部活動初日
十真たち1年にとって初めてとなる指スマ部の部活動が始まった。
活動内容は至ってシンプル。
サッカー部やバスケ部などの運動部となんら変わらない準備運動から始まる。
指スマ部は親指だけを使う遊びだと思われがちだが実際は違う。
指スマの対戦時は全身の筋肉を使用する。
特に親指から遠い部位の足腰が重要だ。
上級者になればなるほど対戦中に親指だけでなく全身で立つこともままならなくなってしまう。
準備運動を怠った場合ケガをする危険性もあるのだ。
指スマは遊びでもゲームでもない。
真剣勝負のスポーツなのである。
準備運動のあとは基本的な構え方を先輩とマンツーマンでレクチャーしてもらっていた。
十真は亜蘭、王人は勇、遥は結蘭との組み合わせで分かれた。
人それぞれ構え方は違うが初心者は基本的な構え方をマスターしなければ怪我にも繋がる。
両手で軽く拳を握り親指が上になるように揃え肘を折り胸の前で構える。
この時、両足を前後にしリラックスした状態で構えるのがコツである。
基本的な構えを身につけてから自分に合った構えに派生していくのが普通だ。
1年は基本的な構えを教えてもらいながら先輩達の構えも見せてもらっていた。
その構えは部活動見学をした十真もまだ見たことがない構えだった。
亜蘭の構えは『ケンカスタイル』だ。
軽くファイテングポーズを取り『ボクサースタイル』に近い構えをする。
右手よりも左手が少し前に出ているのが特徴的だ。
勇の構えは『ブロックスタイル』だ。
基本的な構えからさらに内側に収縮したような構えになる。
その見た目は岩のようで不動の構えだ。
結蘭の構えは『スネークスタイル』だ。
名前の通りヘビのようにくねくねし相手を翻弄する構えになる。
結蘭の細い腕から織り成す『スネークスタイル』は美しさも感じ見惚れてしまうほどだ。
最後にキャプテンの圭二の構えだが彼の構えは基本的な構えそのものだ。
基本的な構えを『スタンダードスタイル』とも呼ぶ。
圭二は『基本的な構えこそが美しい構え』だと信じ『スタンダードスタイル』を極めている。
十真たち1年は先輩達の構えに感動していた。
自分だけの構えを見つけられるその日が来ることを信じ期待に胸を膨らませ基本的な構えの練習に励んだ。
基本的な構えの練習のあとは実戦練習だ。
十真たち1年は初日ということもあって先輩達の指スマを見学するだけとなった。
実戦練習は基本的な構えで行っていた。
本気の対戦以外では基本的な構えで指スマをするのが常識だ。
毎回本気で構えていたら体がもたないのである。
先輩達の指スマの対決を見学するだけでも相当勉強になる。
もし自分が対戦していたらどんな手を出すか相手はどんな手が苦手かなど思考しながら見学するとより一層、指スマを身に付けることができる。
相手の癖を見抜き瞬時に分析するのもポイントだ。
実戦練習が終わると筋肉トレーニングになる。
筋肉男の勇が丁寧に指導する。
口数の少ない勇は筋トレの指導中も静かだ。
静かだが筋肉の主張だけはうるさかった。
筋トレとは全く関係なくボディービルダーのようにポージングを繰り返していた。
だが筋トレの指導は100点だ。
的確に筋肉に効くようにそれぞれに合わせた筋トレ方法を指導している。
細身の体の遥はとてもしんどそうだ。
筋トレが終わるとクールダウンが始まる。
クールダウンは指スマ部の部活の終わりの合図でもあるのだ。
クールダウン中に十真はずっと気になっていたことを亜蘭に尋ねた。
「亜蘭先輩……ずっと気になってたんですが……」
「あぁあ? どうした十真?」
「あの……僕のことを『中学で1番強い』とか言ってたじゃないですか?あれってなんのことですか?」
十真は亜蘭と初めて指スマ対決をした体育館裏のことを思い出していた。
確かに亜蘭は十真に対して「オメェ……中学ん時は一番強かったらしいな??」と発言していた。
