美少女の復讐

 昨日の部活の疲れが残っている十真、王人、遥たち1年組は全身筋肉痛で学校に登校していた。


 授業が始まる前、同じクラスの十真と遥は教室の隅に集まりお互いの筋肉痛の傷を舐め合っていた。


「いててて……足がパンパンだよ……遥くんは大丈夫??」


「もうダメ……腕が上がらないよぉ……これじゃシャーペンも持てないよぉ」


 冗談で発言していないという事を枝のように細い遥の腕が証明している。

 その枝のように細い腕を見て十真は想像してしまった。


(勇先輩みたいに遥くんもマッチョになったら……)

 インパクトが強すぎる想像は筋肉の痛みとともに一瞬で消えていった。


 十真も遥もスポーツをやるようなタイプの人間ではない。

 なので人生初と言っていいほどの本格的な筋トレをして筋肉が悲鳴をあげていたのだった。

 これも3年の先輩、筋肉男の勇の指導が正確で筋肉に上手く負荷をかけられたということになる。


 そんな時だった。

 十真のクラスの閉まっていた扉が勢いよく思いっきり開いた。

『ズルルルッツゴーーーン』という豪快な音が教室に鳴り響いた。

 クラスメイトは驚き、そのまま音がした方へ振り向いた。

 十真と遥も同様に振り向いた。

 扉を開けたのは授業をしに来た先生ではなく同級生の少女が開けたものだった。

 制服のリボンの色で同級生だとわかったのだ。

 十真たち1年の学年カラーは『緑』だ。

 その少女は緑色のリボンをしている。


 少女はオレンジ色のショートヘアーでくりっとしたブルーサファイアのような瞳が輝きを放っていた。

 整った顔にぷるんと透き通った桃色の柔らかそうな唇。

 子猫のような体からは想像もできないほど大股を開き堂々と人差し指をある人物目掛けて真っ直ぐに指している。

 その人物に向かって少女は耳心地の良い声で叫んだ。

「指原十真くんっ!! 放課後体育館裏に来いっ!!!」


「ぇええええええ!!!」


 十真は兎島高校に入学してから3回目の体育館裏への呼び出しだ。

 1回目は金髪モヒカンヤンキー、2回目は王子様系イケメン。

 そして3回目は謎の美少女。


 その謎の美少女は「待ってるからねっ!」と頬を膨らまし怒った表情をしたがそれ逆に可愛い。

『ズズズッドゴン!!』と扉を開けた時以上の勢いで思いっきり扉を閉めた。

 その美少女はゲリラ豪雨のように姿を消した。

『嵐の後の静けさ』という言葉をよく耳にするが今まさにそれが起きている。

 シーーーンとクラスが静まりかえり十真に視線が集まっていた。


 静けさを断ち切ったのは小動物のような美少年の遥だった。

「十真くん……何かしたの?」

 心配そうに遥が十真の顔を見つめる。


『なんだったんだ?』『誰だったの?』『何したんだあいつ』『怒ってなかった?』

 遥が口を開いたあとに静けさはざわつきへと変わっていった。


「えーっと……心当たりは……ある……」

 十真は額から大量の汗を流し焦燥感に駆られながら言った。

 体育館裏に呼び出されていた時は必ずと言っていいほど心当たりがなかったのだが今回は違う。

 十真には心当たりがあった。


「タイムリーすぎるだろ……」

 ボソッと言った十真の声を遮るかのように授業が始まるチャイムがなった。


 キーンコーンカーンコーン


 担当の先生はまだ来ていない。

 チャイムが鳴り終わり5分後くらいに遅れて先生がやって来た。

 先ほどの謎の美少女並みに扉を勢いよく開ける先生。

『ズルルルッツゴーーーン』と豪快な音が教室に鳴り響く。

 そしてその先生は頭に寝癖を付けて片方だけシャツが飛び出しヘラヘラと笑い教室に入った。


「悪い悪いっ教室間違えたわ。うっかりしてた。ほら新学期じゃん? たまにやっちゃうんだよね。だーれも教えてくれないのよ。困っちゃうぜ全く」


 過ぎ去ったはずの嵐が別の嵐となって再び教室に襲いかかって来た。


 その嵐のような人物に十真と遥は見覚えがあった。

 白髪で髭を生やした30代後半くらいの男性。

 そう彼は……


