第14話 火山岩

「わぁ!ルシウス久しぶり~!元気にしてた?」

「お久しぶりです、フミカさん」


 杏子と一緒に目的地に着いた俺はフミカさんにもみくちゃにされていた。

 フミカさんもまた俺にとって感謝しきれない恩人の一人だ。

 カレンさんには生き方と考え方を教わったとすれば、フミカさんには自分の在り方と向き合い方を教わった。

 それもあってかこの人はカレンさんと同じく俺の顔や目を見るだけで体の不調はおろか、精神的な問題も感じ取る。


「うん、元気そうでよかったよかった」

「あの……お二人はどういったご関係で……」

「ん?あぁ、ルシウスとは異母姉弟なの」

「えぇ!?フミカ先生と軍曹さん、血縁関係者だったんですか?!」

「うん。隠すつもりもないんだけど言う機会も無かったし」


 フミカさんはしれっと俺と自分の関係を公言した。

 まぁフミカさんの言う通り隠していたつもりも無ければ、バレても何か問題がある訳でもない。

 だが、ちょっと心の準備的な物は欲しいと思う。

 そんな俺の胸中はいざ知らず、フミカさんは俺の手を握ったまま話を進めていた。


「あ、せっかくだし講義の助手やってよ。今話題の軍曹さんから魔法教わるなんて中々ないし」

「いや、俺は戦闘しか能が無いから基礎科目は教えられない」


 悲しい話だが、俺は戦闘に直接関係が無ければ殆ど能が無い。

 正確に言えば、軍事に関係する事柄であれば大体のことは教えられるのだが。

 もっと言えば、理論や理屈はほぼ理解しているがその使用に関しては完全に才能と勘と感覚だからだ。


「ううん。授業の具体的な内容はそれぞれの講師に委ねられているから、私がしたいことをしても平気なの」

「講師陣まで自由なのかよ」

「そ。ってなわけで、戦闘魔法のあれこれ、教えてもらっていい?」

「助手じゃないんですか」

「まーま、細かい事は気にせずに!」


 講師陣までもが自由に講義を行える辺り、色々心配なのだが……。

 だが、それでも一定の才能と能力を持つ者を輩出している辺りその教育方針はあっているのだろう。

 確かに、他の学校と違い強制されて行う教育では心理的にやりにくい。

 が、自分から進んで取り組む学習というのはモチベーションに直結し意欲的に取り組める。

 それは講師陣もまた同じなのだろう。


「という理由で今日だけ!ルシウスに来てもらいましたー!」

「「「「…………」」」」


 明らかに理由としては違うのだが、生徒のモチベーションに関わるなら好きにやらしてもいいだろう。

 だが、人を簡単に傷つけ殺める俺の講義など、聴きたくないだろう。


「いや、止めたほうがいいんじ……」

「「「「すっげぇぇ!!」」」」


 ……思いの外、皆が興奮している。

 もしかしなくても、期待されている?戦闘狂の俺が?


