第16話 妹重要。最優先。大事

「ん?もう時間か」


 講義時間終了を知らせる号令が教室内に響いた。

 時間にして2時間。割と短いな。

 俺はそれなりに書き込んだ黒板を前に最後の締めくくりをし、教室を出て行った。

 いくつか見知った顔があったが、ここで勉強していたか。


◾️


「じゃ、今日だけだったけど基礎の講義お疲れ様。これを覚えておくと今後魔法の習得が楽になるから今寝てる奴にも教えてあげてくれな。それじゃ終わり」


 バタン、とルシウス軍曹が出ていく音でおそらく教室にいるみんなが一斉にノートを取り始めたと思う。

 かくいう私もその一人だ。


「ねぇ、杏里」

「ちょっと待っててください。ノート、取り終わってないです」


 とんでもない講義でした。

 フミカさんの講義もわかりやすいのですが、今し方受けたルシウス軍曹の講義はその上を行っていたのです。


「いやぁ……聞き入っちゃったよね。なんていうか、今まで見てた物が変わったというか」


 そう言って私の数少ない友人のスオーがパシャ、と携帯で黒板を写真に収めた。

 ……書いた方が覚えるのではないでしょうか。


「……確かに、そうですね。今までの私たちは『覚えること』を重点的に学習していましたが、今回のお話で根本が変わったというか」


 ルシウス軍曹がした講義。

 それは魔法信者の一部の人間が聞いたらめちゃくちゃに怒りそうな内容だったのです。


◾️◾️


「よし。じゃあとりあえず教科書を閉じて。見ないで。見るな」


 その人は教室に入って、号令をかけさせるなり教科書を閉じるようにいってきた。普通の講義であれば、教科書を使うのが当たり前だが、根本的に違うことをしようとしているのだろうか。

 おそらくこの教室にいる人たちは同じことを考えていたでしょう。そんな自信が生徒たちの間にはあった。


「魔法、というと魔力を体に流して使いたい魔法の呪文を詠唱するのが普通だ。それは俺もだし、フミカ女史も、大将も元帥殿も変わらん。

 ……が、そこに対して疑問を持ったことがあるだろうか。……おそらく無いだろうな。君らはそれを『当たり前』としていて、根本的な疑問を自ら遠ざけたのだから」


 魔法は魔法で、魔力を体に流しながら詠唱すれば発動するものじゃないのか、という空気が教室に充満した。


「さて、誰か一人俺に向かってなんでもいい。挙手した上で魔法を放て」


 そういうと、学生のうち、誰かが挙手をして、軽く魔法を放った。


「"炎の矢よ"」


 それをルシウスは素手で叩き落とした。

 もちろん、教室内には焦りが充満した。


「……うん。やっぱり弱い」

「っ?!」


 弱い、と言われて魔法を放った少年は少し怒った。

 

「今、君は何の気なしに魔法を使ったな?」

「ぇぇ、はい」


「じゃあ、今俺が弱いと言った理由がわかるか?」

「威力が足りなか、」

「違う。そんなことは問題じゃない。そもそも使い方次第で魔法の威力なんて簡単に変わるからな」


「俺が言っているのは、魔法に対する理解の弱さだ。……そうだな。包丁に例えようか」


「包丁とて、振り下ろせば食べ物を簡単に切る物だが、それだけでは完全な使い方ではない。では、包丁はどう使うか」


「振り下ろすだけでなく、刃を入れたら引いたら押したりするだろう?そうすれば、より色々な物を楽に切ることが出来る」


「それと同じ。ただ詠唱を行い、手を構えただけで完全な魔法が使える訳もない。……君たち、いやこの国の8割くらいの人間はわけもわからず包丁を振り回している猿と大差ない」


「だが、今から俺のする講義を聞けば少なくとも猿ではなくなるわけだけど……。退屈だから聞き逃していいよ、ほんと」


「まず第一に魔法がなぜ魔法として世界に出力されるか考えたことはあるか?」


「いいか?魔法というのは『超高度な自己催眠』に他ならない。……そうだな」


「俺は!同性愛者だ!」


「……今、ここにいるほぼ全員の俺を見る目が変わったな?……あ、嘘だからな。俺は普通に女性が好きだからそこは間違えてくれるなよ」


「……で、だ。今、俺が適当にこいた嘘でさえ、皆からしたら心理、思考に混乱ないし何らかの変化をもたらす。そして、魔法の詠唱の催眠性というのは、もっと深い部分にある」


「本来、人間は魔法を使えない。できることは魔法のように科学を駆使することだけだ。

 ……だが、俺たちは魔法を使える。それはなぜか。それが催眠に繋がるというわけだ」 


「『出来ないことを出来るようにする』というのが極端な結論だ。『自分はこうすれば魔法が使えるようになる』という自己催眠を自分で掛けるわけだ。詠唱はそれを可能にする、拳銃で言うところの引き金に当たる」


「さっきの分かりやすい嘘でさえ動揺したりするんだ。……魔法を使う時に無意識的に叫ぶ言葉の意味なんて、意識しないだろ?となれば面白いほど体と脳は催眠に掛かる。……さて、お猿さんたち」 


「今から君たちに教えるのはより強い自己催眠を行うための講義だ。ただの猿から人間に成る準備はいいか?」


◾️◾️◾️


「ってあの内容だからねぇ……」

「はい。今後の魔法取得にかなり重要な物でした」


 ルシウス軍曹さんが行った講義は、今までのようにただ魔法の知識を覚えるだけでなく、その根本を理解させる内容だったのです。

 魔法力学、魔法熱量の法則、魔法ベクトル……その他多数の魔法を扱うにあたり必要な基礎知識と理論を展開させ、板書を余白なくしていったのです。


「んな。ルシウスすげぇんだな。本当に軍人なんだなぁ」

「あれ、スオーさん知り合いなんですか?」

「うん。うちの喫茶店によく来るよ。前もピザトースト食べてった」


 ……それ、顧客情報なのでは?と思いましたが、スオーさんにこの手の事を聞いても倫理観皆無なので多分笑ってスルーされるでしょう。

 無視です。無視。


「……行ったら会えるかな」

「あれれ?ほの字?ほの字?」

「いつの時代の言葉ですか……まったく。違います。質問です。わからないところがあったので」


 ほの字なんていつの時代ですか。きょうび聞きませんよ、その言葉。


「杏里が理解できてないならこの教室でも完璧に理解できた人は五人に満たないんだろうねぇ」

 

 私とて頭はそこまで良くないんですけどね。

 足りないと思った部分を復習したりしてるだけなので、天才だとか、そういう訳ではないです。

 それよりも。


「錬金術師に魔法が必須だからこうして講義を受けましたが、ここまで基礎が面白いと専攻を変えるか悩みますね」

「錬金術に興味ないの?」

「ないわけじゃないですね。私はあくまでも杏子のためにここに来てるので、やることは別に何でもいいんです」

「でたシスコン」

「姉として当然です。私には彼女を守る義務があるので」


 私はお姉ちゃんです。妹重要。最優先。大事。

 これは常識です。


「とりあえず、今日はもう講義ないんでしょ?ウチ来なよ!割り引くよ」

「そうします。……さて、杏子を呼んでこないと」

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