第13話 望外

 帝国立中央学院。

 実力と才能があればどんな人物でもその門をたたくことが許される、イシュトゥリア帝国で一位二位を争う名門の学院だ。

 芸術、食、武術、学力……本当に、何でもいい。

 いいんだ、いいはずなんだ。

 だけども……。


「ここまで自由だとは思っていなかった」


 まず、服装が制服じゃあない、というのが個人的に異常だ。

 軍人なので、服装は基本統一されたものでないと落ち着かない。ある種の職業病だと自覚はしている。

 さて、今日はとりあえずフミカさんに会いに来た。

 フミカ・ブロッセム・イシュミール。カレンさんの一つ年下で、俺にとっては異母姉になる。

 こと知能に於いてカレンさんよりも上を行くフミカ姉さん。カレンさんは現場で輝くタイプでフミカさんは会議室などの後方で輝くタイプだ。

 そんなフミカさんだが、今はとりあえずでここの学院で講師をしているそうだ。

 とりあえず、でここの講師になるというのは傍から見れば割と気が狂っている。

 なにせ、講師・教職の募集人数に対し、その数のおよそ五百倍の倍率の試験を通す必要があるのだが、フミカさんはその試験を一発でパスしたからだ。

 それをとりあえず、の一言で済ませてしまうあたり異常なのだ。


「さて。とりあえず職員室に行かないと行けないんだけど……」

「あれ?!アレってルシウス軍曹じゃね?!マ!?」


 なんか絡まれそうなので、素の自分を外向けの性格へと切り替えた。

 世間での俺のイメージは「冷静沈着にして鋼鉄の心を持つ天才」らしい。

 ……道すがら、学生の趣味に話を会わせるために買った雑誌に書いてあった。

 俺は同年代の人間と遊んだ記憶が十年近く存在しない。

 なので、話題の獲得方法とか流行っている物、関心が向かれやすい物、というのが分からない。

 俺のことを指さして有名人だと確信したその子は何も気にせず俺に話しかけた。


「ねね!君って噂のルシウス軍曹だよね?!ね!」

「そうだが。…何か用?」


 服装やら爪やら髪の毛やら、やたらチャラチャラした女の子が俺に話かけてきた。

 人見知りされない、というのは嬉しいがこの距離間はなんなんだコレ。


「おぉ!すっげ!モノホン!」


 ものほ………何?

 話している言葉は同じはずなのに、意味が分からない。

 未知の体験であった。

 言葉に圧倒され、気おされるのは初めての感覚だ。

 怖いとかではなく、分からない。口を出したくない。

 と、俺が若干困っているとその女の子の後ろからひょこっと一人、もう一人女の子が現れ――。


「レーナさん、軍人さんが珍しいのは分かりますが、距離間を大事にすべきだと私は助言をしますね」


 見覚えのある……見覚えしかない顔だった。

 とても、懐かしい顔だった。

 この子は、何も憶えてないだろうが。


「いや、でもこの人見てみ!?マジモンの軍曹さん!やば!私らと同じくらいの歳でこれ、ヤバくね!?」


 と、俺が完全に他の事を考えていても、このレーナ、という少女の話し方に呆気に取られている、と解釈されツッコまれなかった。

 ……とりあえず。この子の語彙力の方が『ヤバい』のではなかろうか。

 普通、もう少し言い方があるだろうに。


「わ、私の友人が無礼をしまして、すみません。多分、ニュースの有名人が目の前に現れて、テンションが上がっているんだと思います」


 レーナの友人である少女が、頭を大きく動かしながら謝罪した。

 ……君の友人であれば怒らないよ。

 まぁそもそもこんなことで怒らないが。


「いや、気にしてない。……それより、あんず………じゃない。君に一個聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょう?私にわかることならいいんですが……」