「ね?今、一番熱い人なんだから、盛り上がるに決まってるの」


 ちら、とこちらを見て俺の心配を払拭するように微笑んだフミカさんを見て、俺も話に乗っかることにした。

 俺が出来ることは戦うことと、生きること。

 で、あれば。


「…………じゃあ、とりあえずフミカさんと一回戦りあうか」

「え!?」

「え、じゃないです。生徒相手に戦う訳にもいけないじゃないですか」


 フミカさんも全く戦えないわけではない。

 あくまでも情報戦や潜入任務に向いている、というだけだ。

 せっかく俺が戦うのだ。フミカさんも戦わせても問題はないだろう。


「うぅーん……私、戦闘株じゃないんだけど」

「知ってます。手加減するので。…はい、準備して」


 渋々ながらも程よい距離間を取り、戦闘態勢になる。

 俺とて魔法は久しぶり。割といい勝負になるのではないかとも思う。


「そっちから始めてもらっていいです、」


 距離も取ったので、いつでも戦い始めてもいいと思ったがフミカさんは容赦なく魔法詠唱を開始し、仕掛けた。


「”炎よ”!」

「”無に帰せ”!」


 ……不意打ちですか。そうですか。

 少し驚いてしまい、魔法無条件削除の魔法を使ってしまった。

 少しズルい気もするので、使いたくなかったが仕方がない。

 気を取り直し、作戦をある程度頭で組み立てたので俺も動き出す。

 その前に、フミカさんは連撃で圧倒しようとしているのか、広範囲に及ぶ水の魔法を放った。


「”水渦よ、敵を飲め”!」

ッ!」

「あ!ずるい」


 身体のあちこちに意識を集中させ、俺は高速で移動した。

 これは俺の純粋な訓練と鍛錬によるもので、魔法ではない。

 こうしたかけ声を用いて半反射的に使っている事以外、特殊なことは無い。

 高速で移動する俺の姿を捉えられずフミカさんはあちこちを見回していた。

 ズルくはないだう。これは魔法ではないが、俺の技術だ。

 この高速移動……通称『縮歩』。これはただ単に、高速で動くだけの技ではない。

 それを用いて思いきり飛び上がることも出来る。

 以前、麻薬組織の時にも空中歩行をしたがそれはこうした技術によって可能になっているのだ。

 ドッドッド!と音を立てながら空気を蹴って高く飛び、俺も魔法の詠唱を開始した。


「”風王の鉄槌よ”!」


 ブォン!と大きく低い音を鳴らしながら風の塊がフミカさんに向かって叩きつけられる。


「ダウンバースト!なら……」


 落ちてくる風塊を見上げながら、フミカさんは空に手を掲げ、防御魔法を唱えた。


「”天蓋よ”」


 ゴゴゴ、と地面から岩がせり上がり、フミカさんに覆いかぶさって風の攻撃を防いだ。

 岩の防御魔法は魔法防御には最適解。

 破るのは難しいし、そもそもが岩なので物理耐性にもかなり定評がある。

 使えば身の安全が保障される、という雑な認識でいいくらいに強い。

 が、それは並みの人間の話だ。

 俺は違う。

 空中で魔力を足に集中させ、


ッ!」


 そして足を燃やしたまま、『縮歩』を行い空をまた強く蹴り、勢いをつけて岩の防御壁を壊そうと俺は動いた。

 ボボボン!と一歩蹴りだす度に空気抵抗と摩擦により、火の勢いが強まって威力が増していく。


「火脚?!待って待ってガチじゃん!?」


 岩越しにフミカさんの焦った声が聞こえる。

 おそらくこの移動音が聞こえ、同時に何が起きているのか察したのだろう。

 だが遅い。

 フミカさんの言う、この『火脚』は自分の体を傷つけるものの、威力はそこらの魔法や敵、獣では敵わない。ガチである。

 というのもこの燃える脚、脚そのものの攻撃を盾やら腕なにやらで防いだとしても、炎は全てを貫通し『中身から重点的に攻撃を与える』からだ。

 手や防具などで脚を防いでも手の内部は炎によって燃やされていく、防御不可の大技だ。

 言うまでも無く、大半の相手に当たればほぼ勝ちである。

 回避すればよい、という点は突っ込まないで欲しい。

 

 その『火脚』を持って、岩の塊に接近し、踵が上手く当たる様に空中で回転し、タイミングを調整する。

 岩で脚を防がれても、炎だけは貫通し、中にいるフミカさんに攻撃が通る。

 割と本気な時に使う技だが、平気だろうか。


「『急降火』ッ!」


 空中で回転し、その勢いをつけた踵を落とし、ドゴォン!と轟音を立てながら岩が崩れ落ちる。

 炎は足が岩に触れると同時に爆発し、熱波が広がっていった。

 岩が壊れると同時に抜け出したのか、フミカさんは距離をとって次の魔法の為に腕を構えていた。

 ……立ち止まるのはどうかと思う。


ッ!」


 俺が戦うにあたり、距離を取るという行為はほぼ意味をなさない。

 『縮地』をすれば一瞬で移動が可能なので、こうして多少の距離があっても接近が可能だからだ。


「なんで魔法じゃなくて体術しか使わないのよー!……"絡みつく光の鎖よ"!」


 近づく俺を拘束しようと、フミカさんは鎖を多数作り、俺に放った。

 数で言えば12本ほど。それも軌道が読みにくい。

 ……面倒だ。


「”風よ 螺旋となりて”!」


 風を螺旋構造に作り、俺はその中に入っていく。

 フミカさんの放った鎖は風の障壁に阻まれてあらぬ方向に飛んでいった。

 そして俺は、台風の目の中を駆け抜ける様に走り続ける。

 風の影響を自分が受けるわけはない。

 一直線に駆け、フミカさんの眼前に辿り着いた。


「ちょ待って待って!それアリなの!?」

「あり。出来るんだからあり」

「なにその判定!?」


 接近戦であれば、パワーより技術、精密操作性が物を言う。

 フミカさんも器用な方だが、こと戦闘においては俺が上をいく。


「”大気よ凍てつけ”」

「”炎の飛礫よ”!」


 俺が放った吹雪の魔法は、真逆の属性の魔法で捌かれた。

 次手を先に組み立てたのはフミカさんで、ほぼ隙なく雷の細剣を作り、俺に叩きつける。

 が、俺はそれを炎の槍でいなす。


「すげぇ……ルシウス軍曹、フミカ先生の術式に柔軟に対応してる……」

「というか魔法に対して体術って使えるんだなー」

「これが、十五歳で軍曹さんになる人の実力…!」

「すごい……!」


 試合が始まった時は静かだった生徒らも、見慣れたのか余裕が出てきたのか口数が増えていった。

 ……そろそろ、決め時かな。


ッ!」


 もう一度高く飛んだ俺はもう一度『火脚』を発動する。

 文字通り脚を燃やしているので、そろそろキツイ。

 ボボバン!と空気を蹴って肉薄する。


「また『急降火』?!面倒ね!」

 

 惜しい。急降火ではない。

 脚を燃やしながら俺は空中で土塊を作り出し、それらをフミカさんの元に蹴り飛ばした。


「『火山岩』ッ!」


 燃え盛る赫足で以て土塊を蹴り飛ばす。

 それによって生じるのは、燃える土塊。

 空から降り落ちてくるソレは、まさに火山岩。

 防御は簡単だ。同じ質量で、同じ速度とエネルギーを持つ物をぶつければいい。

 そんな物が今この場にあれば、の話だが。


 カレンさん曰く、この技は上から見る分には分からないが下から見ると壮観らしい。

 ドドドド、と音を立て、燃えることのない土塊が炎を噴きつつ降っていく、と聞けば何となくその光景が浮かびはするが。


「あー!!無理無理!!一個ならともかくこの数は無理!」  


 そんなフミカさんの悲しい叫びを無視し、火山岩が着弾するのであった。

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