第11話 とある三家
「……はぁ」
思わず、大きなため息をついてしまった。
普段は周りに不快感を与えないように、分かりやすい不機嫌のサインは出さないようにしているのだが、ちょっと憂鬱な気分が勝ってしまった。
それもそのはず。またしても俺はカレンさんに呼び出され、また執務室に来ていたのであった。
「一昨日、一仕事終えたばかりでしょう?なんでまたこう呼び出されたんですか。カレンさん」
通常、カレンさんが俺に何か仕事を持ってくるときは十日間に一回の間隔だ。
こうして、連続して何か仕事を持ってくることはクーデターでも起きない限り、中々ない。
カレンさんは深刻そうに腕を組み、それらしく窓から外を眺めながらつぶやいた。
「海よりも高く、山よりも深い事情があるのよ……」
「世界終焉でもくるんです?」
海より高くて山より深いってなんだよ。
「先に言っておくわね。今回の話に関して、アナタは聞かなかったことにできる権利があるわ」
「……?」
カレンさんがこの手の話題の切り出し方をするのはかなり珍しい。
本人も、その言い方をする時というのは『断られる可能性が高い』ことを前提にして会話を組み立てている。
カレンさん直下の小隊に対してもこの言いは結構あるらしく、割と酷な内容が話される、という噂がある。
そして、カレンさんは少し悩んだ後、口を開いた。
「ウィシュカルテ、という名前に心当たりがあるでしょう?」
「――ある」
背中に一瞬にして汗が噴き出た。
俺がカレンさんの次に恩を感じている家の名が出た。
猛烈な嫌な予感が俺を襲った。
自分でもわかるくらいに顔色を変え、カレンさんに詰め寄った。
「まさか、あの家に何か……!」
「落ち着くのよ!別に何か大問題が起こるとか、そういうことはないのよ!」
「じゃあ、一体……?」
俺の肩を撫でて落ち着かせたカレンさんは、茶封筒に入っていた紙を数枚、俺に手渡した。
「これを見て頂戴」
「……学院の案内チラシ……?」
目を引く文字のフォント。綺麗かつ壮大に撮られた校舎の写真。
その他、一目見ただけでその場所と雰囲気を紹介できるチラシがあった。
「と、その日を目安に爆破を行うという旨の手紙ね」
チラシにくっついて分かりにくかったが、確かに紙がもう一枚あり、爆破を行う旨の書かれた紙があった。
「帝国立中央学院。名前くらいは聞いたこと、あるでしょ?」
「えぇ。学力さえあれば身分は関係なく、何か一つでも他者より突出した能力を持つ者達だけが通うことのできる、ある意味平等な教育機関ですね」
六氏族しか貴族が居ないこのイシュトゥリア帝国では基本的に皆、身分が平等である。
家族の誰かが軍属で、軍内での位階が高い家に関しては周りからも一目置かれるというような場合もあるが、大体は大商人の家でもなんでも同じ立場、同じ立ち位置となる。
一方、目に見えて平等とは言えない物がある。
それは『チャンス』である。
いくら本人が才覚に恵まれようと、才能が眠っていようと、機会がなければ何も始まらない。
この学院は、それはもう本当に多岐にわたる分野を開拓したい、という熱心な教育指針もあり、全校生徒の総数が一万近くになるというちょっとした師団クラスの学院が出来上がっている。
入学条件は、普通に行われる筆記の試験となんでもいいので試験官に何かを披露し、面接を行い、合格した者だけ。
とはいっても、試験官の興味を強く引く何かがあれば大体は入学が出来る。
後は金銭関係がシビアな点が有名だろうか。
「そう。……まぁ、表向きだけどね」
「実際はほぼ富裕層のみが通う場所になってますけどね」
学校、というだけで金のかかるものだ。
その中でも、人間が多ければその分爆発的に様々な諸費用が発生する。
それはもう仕方のないことなのだ。
「仕方のない部分はあるのよね……」
「富裕層じゃないと子どもに思うように勉強をさせてあげられない、という実情もありますし、妥当と言えば妥当ですけどね」
結局、才能が有っても金が無いと入学できないじゃないか!と思う人も多いが、ちゃんと奨学金制度がある。
条件がかなり厳しいが。
と、話がかなり逸れてしまったので本筋に戻したい。
「それで、ここがどうかしました?爆破予告なんて腐るほどあるでしょうに」
爆破予告が多い、というのは本当だ。
理由を考えればきりがないが、年間で五十回近く予告が為されている。
そのこと如くをカレンさんを始めとした尉官クラスの軍人の直下部隊が処理している。
「それはそうなのだけれどー……今回はちょっと厄介で。ウィシュカルテ家、マキナ家、パラドラ家の三家に追加でこれが届いたらしいわ」
「……ッ!」
またしても、大きな汗粒が、俺の頬を伝って落ちた。
よりによって、その名前。その三家は……!