「そんなに難しくはない。フミカ女史のいる所まで案内して欲しい」

「あぁ!それならお安い御用です!なにせ私、これからフミカ先生の講義を受けに行くとこなので!」


 レーナ、という少女と別れ(なにやらサインを求められたが断った)、俺は少女と一緒にフミカさんのいる所まで歩いていた。

 ……この子の名前は、杏子。杏子・ウィシュカルテ。

 歳は俺よりも二下。

 かなり込み合った、深い理由があって生き別れた、俺の妹だ。

 名前の綴りが俺やカレンさんと違うのは、家の意向によるもの。

 本来なら「アンズ」となるが、極東の国家で使われている形式の字になっている、とのことだ。

 杏子と道すがら、ちょっとした雑談をする。


「ところで、フミカさんの授業って、何の授業か聞いても?」

「魔法です。『魔法概説』ですね」

「えらくさっぱりしてるな」

「一年生ですので。基本は概説講義ですね」

「じゃあ……君の専攻は?この学院、なにかしらは特化してないといけないらしいけど」

「私は医学系……正確には薬学専攻です。本当は外科医になりたいんですけど……。血を見るのが怖くて」


 杏子によると、一年次から五年次まであるこの学院での生活は、

 一年次は基礎・概説科目。ここで自分の専攻学問に加え、専攻と関係のある科目を選択するらしい。

 二年次は概説・応用・発展科目。一年次に学んだことをより深化させ、専門性を高める、という物。

 三年次は実習。一、二年次では座学であったが、三年次は各自に分かれて現地実習による体験学習らしい。

 四年次は人によるが、基本は一、二年次に取りこぼした科目の再履修や、自分の興味のある分野の学習など、一年間の自由時間。

 五年次は卒業研究や製作、就活といった具合だ。

 後半二年間は割と緩慢な予定に見えるが、卒業研究等がとんでもなく難関らしく、中々卒業にこぎ着けることが出来ないことが多いらしい。

 なお、杏子であれば医療分野の薬学専攻だが、この国の医療技術は魔法を用いつつ科学や機械に頼るといったここ近辺の国でも異質なものである関係上、医学系授業に加えて魔法選択が必須ということになる。

 医学と魔法……どちらも一筋縄ではいかない科目だが。


「あ、さっきのレーナさんは服飾系ですね。彼女、稀代のファッションデザイナー候補としてこの学院に呼ばれてきたみたいです」

「まぁあのセンスは座学向きじゃない、な」


 聞けば彼女、現時点で既に服飾関係で割と名が売れている人物らしい。

 まだ学生の身分なのでそこまで大きい店やブランドを動かすことが出来ていないだけで、ほぼ特待生の枠だという。

 ……俺の知らない世界だ。

 とはいえ、俺も軍学校を十歳で入学させてもらった身だ。そう考えれば俺の方がおかしいか。


「それで、軍曹さんはどうしてここに?」

「三日後から、ここで講師をやることになった。そこで、知り合いのフミカ女史にアドバイスか何かもらえれば、と思って」

「わぁ!すごいです!なんの講義ですか!?」


 杏子は屈託ない笑顔を俺に向けながら、会話を続けてくれる。

 ……この子は真っすぐに育ったんだな。

 血を見るのが苦手な身ながら医療従事者を目指し、誰かの為にその身を粉にする。

 確かに、この子は俺の妹だと強く再認識した。

 出来ないことを嘆くのではなく出来ることを全力で為す。

 誇り高きその精神をしっかりと彼女は受け継いでる。

 こうしてこの子の顔を見れただけで俺は今まで戦い、生きてきてよかったと思える。

 杏子の人生に…いや、この子らの人生が少しでも明るくなればいい。

 自分が汚れようと、何をしようと。


「えっと……自衛術」

「一部マニアから絶大な支持を受ける講義ですね」


 何の層だ。そいつらは。

 貴族の多いこの学院は、警備員やら軍関係者の出入りもあるしで割と自衛する必要が無い、というのがカレンさんの言い分だったが、なぜだろう。

 何とも言えない嫌な予感がしてきたのだが。


「講義のスパンはどのくらいですか?」

「週に一度。……時数が少ないから、本格的なことは出来ないと思うが」

「それって、何曜日です?」

「……ジュピテルの日。四限の講義だ」


 ムン、マーゼ、マキュラ、ジュピテル、ヴェニ、サテラ、サン。

 この七日間を一塊として、一週間。それを四回で一か月となる。

 今回、俺は二か月間ということで八回の講義を行うことになっているが八回ではそこまで大きなことできないので、簡単な体術だけを教えることになるだろう。

 であれば、軍学校でも最初に習った柔術を怪我無く安全に出来るようになればいい。


「ジュピテルの四限なら……空いてます!試しに行ってみてもいいですか?」


 ……杏子の体型はやや小柄だ。身長も150センチあるかどうか。

 自衛以前の問題がありそうだが、学ぶ機会を奪うことはしないし出来ない。


「学生が学びたいのなら、俺にそれを拒む権利はないだろ」

「ありがとうございます!」


 ……望外の状況になりそうで、俺は胸が躍った。

 こうなると、準備にも力が入るってモノである。

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