「えーっと……1年の数学の担当になった白田一輝だ。生徒からは『白髪の白田』なんて呼ばれてる。まあ1年間よろしく頼むわ~」


 指スマ部の顧問『白田一輝』だった。

 十真と遥は白田の酔っ払っていない姿を見るのは初めてだったが『想像通り』否、『想像以上』だったと心の中で思った。


「おっ……このクラスは十真と……それに遥もいんのか。あっ……先生は指スマ部の顧問もしてっから入部よろしくっ! 指スマ部のことは十真と遥に聞いてくれっ!じゃあ授業始めっぞ~」


 サムズアップしながら胡散臭い笑顔を飛ばし授業が始まった。

 授業中は能天気な性格とは裏腹に一切ふざける事がなく淡々と授業を進めていたことにクラスの全員が驚いていた。


 キーンコーンカーンコーン

 無事に50分間 (5分遅刻したので45分間)の1限の数学の授業は終わった。

 この調子で順調に5限の授業までがあっという間に終わったのだった。


 十真は謎の美少女の呼び出しに応えるべく体育館裏に向かっていた。


「まさかだとは思うが……昨日の今日だし……絶対あの子だ……」

 十真は手に顎を乗せながら一人でぶつぶつと廊下を歩いていた。

 そして十真は三度目となる体育館裏に到着したのだった。


「ここに来るのは3回目……はぁ……」

 思わずため息を吐く十真。

 そんな十真の小さく丸まった情けない背中に向かって元気すぎる美少女の声が突き刺さった。


「ふっふっふ……よく来たなっ! 待っていたぞっ! 指原十真くんっ!」


「よく来たなって……そっちが僕を呼んだんじゃないか……それに待っていたのは僕の方だよ!!」


 謎の美少女は戦隊ヒーローのような決めポーズをとって十真の前に登場した。

 十真は呆れた顔で的確にツッコミを入れた。

 そして謎の美少女が名乗るのを待てずに口を開いた。


「えーっと……多分なんだけど……キミって夏祭りの子?」


 夏祭りの子とは、昨日の部活のクールダウン中に亜蘭との会話に出てきたあの夏祭りの少女のことだ。

『いっせーので大会』で十真と決勝戦で戦い敗北し大泣きしていたあの少女だ。


「わわわわ……私を覚えていたの!!! もしかして初恋の相手で忘れられないとか?? いやん照れる!!」


 謎の美少女は顔を赤くし、自らを抱き寄せてくねくねと動き出した。


「ちょっとちょっと……話を勝手に進めないでよ……覚えてたというか……昨日まで忘れてたんだけど……それでなんの用なの?夏祭りの時に復讐とかじゃなければ大歓迎なんだけど……」


「その通りよ……私はあの日のことを一度も忘れたことがないっ……『ウサウォーカー』の恨み今ここで晴らさせてもらう!」


『ウサウォーカー』とはウサギの形をした歩数計のことである。

 ウサギのキャラの育成機能やミニゲームなど様々なコンテンツがあり当時の若者に爆発的人気だった。

 その『ウサウォーカー』は夏祭りの『いっせーので大会』の優勝賞品だったのだ。

 十真に負けたことによって優勝賞品の『ウサウォーカー』を手にする事ができなかった美少女の復讐劇が始まろうとしていた。


「あの時と同じ指スマで勝負よ! 指原十真くん!! 覚悟しなさい!!」


「僕だって『ウサウォーカー』欲しかったんだ!恨まれる筋合いはない!!」


 十真と美少女は指スマの構えを同時にした。

 美少女の指スマの構えを見て十真は驚愕した。

 身の危険を感じ全身の鳥肌が一気に逆立つ。


「私の名前は吉澤玲奈よしざわれいな! この構えは『バタフライスタイル』よ」


 対戦前に自分の名前を名乗った玲奈。

 彼女の構えは基本的な指スマの構えから両手をクロスさせた『バタフライスタイル』だ。

 その名の通り蝶々のような見た目から『バタフライスタイル』と名付けられた構えだ。

 独自の構えは本気の証。

 玲奈は本気で十真を倒そうとしている。


「覚悟しなさい!指原十真くん!!」



 玲奈の復讐劇が始まる。

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