他にも圭二と十真の指スマ対決の時も「やっぱり3年前のアイツだったんだ……」などと発言している。
その発言から十真の過去を亜蘭は知っているということになる。
十真にとってその過去が一体なんなのか見当がつかなかったのだ。
「十真オメェ……団地の夏祭りのこと覚えてねェのか? 十真が中1の時だなァ……」
「中1の時……夏祭り……???」
亜蘭の発言にピンとこず十真は首を傾げた。
十真の住んでいる地区では毎年、団地で夏祭りが開催されている。
十真はその夏祭りに毎年参加している。
「マジか……覚えてねェのかよ……」
「はい……全くなんのことやら……夏祭り自体は毎年行ってるので知ってますが……僕中1の時なんかしましたっけ?」
「いっせーので大会だよ! いっせーので大会!」
その大会名を聞き十真は脳に電気が走った。
その電気が脳を刺激し十真が忘れていた記憶の蓋を開けたのだった。
「あー!!! 指スマやりました! やりましたよ! 完全に忘れてましたよ……」
「その大会で十真が優勝しただろうがァ……決勝戦で女の子泣かせてなァ……」
「そうなんですよ……女の子泣かせちゃったんで記憶に蓋をしてたんだった……でもよく覚えてますね」
「十真くん……女の子泣かせたの……」
小鳥の囀さえずりのような小さな声で遥が悲しそうな表情で反応した。
十真は夏祭りに開催された『いっせーので大会』の決勝戦で同い年くらいの女の子に勝利し優勝した。
その女の子は十真に負けたことが悔しくて大泣きしていた。
女の子を泣かせてしまった事がトラウマになってしまい記憶に蓋をしたということになる。
「あれ以来、『いっせーので大会』は開催されなくなっちまったからなァ」
「そういえば……最近は『ビンゴ大会」になってましたね……」
「大人も混じってたあの大会で優勝したオメェのことを指スマ部に入って思い出したんだよ……そんで入学式の時にオメェを見つけて勧誘したってこったァ」
「勧誘って言うかあれは呼び出しですよ! 怖かったんですからね……」
「あぁ漏らし」
「ストップストップ!!! これ以上は言わないでください!!」
亜蘭が十真のお漏らし事件を言おうとし手を大きく振り慌てながら話を中断させた十真だった。
「とにかくだ……十真の強さが本物だってのがあん時に証明されてたってことだァ……あとはオレの汚名返上のために無理やりでも入部してもらおうって思ってたんだぜェ……」
「汚名返上??」
十真が頭にハテナを浮かべながら首を横に傾げた。
そこで黙って話を聞いていた亜蘭の姉の結蘭が疑問を解消するために口を開いた。
「指スマ部の2年は見ての通り亜蘭だけだろ。この子、同級生全員に声かけて勧誘したんだけど……見た目がこんなんだから全員逃げちゃってさぁ。『部員が入らなかったのは自分のせいだ』とか責任感じちゃって……それで1年を勧誘して汚名返上しようって考えてたってわけなのよ。私の弟可愛いところあんだろ?」
結蘭は話の最後に姉らしい可憐な花のような笑顔を見せていた。
「確かに……納得ですよ……」
1年前はどうだったのかは知らないが今は金髪モヒカンで短ランに細い赤いベルト。
目が合えば絡まれてケンカが勃発してしまうと思ってしまうほどの厳つい顔つき。
十真は亜蘭を上から下まで全身を見て納得の表情を浮かべた。
「まぁ……1年が3人も入ってきてくれてよかったぜェ……オメェら、ありがとうなァ……」
その風貌からは想像できないくらい太陽のような明るい笑顔で亜蘭は笑ったのだった。
その表情を見て十真は (人は見た目じゃない)と改めて思った。
個性豊かな指スマ部にいる普通の自分に言い聞かせるかのように……
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