第61話 だから嫌
聖大祭、四日目。正確には六日目にあたるのだが本来の進行スケジュールの則った数え方をするのなら四日目にあたる。
各種競技の決勝がある中、俺はシルヴィ護衛隊の連中と密会をしようと、コルマンド国の臨時居住宅に来ていた。
一見、よくある民家のような見た目の玄関扉に、事前に言われていた通りにノックした後に合言葉を唱える。
「『山』。別にこの合言葉要らないだろ」
「『森』。……すみません、我が国ではこうして確認するのは絶対なので覚えていただきたく」
「それで?何の用事ですかね。今のところ、シルヴィに関して直接的に何かしらの問題が起きた訳でもないでしょう?」
「それは……はい。おっしゃる通りです」
中に通され、茶とお菓子を出されたテーブルに着いた。
俺が何も言わずに黙りこくることおよそ十分後、シルヴィ側近の……確かリディエルがやっと口を開いた。
「今回は此方から。帝国軍特別特尉官へ向けてではなく、ルシウス・シグ・イシュミールという個人に対して要請があってのことなのです」
特尉官としての俺が相手ではない、ということは公的な場には出せない話題ということであり、同時にオフレコであることが絶対だと遠回しに言われた。
ともなれば外向きの話し方も変えるべきか。
「…………話は聞こう」
「ありがとうございます。……どこまで話していいものか」
話す内容を決めてから呼べよ。
聖大祭中だからこうして時間を取れたわけだが、本来なら普段はそこまで暇でない。
そもそも、俺個人に対して言いたいことがならば、包み隠さず総て言ってもらいたい。
「隠し事をする相手と仲良くする趣味はない」
「……申し訳ない。では、総てを話します。
…………これは、我が国の問題であり貴殿に話すことはそもそもの筋違いである、と言う無礼をお許しいただきたい」
「前置きはいい。さっさと要件を話せ」
「では……。私の口からいうよりも、録音したものを再生したほうが話が早そうですね。
これは少し遡った話で、およそ半年前になります。リリシア殿下がイシュトゥリア帝国への留学を独断で決行しようと近衛騎士らに色々指示を出していた裏の話であります」
———————
「ホロリー二等騎士よ。君には一つ、お願いがあっての。こうして呼び出させてもらった。我が娘、リリシアの我儘のために奔走している最中申し訳ない」
「とんでもありません、王。…………リリシア殿下のことについては既にご存じでしたか」
「ほっほっほ!アレはワシの若い頃に似ておる。思い立ったらすぐ動くところなんてそっくりじゃ。
さて。そのリリシアについて君に一つお願いがあっての」
「なんでしょうか」
「リリシアを連れてすぐに国外……イシュトゥリア帝国に逃げなさい」
「亡命…………と言うことですか?」
「そうじゃ」
「な…なぜですか!?」
「近くに、この国で大規模な内乱が起きようとしている」
「そんなこと!我ら王国騎士団に掛かれば…………!」
「無理、と判断したから今こうして話していると判断がつかないとは思わないのかい?」
「っ…………!」
「無論、抗戦はするとも。無抵抗で死んでいこう、なんて考えてはおらんさ。……だが、工作員に調べさせたところ、相手方の組織の素性も分からん上、戦闘に掛かる人の数はこちらの十倍以上あると調査結果が出た。ここまで言えば分かるじゃろう。……国外からの介入を許された、ということじゃ。超大規模クーデターなんて生ぬるい物ではないわい。普っ通ぅに侵略戦争じゃ」
「し、信じられません!なぜ、なぜ……!」
「そう思うのは皆同じじゃ。だがもう、遅すぎた。
君にお願いしたいことと言うのは亡命で終わりではない。…………リリシアが将来結婚し、子を産み、孫の顔を拝むその時まで幸せになれるよう力を貸して欲しい」
「そ、それは…………!」
「頼む。君にしか頼めぬことなのじゃ。頼む…………!」
「国王……。
分かりました。その命令、しかと承りました。姫様のことは不肖ながら私、リディエル・ホロリーに一任くださいませ」
――――――――
「以上で御座います」
「…………なるほどなぁ」
話している本人と、その話を知らされた周りの黒服どもは唇を噛み、或いは拳を握りしめて感情を表に出さないように耐えている。
それほど必死なのだろうが……。
「くだらん。帰らせてもらう」
「んな?!なぜです!?何も思わないんですか!?」
この録音音声を俺に聴かせる、という決断すらリディエル二等騎士殿や周りの黒服らはかなり悩んだのだろう。
薄いながらも怒りの感情が向けられているのを感じる。
とはいえ、俺だって俺の考えや優先順位に基づいた思考と行動がある。
今回でいえば優先度はかなり低い。
コルマンド国で紛争ともなれば間違いなく帝国にもダメージが及ぶが俺には何も関係ない。
