王人VS玲奈VS真田

「えーお互い怪我のないように正々堂々と戦うように。それと学べるものは学んで自分に足りないものを伸ばし成長できるように努力するように。くれぐれも午前中はスタイルなしだ。いいな?それでは12時まで試合開始っ!」


 兎島高校指スマ部顧問の白田先生が腕を縦に全力で振って試合開始の合図をした。いきなり振った腕をつったのか脱臼したのか痛そうな顔をして肩を抑えている。怪我をしないようにと言ったそばからこれじゃ元も子もない。でもその姿は先生らしさもあってそれはそれで良い。

 白田先生は右肩を抑えたまま狐山高校の1年生とともにどこかに向かってしまった。おそらく保健室だ。


「何やってんだうちの先生はっ!!!」


 そんな風に大きな声で十真はツッコミを入れた。先生の間抜けな姿に少しは緊張は解れただろうが親指の震えはまだ止まっていなかった。


「まずは対戦相手を見つけないとな。俺様達1年はまずは1年とやってみるか……」


 十真を中心に1年生は固まっていた。皆、王人の言葉に頷き狐山高校の1年生と指スマ対決するために話しかけようと1歩前へ進もうとした。


 狐山高校の学年の見分け方は真っ赤な半袖ジャージの袖の部分の色だ。黄色、緑、白の3色に分かれていて黄色が3年、緑が2年、白が1年になっている。十真たちは学年の色を教えてもらってはいなかったが、先ほどの天空寺兄弟の挨拶と2年の真田を知っていたからこそ学年の色を見分けられたのだった。


「僕との対戦相手は決まったのかなー?」


 狐山高校の1年生に向かって足を進めていた1年組は、茶髪センター分けの爽やか系イケメンに声をかけられ足を止めた。


「亜蘭先輩があんたの相手だ。覚悟しとくんだな」


「亜蘭先輩がケチョンケチョンにするんだから」


 声をかけて来た男の顔を見て王子様系イケメンと美少女が噛み付いた。


「そうかそうか……またあのビビリのトサカくんが相手になるのか……君たちはそれでいいの??」


「どういうことですか??」


 真田が細くなり何かを企む顔に変貌した。その真田の言葉に対して王人は主旨がつかめないでいた。


「あんなに僕を倒したかったのに対戦できないのは悔しくないのかなって思ってさ? それで提案なんだけど、午前中は二人がかりで僕と対戦ってのはどうかな?3人で指スマ。午前中は問題ないからさ~」


 真田の提案は亜蘭に対戦権を譲った王人と玲奈の3人で指スマをやることだった。もちろん午前中のルールでは『スタイル』を使うのは許されていない。なので基本的な構えのみでの勝負となる。

 ただし3人での指スマは一見にして2対1の対戦だと思われるがそうではない。これは1対1対1の対戦になるのだ。なので有利に思える戦いだがチームメイト同士崩れ落ちていくこともある究極の心理戦へと1段難易度が上がるのだ。


「吉澤、お前はどうする? 俺は戦いたい」


「もちろんだ。ここでボコボコにされたからって午後の言い訳にするなよ」


 二人は真田の提案した3人での指スマの対戦を受けた。


「じゃ、僕たちは1年生を見つけてくるから、が、がんばってね……」


 3人の火花を散らしたバチバチ空気に耐えきれず十真と遥はそそくさと歩き出しその場を去った。

 遥は苦手な真田とは視線を合わせずに十真の後ろに隠れながら歩いた。

 もちろん遥は隠れているがバレバレなので遥に好意を寄せている真田が、


「遥ちゃんも頑張ってね~うちの1年になんかされたらすぐに僕に言うんだよ~」


(何かしてるのはお前だっ!!)


 と、十真は笑顔で遥に手を振る真田の言葉に心の中でツッコんだ。


「それじゃ、やろうか?」


 ゾゾゾゾっと一瞬にしてその場の空気が変わった。

 先ほどまでお調子者だった真田の雰囲気は一変、まるで獲物を見つけた狼、否、キツネのようだった。

 2羽のウサギは喉元までキツネの牙を突きつけられている感覚に陥った。


 しかしそんな恐怖を鼻で笑い飛ばすのが二人だ。


「一瞬ビビったが俺様には効かない。なんせ俺様の方が強いからな」


「そんなんで怯ませようとしたんですか~プップップ~体がかゆくなりましたよ~」


 軽口を飛ばし凍てつくような空気を戻したのは王人と玲奈の二人だ。

 その二人はそのまま指スマの構えをした。腰を深く落として足元をしっかりと固定する。その姿勢から「もう噛み付かせない」という意思が真田にも伝わった。


「気合が入りすぎで僕、ゾクゾクするよ。でもまずはジャンケンからだよ~勝った人から時計回りね」


 王人と玲奈は構えを少し崩し右手を前へ出しジャンケンの意思を表明した。そのままジャンケンの掛け声とともに手を繰り出す。

 王人と玲奈はそれぞれグーを出した。対して、真田はパーを出している。ジャンケンは真田の1発勝利だ。

 ジャンケンに勝利した真田から時計回りになる。真田、玲奈、王人の順番で指スマが始まる。


 3人の指スマの時は合計で親指は6本ある。自分の手は普段の指スマと変わらないが宣言する数字は0~6の7パターンに変わる。先に宣言を当てて両手を引っ込められたプレイヤーの勝利だ。


「勝ちたい気持ちが全面に出てる人ほどグーを出しやすいって本当なんだな~勉強になったよ~」


 真田は二人の前に出された拳を見てニヤリと笑った。確かに心理上、勝ちたい気持ちが強ければ強いほど拳に力が入ってしまいそのままグーを出してしまうことがある。まさに二人はその状態だった。それほど勝ちたいということだ。

