。
その場合、危険だと先生が判断し中断することもある。
「ま、要するに午前中は対戦相手を見つけて好きに戦えってことだ。せっかくだからいろんな選手に自分から声をかけて戦うように。しっかりと失礼の内容にな」
キャプテンが説明を終えたのと同時に準備運動も終わった。
準備運動が終わるタイミングを見計らっていたのだろうか狐山高校から二人の人物がこちらに歩いて来ている。
「兎島の皆さん。今日はよろしくお願いします。狐山のキャプテンの天空寺蒼です。先ほどはうちのサナタツ……んっん、後輩が失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。叱っておいたので許しください」
丁寧に挨拶をして来たのは狐山高校のキャプテン。3年の天空寺蒼だった。
高身長。髪は反射で青っぽく光っているのが特徴的だ。
彼は去年の優勝者と対等に戦うほどの実力者だ。礼儀正しく底知れぬオーラが漂っている。
「あぁ久しぶりだな天空寺。今日はよろしく頼む。こっちも刺激になったからあんまり後輩を怒らないでやってくれ」
こちらもキャプテンの圭二が挨拶を交わした。
圭二は天空寺のそのさらに奥で頭を抑えて転がり回っている真田を見てかわいそう気の毒だとそう思ったのだった。
「ありがとう親野。あと挨拶のついでに紹介したくて、ほら挨拶しな」
「はじめまして。弟の
背中を押されて挨拶したのは弟の天空寺紅だった。
顔立ちは似ているが身長はそこまで高くない。そして何より髪色が赤っぽく反射している。
「紅、どうだ? 戦いたい相手はいるか?」
「兄さん、俺、あの人と戦いたい、この中で異質なオーラ」
紅はスーッと真っ直ぐに人差し指を差した。その指の先にいたのは前髪が目元まで隠れて今まで大人しく準備運動をしていた指原十真だった。
「へ?」
と、気の抜けた声が飛び出し、差された指に驚き、目が点になる。
そんな十真に向かって興味津々に飛び込んで同じ目線の高さに合わせて口を開いた。
「君、1年生? スタイルは何?」
「わわわわ……スタイルはまだ……い、1年だよ……」
「あれ? スタイルまだなの? おかしいな。俺が外すの珍しいな、本当にスタイル使えないの? じゃあこのオーラは何?」
再度聞き直す紅の目は十真を吸い込みそうなほど深く黒かった。漆黒だ。本当に飲み込まれてしまうと十真は思い恐怖に包まれて言葉が出てこなかった。
「う~ん、沈黙ね、ま、いいや、午後になったら戦おうね、えーっと……君、名前は??」
「さ、指原十真……」
「十真ね。午後楽しみにしてるね」
笑顔でぴょんと飛び跳ねて兄の元へと戻った。
蒼は紅が戻って来て再び兎島高校の部員全員に向き合ってから口を開いた。
「じゃあ今日1日よろしくお願いします。あとで親野も岩井も花澤も指スマやろうね。俺たち3年は悔いが残らないように楽しもうね」
「おう。本気で戦おう。そして楽しもう」
「アタシも楽しみにしてるぞ~」
笑顔でサムズアップする蒼に向かって圭二と結蘭も同じように笑顔でサムズアップを返した。
もう一人の3年生の勇はサムズアップではなくサイドチェストで筋肉を見せつけたのだった。
「十真オメェ早速、狐につままれたな、ガッハッッハッッハッハ」
「何うまいこと言ってんですかっ!! あの人の目、めちゃくちゃ怖かったですよ、ずっと黙ってたのに、なんでこうも僕は絡まれるんだ……オーラってなんなんだよ……」
涙目になりながら自分の絡まれやすい体質を恨んだ。そんな十真を後ろから玲奈がいきなり抱きしめた。否、飛びついたが正しい。
「えぇえ、玲奈……ちょっとどうしたの??」
「怯えてるなって思ってついつい飛び込んじゃった。それにすぐに飛び込まないと遥くんが背中をさするでしょ。そういうのは私がやるのに……」
ぷくっと頬を膨らませ、その膨らませた頬を十真の背中に軽く置いた玲奈。この体制が落ち着いたらしく離れようとしなかった。
「えーっと……は、恥ずかしいからさ、そのーありがとう、なんか怖くなくなったよ……だから離れてー」
「本当に? 本当に恐怖消えた? 離れて欲しいから言ってるんじゃなくて?」
「違う、違うよー」
「ふ~ん、始まるまでもう少しだけこのままにさせてー」
玲奈は十真から離れようとしなかった。空元気に答えてるとすぐにわかったからだ。なぜなら十真の体の震えは治ったが親指だけは震えていたのだった。
指スマというスポーツにおいて心のコンディションが何よりも大事なのだ。スタイルによっては相手の精神から崩してくることだってある。もしかしたら十真はすでに天空寺紅のスタイルの能力の影響を受けてるのかも知れない。だから玲奈は十真にかかったかも知れない呪いを解こうとしているのだった。
しかし十真の親指の震えは止まることなく残酷にも時間は来てしまうのだった。
いよいよ午前の部『スタイルなしの実戦練習』が始まる。
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