第15話 100点満点中、62点
「なんで本気でくるのよー!」
「そこまで本気の本気でもありませんでしたが」
「うぇへ?!」
ぷすぷすと煙を纏いながら、少し焦げたフミカさんは地面に大の字になって寝ころんでいた。
火山岩を喰らったはずだが、なんらかの方法で威力を軽減させ衣服のみダメージを負っており、ところどころ穴が開いていた。
服がそれ以上汚れると困ると思うから起きればいいのに。
「というかフミカさん、俺が手を抜いたら怒るでしょ」
「それは……そう、ね」
昔からフミカさんは負けず嫌いで、どんなに小さい事でも俺やカレンさんに負けると勝つまで挑み続けるのだ。
しかもわざと負けると拗ねる、という究極的に面倒な人であった。
気まずくなったのか、フミカさんは俺から顔をそらして生徒たちに向き合った。
「と、というわけでここまではルシウスと模擬戦闘をしてみたんだけど、どうだった?」
もちろん、生徒たちの反応は……。
「「「……………」」」
「あれ、無視?」
「いや、当然の反応かと」
普通に考えれば絶句するだろう。
傍から見たらお互い真面目に殺し合っているように見えるのは自分でも何となくわかる。
……俺もフミカさんも本気ではないが、それを知らない生徒らはそれはもう怖かっただろうな。
誰も一言も発さない空気に耐えられず、フミカさんは適当な生徒を指名して感想を聞いた。
「人間辞めてる」
「なんで生きてんの先生」
「ルシウス軍曹様も、なんで脚が燃えててそんな平気そうにしてんですか」
「フミカさんの汗ぺろぺろw」
「私達、今ここで死んだ方が良かった?!?!」
と、感想も人間離れを突っ込むばかりであり、試合についてはノータッチであった。
って、待て。
「いやその前に汗舐め願望持ちのド変態に言うことがあるだろ」
フミカさんに劣情の目を向ける変態を探そうとすると、杏子が少し怯えながら俺の腕を掴んで、か細く話しかけてきた。
何かしたっけか。俺。
「……あのぅ……」
「あら、あんじー。どうしたの?」
普段、そういうことはしないのだろう。フミカさんも物珍しそうに杏子を見つめていた。
普段はおとなしい子なのかな。
と、杏子は怯えたまま俺の右足を指さした。
「軍曹さんの右脚……」
なるほど。医療専攻の杏子にとって、この手の傷は見逃せないか。
心配してくれること自体は嬉しい。
けど。
「…あぁ、こんなのは平気。気にしなくてもいい」
「ダメです!!」
杏子の語気が強まった。
ほぼ叫ぶ形になり、フミカさん含めその場にいたほぼみんなが驚いた。
おそらくだが、怒らないおおらかな性格の子で通っているのだろう。
なんの前触れも無く声を大きくしたことに杏子ははっとしたのか、慌てて俺の手を離し、頭をすごい勢いでさげた。
……首、痛めるぞ。
「あ、ごめんなさい……。その、ちょっと?いやだいぶ気になってしまって…!と、とりあえず治療させてください!私、こう見えてお医者さん希望なので!」
いや、それはもう知ってるんだけど……。
というツッコミはしないでおこう。
この子の自主性にも関わるからな。
「し、失礼します」
顔を背け、視線だけを俺の右足に移しながら杏子は恐る恐る右足のほぼ焦げ落ちたズボンを捲った。
というかそれ、ほぼ見えてないだろ。
「……見たくないならやめても構わないんだけど」
「いえ!コレは私の意地です!やります!」
いつの間にか持ってきていた救急セットから包帯と薬品を取りだして杏子は処置を開始した。
「ここを、こうして、こうやって……」
「……」
頑張っているのは分かるが、めちゃくちゃ遅い。
まず水で冷やし、数十分ほど置くのがいいだろう。
その置いている間に、保湿するか軟膏を塗りこむかの判断をして、包帯なりガーゼなりで保護しないと傷が残るし完治まで長引く。
「火傷には……。いや、これ火傷かな」
おい待ってくれ。
まずそこからか?!大丈夫なのか?
