顧問

 指スマ部の練習が始まろうとするまさにその時だった。

 十真はふと疑問を口にした。


「そういえば……顧問の先生とかっているんですか?」


 十真の疑問に思っていたことは顧問の先生だ。

 指スマ部が正式な部活だということはこの数日間でひしひしと感じた。

 それならまだ姿を現していない顧問の先生が存在するはずだと十真は考えた。


「何言ってるのよ~顧問ならずっといるじゃない」

 ぷるんとした柔らかい唇を揺らしながら結蘭は十真に答えたのだった。


「ずっといるって……まさか!!!」

 十真はこの場にいる指スマ部の部員の顔を一人ずつ確認した。


(王人くんと遥くんは同級生で絶対に違うだろ……)

 十真は同じ1年で新入部員のイケメンの王人と美少年の遥を見て首を横に振った。


 次に見たのは2年の先輩の花澤亜蘭だ。

(あ、この人は絶対に違う……)

 金髪モヒカンで眉間にシワを寄せた厳つい表情のヤンキーを見て十真は (絶対に違う)と自信満々に首を横に振った。


 次に亜蘭の姉の結蘭を見た。

 金髪のロングヘアーで制服の胸元のボタンは開いていてスカートも短く赤いマニキュアをしていて妖艶な大人の魅力を感じるが一言で言うとギャルだ。

 ギャルが顧問ましてや先生なはずがないと十真は首を横に振った。


 残された候補者は2人。

 3年生のキャプテン親野圭二と同じく3年生の筋肉男岩井勇だ。

(キャプテンはしっかりしている。先生と言われても違和感がないくらいだ。でもそれ以上に勇先輩のおっさん感がすごい。筋肉のせいだろうが絶対高校生じゃない。高校生でこんなに筋肉があるはずがない。それに無口だし絶対何かを隠してる。最初からおかしいなと思っていたじゃないか……僕たち1年生を試していたんだな……)

 十真は心の中で推理し候補者の2人から1人を絞り出した。

 その人物は岩井勇だ。


「やっぱり勇せんぱ……んんっ……先生が顧問だったんですね! 高校生でこんなに筋肉がある人見たことないですもん……」

 十真は自分の推理が正しいと思い筋肉男の勇が先生だと確信した。


「十真、俺は先生じゃないぞ」

 否定する勇。

 なぜか勇は否定する時にモストマスキュラーをしていた。


「はいはい……バレバレですよ先生……」

 十真は呆気にとられながらも否定した勇を否定する。


 信じてもらえない勇は人差し指で多目的ホールの一番端に置かれている卓球台を指した。

 その卓球台の上には卓球部の荷物だと思われる布団が山のように置かれている。

 否、山のように置かれているのではない。

 山のように見えているのだ。


「え……まさか……」

 驚きを隠せず目が泳ぐ十真。


「そのまさかだ。あれが俺たちの顧問」

 勇は卓球台の上の布団を指差しながらハッキリと顧問だと言った。


 十真は恐る恐る卓球台に近付き布団をめくろうとする。

 その後ろで王人と遥が興味津々で顔を覗かせている。


 十真は一度、深呼吸をしてから布団を軽くめくった。

 布団をめくった瞬間、強い酒の臭いが十真たちを襲った。

 するとそこには白髪頭で髭を生やした30代後半くらいの男性が顔を赤くして親指を加えながら眠っていた。


「うぅう……寒い……眩しい……眠い……吐きそう……」


 その顧問と思われる人物は布団を引っ張り冬眠するかのように再び眠りについた。


 目を疑うような光景を見ていた1年3人の開いた口は塞がらなかった。

 そんな1年3人を見てキャプテンの圭二が口を開いた。


「普段はこんな感じだが先生がいなかったら指スマ部は廃部になっていたかもしれない。先生は指スマ部を廃部の危機から救ってくれた恩師だ」


「卓球台の上で寝てますよ……」


「恩師だ」


「お酒臭かったですよ……」


「恩師だ」


 恩師だと言い切る圭二に絶望を感じた十真はその場に座り込みぶつぶつと喋り出した。


「顧問の先生までキャラが濃かったら……僕って一体なんなの……普通すぎやしないか……僕にもキャラが欲しい……」

 十真の感じた絶望は酒を飲んで寝ている先生に対してではなく個性を持たない自分に対してだった。


 そんな十真を見て同じ1年で美少年の遥が背中を優しくさすった。


 十真は再び指スマ部の部員の顔を一人ずつ確認した。


(王子様系の超絶イケメン……小動物のような可愛さの美少年……金髪モヒカンヤンキー……お色気ギャル……筋肉先輩……そしてキャプテン……ん? ……キャプテン? ……あれ……見た目は普通だ……)

 十真は最後に見つけたのだ。自分と同系統の人物を。

 指スマ部のキャプテンの顔を見て喜びで涙を流した。

 そして十真は泣きながらキャプテンに飛びついた。


「うぅ……キャプテンっ……僕の唯一の理解者はキャプテンだけですよ……ううぅ……」


 圭二はキャプテンという肩書がなければ十真と同じくらい普通の人物だ。


「おおぅ……どうしたんだ……落ち着け……」

 圭二は困りながらくっついて来る十真を丁寧にあしらった。


 そんな様子を見ていた王人は十真をほっといて圭二に質問をする。


「指スマ部を廃部の危機から救ったって本当ですか? 俺様はどうも信じられないです……」


「あぁ本当だ。部活動をするには顧問の先生が必ず必要なんだが……去年、前任の先生が退職して指スマ部には顧問の先生がいなくなったんだ。俺は指スマ部の顧問になってくれる先生を探したけど誰一人なってくれなかった。そんな時に先生が手を挙げてくれた……『あっ俺なってもいいよ』と言ってくれた。先生が顧問になってくれたおかげで指スマ部はこうして活動を続けられるんだ」


 圭二は思い出を振り返りながら卓球台の上で布団に包くるまりながら眠る先生を真っ直ぐに見て答えた。


「ちなみに先生は1年の数学の担当になったらしいから数学の時間に会えると思うぞ」


「数学の先生……名前は確か……」

 数学の先生の名前を思い出そうと時間割りの記憶を辿る王人。


「白田……白田一輝しろたかずき先生!」

 王人より先に遥が数学の先生の名前を思い出した。



 卓球台の上で布団に包まり寝ているのは白田一輝。

 兎島高校の数学の教師で指スマ部の顧問だ。

 生徒からは『白髪の白田』などと呼ばれている。

 授業が終わるのと同時に酒を飲んで部活中に寝てしまうのは日常茶飯事らしい。

 そんな白田先生は布団の中で「怪我だけはするなよ~」と声をこもらせながら言った。

 その後、布団からは寝息だけが決められたリズムで鳴り続いた。

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