「アナタにとって、内心穏やかじゃいられないのは分かってるわ。だからこそ、今日こうして呼んだの」
手が震えているのが分かる。
思わず握った拳からは自分の握力の所為で血が出ているのが分かる。
声が、詰まりそうだった。こっちも震えているのかもしれない。
「……これ。俺はどうすればいい?」
「いつも通りでいなさい。ここで過干渉すると今後に問題が起きかねない」
「でも……!」
毅然と言い放ったカレンさんに、思わず俺は詰め寄ってしまった。
それも怒りと焦り、少しの恐怖が混ざった顔だ。
きっと、俺の不安が伝わっているのだろう。
カレンさんは俺の頭を撫でながら諭した。
「安心なさい。元々、今回のような事件……?が起こる前に数名ほど学院に信頼できる人を送り込んでいるわ。その中に、フミカも居る」
「フミカ姉さんがいるのか……」
フミカ姉さん。本名、フミカ・ブロッセム・イシュミール。
カレンさんの実妹であり、天才。……俺とまたしても母親が違うが。
不思議とフミカさんはしっかりと『お姉さん』という雰囲気がしっかりするのだ。
そしてやはりカレンさんはそこに突っかかる。
「ちょっとー!どうして私はさん付けで呼ぶのにフミカちゃんは姉さん呼びなのよー!」
「いやだから、カレンさんがお姉ちゃん呼びを強制するからさん付けなだけで、前も言ったけど姉さん呼びに関しては是認してたじゃん」
「……屁理屈」
「拗ねた」
普段から思っているがカレンさんはこういうところが勿体ない。
仕事も出来るし頼りがいがある。生活力がないのがちょっとアレだが、それを差し引いても人として俺はこの人が好きだ。
なので、姉と呼ぶことに関してはなんら忌避感は無い。
ちゃん付けの強制が許せないのだ。
「まぁいいわ。今回の任務と関係ないし。……さて。さっも言ったけど、今回アナタが出来ることは何もないわ。ただ、これはアナタには言っておくべきだという私の老婆心よ」
「ありがとう」
やっと落ち着きを取りも惜し、呼吸のリズムが戻った俺を見て安心したのか、カレンさんは雑談モードに切り替わった。
「ところで、これは関係のない話なんだけどー。今、学院の自衛術の授業の先生がいないみたいなのよねー。幸い、授業を選択する人がいないみたいで助かってるらしいけど」
「へぇ」
学院の教員不足が起こるのは珍しくない。
それはこの学院の多岐に渡りすぎる分野が原因だ。
生徒一人ひとりに合わせた教育カリキュラムを行き届かせるのが至難の業だからだ。
系統が似ていれば問題はないだろうが、『飲食の開発系』と『軍事関係』のように、ほぼ無理だろ、という組み合わせも起こりえてしまう。
もちろん、生徒それぞれの個性に合ったカリキュラムを組めるのが一番良いのだが、それこそ生徒数の倍以上の教師が必要になってしまう。
それにしても自衛術か。イシュトゥリア帝国軍人であれば、最初に習うものだ。
「それで、ここの教職者欄に穴が空いてると色々問題あるってフミカちゃん、言ってたのよねー。まぁ?言うても貴族ではなくとも富裕層が多い学校だし、護衛は家から付けてもらえるらしいから大した問題にもならなさそうなんだけどー……」
何か、遠回しに伝えようとしてくれている。
言いたいこと。言わんとしていることが俺には分かった。
カレンさんが、俺に伝えたいことが。
「ねぇ、ルシウス。やってみない?」
その学院で自衛術を教える教師として、俺を送ってもらえるらしい。
だが。問題……というか疑問点がある。
「………いいんですか?」
「さぁ?いいも何も、アナタが決めなさいよ。あ、本部にこのことは伝えてあるから安心しなさい。許可もでたわ」
ぴら、と二枚の証書を俺に手渡した。
一枚は学院から軍に対する増員要請と、それにともなう俺が行くという通知書。
もう一枚は軍から俺に、正式に許可がおりた、という旨の連絡通知書だった。
「っ!じゃあ!」
「えぇ。行ってらっしゃい。あ、でも公式の教職じゃない、講師職での待遇予定よ。ちゃんとした後釜を決めるまでの二ヶ月間で、週に一回しか関係者として入れないから、そこは注意ね」
「それでもいいです。あそこに行けるだけで……!早速、準備してきます!」
急いで身支度をし、今にも出ていきそうな俺の背中に、カレンさんはアドバイスをくれた。
「自衛術、という点さえ守ってくれればどうでもいいらしいわ。その辺だけ覚えておいてちょうだい」
「うん。……ありがとう、カレンお姉ちゃん!」
■
任務以外では滅多に出さない、ルシウスの韋駄天足歩術の移動を見ながら、先ほどの言葉を頭の中で反芻させる。
「………お姉ちゃん、か」
懐かしい響き。
私にとって、あの子にとって。特別な意味を持つ言葉。
「でぇへへ〜!!お姉ちゃん、だってぇ!!!」
顔が緩んでても……今くらいは赦して欲しい、と思う私でした。
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