もしかして、病状の特定が難しい、または苦手だからレシピのある薬学系を専攻しているのではなかろうか。この子は。
「分からないなら、放置してくれていいんだけど」
「ぐぬぬ……」
リタイアするものですか、と顔が嫌がっていたので、そのまま治療を継続させる。
危なっかしい手つきだし、たまに薬品ミスりそうになるしで見ていて怖い。
そして、苦心すること一時間後。
「出来ました!どうですか?!」
「……100点満点中、62点」
「むぎゅ!」
やっとの思いで、杏子は処置を完了した。
一時間かかっている。
これが何もない平時だからよかったが戦場だったら確実に問題だ。
……いやでも、この子なりに努力した結果だ。その気持ちが嬉しいし、大事にして貰いたい。
それはそれとして。
「まず第一に、処置が遅い。慣れてないのを差し引いても遅い。あとは判断も遅い。しかも薬、一回間違えかけたよな。火傷した脚にソレはマズイだろ。あと……」
「うわーん!すごい優しい笑顔で厳しい講評です!泣きそう……」
それはそれとして講評はさせてもらう。
次に活かせるかもしれないしな。
「色々拙い部分はあったけど、気持ちは伝わった。……ありがとな」
「…!むふふ!どう致しまして!」
俺が礼の言葉を言うと、杏子は花が咲いたような笑顔で嬉しそうにポワポワしだした。
親に褒められた子供のような顔だった。
◾️
「それで、いつもなら5人入るかどうかのこの講義に50人の希望者が現れたと」
「そうね。……大丈夫?」
「まぁ、基礎を教えるだけなら。応用発展となると時数的に怪しい部分は多いですが」
先ほどの模擬試合がいろんな人に見られていたのか、俺の講義の自衛術講義の参加希望者がすごく増えたらしい。
因みに。元々は三人だけだったそうだ。
そこは置いておいて、気になるのは予定が大きく変わることだ。
何をやるかなど、決めることとか準備が割と終わっていたのでここに来て予定変更をするのは少し難しいのだ。
そう考えていると、ダッダッダと喧しい足音と共に、講師室のドアが思い切り開かれた。
「そういうと思って!!ばーん!!」
「カレンさん……!」
「お姉ちゃん……」
カレンさんだった。何やってんだ。
確か今日は、もう急を要する仕事はないから寝るとか言ってなかったか?
という俺の疑問が口から出る前に数十枚の紙束をばさ!と俺とフミカさんの目の前に突きつけた。
「見てコレ!生徒達からの嘆願によって、アナタの講義がジュピテルに加えてマーズの日も行われるになったのよ!」
「なんでさ」
週に一度だった講義が2回になる、ということで
「その代わり二ヶ月間の期間が一ヶ月になったわ。代役、見つかりそうだって」
「じゃあそいつに任せろよ……」
「そう言わずに。みんなアナタに教わりたいって言ってるのよ?」
悪態をつきそうになるも、フミカさんの方も首を縦に振っていた。
……であればやるべきか。
フミカさんとカレンさんの二人が『やるべき、というかやりなさい』と言ったことは大体外れない。
そうなると話は別だ。やるべきなのだ。
「……分かりました。どうにかしましょう」
「ふふん!さて、フミカちゃん、行くわよ!」
「え、今?まだ講義あるんだけど」
「関係ないのよー!さぁパフェ!パフェ食べるのよ!」
「お姉ちゃーん?!待ってよぉ!!」
まだ服がぼろぼろなままのフミカさんを文字通り引っ張りながらカレンさんは講師室を出て行った。
……この後も、講義があると言っていたが。
「……今日だけ助手なら、俺がやるか。講義」
時間にして概説科目があと一つしか講義が無いとも聞いたので、ちゃっちゃとやってしまおう。
「ということで、本講義は俺が執り行うことになった。……よろしく頼む」
その日のその後、場所変わって魔法概説の講義室に行くと奇異な視線を向けられた。
フミカさんが来ると思ったら麻薬組織を壊滅させた主犯格が来たわけだからな。納得の視線だ。
とはいえ、この手の視線も慣れている。さっさとやることやってしまおう。
「前回の続き、だとか宿題があっても俺には関係が無いので、好きにやらせてもらう。先に詫びておく」
と言い放つと板書を取ろうとする者と、別の作業をしようとする者に二分した。
静かにしてくれるならなんでもいいか。
「さて。おそらくだが、フミカ女史の思考の癖からして、『魔法概説』といいつつ戦場における魔法運用の最適化についての学習をしていると思う」
おそらく、というかほぼ絶対なのだがフミカさんは戦闘系の魔法取得を重視していると考える。
というのも、この帝国は軍事国家なので、なんだかんだ言っても最後には武力が勝つ。
フミカさんの立場になって、彼女の視点で先々を見据えればそうなるとは何となくだが予想がつく。
というかあの人、一応少尉なんだよな。
今は
「まぁフミカちゃん、あの子戦闘株ってわけでもないのにやたら戦闘を意識した魔法の取得してるからね……」
とはカレンさんの弁。
因みだが、カレンさんはそこそこ戦える。鎖やムチを主体に中近距離を得意としている。
「それはさておき、今回の講義では戦闘用でもそれ以外でもいい。『魔法詠唱における三大原則とその理論』について復習していこうと思う。割と退屈だと思うから、騒がなければ好きにしてていいよ」
俺はチョークを手に取り、魔法使用における大前提にして基礎中の基礎の講義を始まるのであった。
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