誘導作戦

 十真と王人の指スマ対決が始まった。


「俺様からいくぞ!!! いっせーので『ニィイイ』」


 王人は勢いよく宣言し親指を1本立てていた。

 初手はどうしても親指を立てたくなるのが人の性さがだ。

 そこを突いてきた初手ということとなる。


(さぁてお前の手は??)


「なに!!!!」


 十真の手を見て驚く王人。

 十真は親指を1本も立たせてはいなかった。

 つまり王人の宣言通りにはならなかった。

 そして王人が人の性を利用した作戦も通用しなかったのだ。


「次は僕のターン。いっせーので『0』」


 十真は息を吐く様に滑らかに宣言した。

 宣言通りに親指は立てていない。

 対戦相手の王人の手を見ると親指が立っていなかった。


「く……くそ……」


 王人は悔しそうに歯を食いしばり自分の親指を見つめていた。


 十真の宣言通りになったので十真は片手を引っ込める事ができる。

 十真は左手を先に引っ込めた。


「良かった……左手がまた怪我したら結蘭先輩に遊ばれちゃうんで……」


 左手の親指を一度も立たせずに引っ込めたことに安堵する十真。

 十真の脳裏には結蘭の弄ぶ姿が容易にされてしまう。


「まぐれだ! それにもうお前は2択しか残ってない! 追いついてやるぜ!」


 王人が言った通り手が1本になった十真には親指を立たせるか立たせないかの2択しか残されていないのだ。


「いっせーので!! 『サァアアン』」


 王人は力を込めて宣言した。

 親指は2本とも立っている。

 十真の親指が立っていれば王人は片手を引っ込める事ができる。


 しかし十真の親指は立っていなかった。


「ふ……たまたまだろ……」


 微動だにしない十真の親指を見て怖気付く王人。

 石造の様に動かない親指を見て王人は考えた。

(俺様との対決中は親指を立てない気でいるんじゃないか? なめやがって……)


「じゃあ僕のターン、いっせーので! 『2』」


 十真はまた息を吐く様に軽く宣言した。

 そして親指はまた立たせていない。


 王人の親指は1本だけ立っていた。

(危なかった……でもこれでハッキリわかった。こいつは親指を立たせない……)


 ニヤリと口元が緩む王人を十真は見逃さなかった。



「いくぜー! いっせーので!! 『ニィイイ』」


 王人は自信満々に2を宣言。

(お前は親指を立てない)と考えた王人の親指はもちろん2本立っている。

 これで十真の親指が立っていなかったら王人は片手を引っ込められる。


 しかし十真の手を見て驚く。


「何で!何でだ!!!」


 十真の親指は立っていた。


「親指を立たせないんじゃなかったのか?」


(やられた……)と自分が誘導されていることに気が付いた王人。

 そして考える (次はどっちだ?)と。

 自分の思考が一気に崩れ考えがまとまらなくなる王人。


(どっちだ? 立たせるか?立たせないか? 今のはきっとまぐれだ……次も立たせないはずだ……だったらここを凌いで次の俺様のターンで片手を引っ込めて追いついてやる。俺様の考えは正しい。親指を立たせないはずだ……絶対にそうだ)


「これで終わりにしますよ」


「は??」

 十真の挑発に頭を真っ白にした王人


「いっせーので『2』」


 十真は親指を立たせていなかった。

 あとは王人が親指を2本立たせていれば十真の勝利となる。


 王人は額から汗を流し信じられないものを見る様な目で自分の親指を見ていた。

 手は震えて親指は2本立っていたのだ。



 よって十真と王人の指スマ対決は十真の勝利で幕を閉じた。


 地面に膝をつき倒れ込む王人。

「何でだ……何で……」


「王人くんのターンの時、僕は親指を立たせないと思ったでしょ……僕のターンになると王人くんは守りのターンになる。守りのターンは攻めのターンと逆の手を出しやすい。つまり相手が守りの時に立たせないなら自分は守りの時に立たせるって思っちゃうらしい。あとは挑発して頭を真っ白にさせれればこっちの勝ちです。この戦法は昨日の部活動見学の時にキャプテンから教えてもらったことなんだけどね」


「でも1回親指を立てたのは何でだ?」


「あれは想定外のことをして相手を混乱させてさっき言った戦法に誘導させやすくしただけ。これも昨日教えてもらった誘導作戦だよ」


「ッ……完敗だ……」



「「「「ウォオオオオオ」」」」」


「「「「スゲーーー」」」」


「「「「ヤバスギ」」」」


「「「「カッケーー」」」」


 指スマ対決が終わり静かだったギャラリーが騒ぎ始めた。

 それは指スマ対決に釘付けになっていた証拠だった。



「あはっははは……」

 十真は歓声に戸惑い愛想笑いしかできなかった。


「あの……王人くん……これで終わりだよね? もういいよね?」


「あぁ俺様の完敗だ……もうクラスに戻っていいぞ……」


「う、うん……なんか……その……ごめん……」


 一応、王人の背中に向かって謝罪の言葉をかけてから十真は教室へと向かった。

 自分の机の上にある入部届けに指スマ部と書くために。


 王人との指スマ対決で指スマ部に入ると気持ちを固めたのだった。


 教室に向かっている最中はウキウキ気分だった。

(指スマってすげー、イケメンに勝った! なんかめちゃくちゃ気分がいい!! 指スマって楽しいー!!!)

 ぎこちないスキップをし他の生徒から視線を集めているがそんなことは気にならないほど十真は浮かれていた。


 そして教室に戻ってきて入部届けに『1年A組 指原十真 指スマ部』と書いた。


「これ明日じゃなくても今日でもいいんだよな……とりあえず渡して帰ろう……」


 帰り支度をし入部届けの用紙を大事に持った。

 担任の先生に入部届けの用紙を渡すために職員室へ向かおうと教室を出ようとした時だった。


「あ、あの……ちょっと……いいですか?」と声がかかった。

(またか……この高校入ってからどんだけ声かけられるんだ俺は……)と思いながら十真は渋々、声のする方へ振り向いた。

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