 真田の挑発的な態度に動じず二人は構えを戻した。


「気持ちは強くても頭は冷静って感じだね~つまんねー、じゃあ始めるよ」


 全く動じない二人を見てセンター分けの前髪を優雅にかき分けてから真田も構え出した。

 そのまま3人での指スマ対決がはじまる。


「いっせーので!! 『5』」


 手始めに5を宣言した真田の親指は2本立っている。それに対して二人は親指を1本も立たせていない。


「まだ力んでいるのかな~? もう始まってるよ~? ルールわかってる~?」


 そんな煽りを真田が飛ばしたがそれでも冷静な二人だ。何かがおかしいと真田は思考するが何がおかしいのか見当がつかない。しかしあれほど煩かった二人が黙っているのは違和感でしかない。

 真田のターンが終わり時計回りで玲奈のターンに移行した。


「次は私ね。いっせーので!! 『3』」


 玲奈はふーっと息を吐いてから宣言し親指を1本立たせた。真田も同じく1本だったが王人は2本立たせている。

 結果的に4本の親指が立ったことになるので玲奈の宣言通りにはいかなかった。

 宣言を外した玲奈は騒ぎ立てることもなく静かに立たせた親指を戻した。

 しかし玲奈は眉間にシワを寄せて王人の親指を睨みつけていたのだった。


 玲奈のターンが終わり王人のターンになった。


「俺様の番だ。いっせーので!! 『4』」


 王人は自信満々に4を宣言し親指を2本立たせた。真田は1本親指を立たせていたが玲奈は親指を立たせてはいない。

 親指は合計3本なので宣言を外したこととなる。

 王人も同じく静かに親指を戻したが玲奈の腕を見下しているかのような視線を送っていた。


 王人と玲奈の態度に違和感を感じながらも2回目の真田のターンがやって来た。

 真田は一度センター分けの前髪をかき分けてから宣言をした。


「いっせーので!! 『2』」


 真田の宣言の後、3人を静寂が包み込んだ。誰も親指を立たせなかったのだ。ここは体育館で他の選手達も指スマをやっているがその時だけ3人は静寂に包まれたのだった。

 その静寂を玲奈のフーッと吐く息が解放した。

 肺に溜め込んでいた息を吐き終え玲奈の宣言が始まる。


「いっせーので!! 『3』」


 玲奈は親指を立たせなかったが王人と真田の親指はどちらも2本立っている。

 これにより玲奈の宣言は再び外れた。それでも騒ぎ立てることはなかったが唇を噛み瞳を曇らせ忍耐強く耐えているようにしか見えなかった。

 そのまま2回目の王人のターンが始まる。


「いっせーので!! 『5』」


 王人は大声で宣言し親指を2本立たせた。対戦相手の二人は親指を1本ずつだ。なので王人の宣言は外れた。そのまま舌打ちをして立てた親指を戻した。


「空気も居心地も悪い」と感じながらの真田ターンへとなった。

 いつの間にか真田もこの悪い空気に飲み込まれ無駄な言葉を発することが減っていた。発する言葉は掛け声と宣言のみ。ただそれだけで指スマは成立する。


「いっせーので!! 『2』」


 真田は声のトーンを落としながら2を宣言。声のトーンを落としたのはこの対戦が自分の思い描いていたものと違かったからだ。罵倒し罵倒され睨み合いながら指スマを楽しみ勝利を掴み、恨みを憎しみを増幅してやろうと思っていたのだ。

 沈んでいった心を現すかのように真田は親指を立たせなかった。そして意に沿わない対戦相手の親指を見てみると両者親指を1本ずつ立たせていた。

 つまり真田の宣言通り2本の親指が立っているのだ。これによって真田は片手を引っ込める。引っ込めた片手で軽く前髪をかき分けていたが優雅さななくどこか寂しげだった。


 しかし沈黙を続けていた二つの山は地面を揺らし溜め込んでいたマグマを一気に外に出そうとするかのように突如噴火、大噴火したのだった。


「なんで親指1本立たせたの!!」

「なんで親指もう1本立たせなかったんだ!!」


 どれは同時だった。静寂を保っていたのはこうなることを知っていたからだ。お互い同じ敵を定めているが協力することはできない。ましてや1対1対1のバトルにおいては味方のはずの相手も敵として当然なのだ。

 目の前のキツネよりも同じ目線同じ位置で走っているウサギの方が気に食わないのだった。


 ウサギは多頭飼いするのはあまり好ましくはない。縄張り意識が強いため自分の縄張りに入って来た別のウサギを襲ったりすることがある。ある程度しつければ問題はないのだがこの2羽、否、王人と玲奈はそのことに関してはしつけられていない。むしろ自我が強いもの同士反発し合いぶつかり合うのだ。

 目の前のキツネをほっといてウサギ同士、牙を向き合う。


「私の時もそうだった! あなたが親指を立たせなかったら私が先に引っ込められたのに! なんで私の邪魔するの? しかも2回ともそうだった!」


「は?? 邪魔なのはそっちだろ! 俺様はお前が親指を立たせていたら引っ込められてたんだぞ! 我慢してたんだがもう我慢できない! お前より先に上がってやるよ」


「いいわよ、スタイルなしでどっちが強いか思い知らせてあげる」


 お互い指スマの構えを崩さずに睨み合う。視線は真っ直ぐに敵対する相手の瞳を捉えている。黒眼とブルーサファイアの瞳の奥は火山のマグマが燃え滾っていた。


「「先に上がるのは」」


「私よっ」

「俺様だ」


 完全に忘れられている真田は調子を戻した二人を見て鼻で笑いながら優雅に茶髪の前髪をかき分けた。

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