練習試合決定

 6月某日。十真たち1年は学校生活と部活動の雰囲気にすっかりと慣れてきた頃だった。

 いつものように部活動をする指スマ部に顧問の白田先生から報告があった。


「えー、今年も練習試合をやる事となった。日程は急遽決まってしまって申し訳ないが、今週の日曜日だ。相手は去年と同じ狐山きつねやま高校だ。場所は東京。狐山高校の体育館を借りて行おこなう。1年は初めての練習試合になるな。貴重な1日だ。しっかり学んで身につけてるように。詳しくは今から配るプリントで確認してくれや。わからない事があれば俺にでも先輩たちにでも聞いてくれっ! そんじゃ今日の部活はここまでだ。かいさ~ん」


 酒を飲んでいない先生の締めの挨拶だ。酔っ払っていないので非常に顧問らしい。今までが酔っ払っていて酷かっただけなのは言わないでおこう。

 十真、王人、遥、玲奈の1年4人にとって初めての練習試合になる。

 早速、十真はキャプテンの圭二に質問を投げかける。


「キャプテン……狐山高校ってどんな人がいるんですか?」


「う~んそうだな。今年3年になった天空寺蒼てんくうじそうはかなり強いな。あとはそんなに目立った選手はいなかったと思うぞ」


「もしかして五本指とか??」


「そのぐらいの実力があるが天空寺は五本指じゃない。そう言えば話してなかったな……去年の五本指は1校が独占したんだ……」


 十真と圭二の話に出ている『五本指』とは全国大会の5つのブロック『親指』『人差し指』『中指』『薬指』『小指

 』の勝者のことだ。五本指になった選手は全国大会2日目の決勝大会に出場する事ができる。


「五本指を1校が独占!!」


 十真と話を聞いていた王人、遥、玲奈も驚きが隠せないでいた。1年全員は正面を圭二の方に向け熱心に話を聞く。


「去年の五本指を独占したのは熊川高校だ。五本指の4人は3年だったからもう卒業している。でも優勝したは1年の郡司武だ。今年は2年で全国大会に出だろう。彼は確実に1本で仕留めてくる。一度も宣言を外した事がない……ある一人だけを除いてな……」


 五本指が独占されていることも優勝者がチートすぎるのも十真たち1年にとって衝撃的すぎて言葉が出なかった。

 王人はその衝撃を奥歯で噛み砕き1年の沈黙を破った。


「そ、そのある一人というのは……」


「さっき言った狐山高校の天空寺蒼だ。中指ブロックの最終戦で郡司と天空寺は対戦してギリギリの勝負をしていた。あれが去年一番盛り上がった試合だった」


 1年全員に再び衝撃が走る。

 初めての練習試合の相手は去年の優勝者に匹敵するほどの実力者だった。


「ボク……今から緊張してきちゃった……」

 小心者の美少年の遥は顔色を悪くし呼吸が乱れている。

 そのままふらっと倒れそうになり十真の右肩に寄り掛かった。


「でもキャプテンたちなら同じくらいの実力なんじゃない? 十真くんもっ!」

 元気にそう言って十真の左腕に飛び込んだのはオレンジ色のショートヘアーの明るく元気な美少女、玲奈だった。

 腕に飛び込んできた玲奈に驚き顔を真っ赤にする十真とのこのやりとりは指スマ部では恒例となりつつあった。けれど今は右肩に遥がいるので両手に花状態でいつも以上に顔が赤い。


「十真くんは……き、緊張とか……しないの……」

 囁くような声で遥が十真の耳元で言った。乱れた呼吸が十真の耳にかかる。


「十真くんは絶対負けないでよねっ!負けるんなら私にだけねっ」

 玲奈は上目遣いを巧みにこなしながら天使のような瞳とで見つめた。引き寄せた十真の腕に胸を押し当てているのは彼女の無意識だろう。


「いやいや、十真は俺様が倒す! なっ十真!」

 玲奈の話が耳に入り十真をライバル視している王人が十真の背中を軽くポンっと叩く。

 両手に花状態の十真は軽く叩かれただけなのにバランスが取れず前方に「おっとっと」とよろけた。


「何言ってるの? 空風くん。十真くんを倒すのは私で十真くんが負ける相手は私だけっ!!」


「はぁ? 十真を倒すのは俺様だけだ! 色目でも使ってハンデでももらいな!!」


 十真に対する想いが強い二人は十真を挟みながら睨み合って火花を散らしていた。

「先に倒すのは自分だ」と譲らない二人。何より十真自身を譲りたくないのだ。


 そんな様子を見ていた結蘭は「アッハッハ……1年は十真を中心に仲がいいな~……見てて面白いぞ~」とお笑いショーを見るかのように楽しんでいた。


「全く……元気な1年だ。話はまだ途中なのにな……」


 強い選手の話をまだまだ続けたい圭二は1年の元気さに押し負けて落ち込みながらも話を中断させた。そもそも1年たちにしたらこれ以上話されても実感は湧かないだろう。まずは日曜日の練習試合を考えるのが優先なのだから。


「ま、1年組は練習試合に期待してるからなっ! 焦らなくてもいいからそこで自分の構えを見つけてこい! きっと良い経験になるぞ」


 圭二は本心から1年4人を期待している。特に十真だ。部活動体験の時に圭二と互角に戦っていた。それの実力が最初だけのものでどんどんと仲間たちに抜かされてしまわないか不安もあった。なので練習試合で自分の構えを見つけて欲しいと思っている。そして何より練習試合を組んでくれた先生に感謝をしていたのであった。


「練習試合で恥かかねェようにオレが特訓してやっからァ覚悟しとけよォ」


 と、多目的ホールの扉をガラガラと開けながら亜蘭は背中を向けながら言った。そして「じゃあなァ」と手を振りながら多目的ホールを出て行ったのだった。まさに男なら誰しもが憧れるかっこいい先輩を自然にやってのけたのだった。


「お~い、亜蘭。ねーちゃんも一緒に帰っから待ってろよ~」


 亜蘭の姉の結蘭は豊満な胸をプリンが容器から皿へ移されたかのようにぷるんと揺らしながら弟を追いかけた。短いスカートで走る後ろ姿からはパンツが見えそうになり男性陣は目線を困らせていた。


「練習試合までに……」


 言葉を途中で切りムキムキと上腕二頭筋で語り出した勇。上腕二頭筋の筋肉をモリモリ膨らませ腕に富士山を出現させた。その盛り上がった筋肉を見て遥は目を回しながら「き……筋肉畑……」と言って目眩を起こし再び十真に寄り掛かった。口から魂が抜けていったのを十真はハッキリと見たのだった。


「練習試合……狐山高校……天空寺蒼……」


 緊張よりも胸が高鳴る十真は重要なキーワードを口の中で噛み砕き自分を奮い立たせた。

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