だから何も思わない。
「何も思わないからこう反応しているわけだ。今の話を聞いて、俺が正義の味方宜しくその紛争仕掛人をぶち殺すとでも思っているのか?」
大方のところ「紛争の仕掛け人を探し、処理して欲しい」という依頼をしたかったのだろう。
確かに、俺に頼んで俺に全て投げるのが一番早く、賢い。クレバーだ。
だからこそ俺は嫌なんだ。
「だとしたら甘すぎるぞお前ら。俺をなんだと思ってるんだ?」
何より腹が立つのは、この話を俺にしかしていないということだ。
「おそらく、今の口ぶりからシルヴィにはこの件、話してないんだろ?ならなおさら、俺はその話を聞いてなにかしようとは微塵も思わない」
姫だから、とシルヴィには一切の情報を出していないことはすぐにわかる。
俺がシルヴィにお願いされれば間違いなく助ける。だが、シルヴィに今の話を伝えれば間違いなくアイツは国防をすべく立ち回るだろうし、俺への助けは出さない。
その辺りの矛盾を感じ取ったのは褒めたいが………。
「覚えておけ。俺とアイツを舐めるな」
「待ってくださ――!」
黒服やリディエルの制止を振り切って俺は臨時居住宅から出て行った。
「…………気分悪ぃ」
人の顔色見て、人の気持ち、過去知らないでよくもまぁ頼み事だけ出来たな。
……ま、気持ちは言わなきゃ分からないし、過去も俺は完全に秘匿させているから無理もないか。俺だって矛盾してるか。
が、そこまでもしても譲れない部分だけはあるつもりだ。
「やっほー!シグ!」
聖大祭開催最中、学生諸君らには嬉しいほどバカの快晴だがその天気とは裏腹に俺が暗く腐っているとシルヴィの明るい声が聞こえてきた。
気持ちは切り替えないといけない。
まだこのことを俺から本人に知らせる意味も必要もない。
「シルヴィ、そっちの
「それはもう!ばっちり!」
しっかりとVサインをした。
「まさか忖度無しの
「まさか八百長無しの純粋なクイズ大会で準優勝するとは思いませんでした」
杏里と杏子がぐったりとした顔で後ろからとぼとぼと時間差でシルヴィの後ろに追いついた。
おそらく、普段のゆるふわド天然ムードから発せられるイメージとは真逆に、機敏に動いて柔軟に知識を引き出していく姿が想像出来なかったのだろう。
………小隊戦でその片鱗は見せていたと思うが、杏里はそこまで見る余裕がなかったし杏子に関してはその場から離れていたか。
「シルヴィア殿下は普段の立ち振る舞いからは想像できないと思うが天才だぞ」
「シグにそれを言われてもねぇ………」
隣でジト目になって俺を見るシルヴィ。
その瞳には曇りや心配といったネガティブな感情は見られない。
「なぁ、シルヴィ」
「なぁに?」
その目を見て、つい俺は聞く必要のないことを聞いてしまった。
「バロールさん、元気か?」
「?元気よ!あらまさか!お父様にご挨拶……結婚を――!」
「しない。単純に気になっただけだ」
「むぅ」
本当に何も知らないまま、知らされぬまま帝国まで遊びに来たのだろう。
………知らない方がいいこともあるか。
シルヴィのナチュラルに行った求婚と、それを躱した俺のやり取りを見てながら杏里が心底理解不能、という顔をしながら尋ねてきた。
「ルシウスさん。なんでそこまで頑なに結婚を拒否しているのか聞いてもいいですか?」
「あ、それ私も気になってました。噂……というかネットの掲示板とかでもずっと言われてますね。『同性愛者でもないのになんであの特尉官は求婚を受けないのか』って」
ネットの掲示板にまでその話題は浸透してるのか。
それにしても、どうして結婚しないのか、か。
「……………………なんでだろうな?」
「「え?……えーと?」」
質問を質問で返されるとは考えていなかったのか、杏里杏子が同じタイミング同じ角度で頭を捻った。
……ちょっとかわいい。
「俺も正直、ここまで頑固に拒む理由もないんだ。シルヴィのことは嫌いじゃない、むしろ好ましく思っている。家柄…は言うまでもない超一流。
容姿、性格、人望、才能。その他全て一流。断る理由なんてそれこそ同性愛者でないとありえん」
「あら?シグからそこまでちゃんと聞いたのは初めてだわ」
少し頬を赤らめるシルヴィ。
そこまで褒めたこともなかったか。
……本音だ。シルヴィは結婚相手としていうところは何もない。強いていえば、時折俺でさえ引く独占欲の強さが出るところは欠点だが最近はそれも見ない。
俺が今の俺でないなら、すぐに求婚を受けてしまっていただろうがそうもいかない。
それ相応に理由はある。
「俺は結婚しちゃいけないんだ。これは予感とかそういうふわふわしている予想だがな。……イシュミールの血は俺で消す」
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