第17話 彼女の話

「「いただきまーす!」」

「はいよー」


 杏子の講義も終わり、私と杏子とスオーさんは喫茶店『魔女のカンテラ』にやってきました。

 ここに喫茶店、味は普通なのですがお茶が美味しいんです。

 私は海の幸パスタ、杏子は山の恵み定食を頼み、舌鼓を打っていました。


「んん〜!美味ひいれふねー!」

「コラ杏子、口に食べ物入れたまま喋らないでください」


 普段は礼儀正しい杏子ですが、こうして誰の目のない自由な空間だと子供っぽくなってしまうんですよね。

 ソースがついて汚れてしまった杏子の口を拭いつつ、私もパスタを頬張ります。

 うん、特筆するほどおいしいわけではないですが、安心する味です。


「二人が来てくれて助かったよ〜。今月の来店ノルマ、ギリギリ届いてなかったからさー」


 制服を着たまま厨房に入っていたスオーさんが洗い物をしながら朗らかに笑う。

 地味にここの料理はスオーさんが全部一人で作っていたりします。

 おそらく、速度と完成度がそれぞれ比例、反比例している形なんだと思います。


「安くひてもらっへも平気れす?」

「うん!そこは平気。本当にギリギリだったのよね」


 もっきゅもっきゅと咀嚼しながら値引きについて杏子が再度尋ねる。

 あ、私も気になっていました。だって半額でいいって言われると、なんか不安なんです。


「あ、そういえば聞いてください杏里。今日の魔法概説の講義に、ルシウス軍曹さんが来たんですよ」

「あれ、私の時にも来ましたよ。フミカ先生がなぜかいらっしゃらなかったので、代わりですかね?」


 フミカ先生、聞くところによると服が焼け焦げたままどこかに連れていかれたとかなんとか。

 なんなんですかね。フミカ先生、そんなに戦うイメージが無いので……。


「あ、そっか。あんじーの時はフミカ先生とルシウス、ばっちばちに戦りあったって聞いたよ?」

「あれは……はい。凄かったです」


 あ、そういえば杏子はそれを生で見てた当事者でしたっけ。

 軍曹さんがどう戦った、とか聞いてもいいですかね。

 と、話が盛り上がり始めるとチリンチリンとドアベルが鳴り、一人の青年が入店してきました。

 あれ。見覚えある顔……。


「……まだやってたか。助かる」

「お、噂の人だ。いらっしゃーい」

「……?まぁいい。チキンステーキ一つ頼む」

「はいよー」


 ルシウス軍曹が、何か疲れた顔で店に入ってきたではありませんか。

 ……講義の後に、何かあったんでしょうか。


「…………あ」

「杏里!軍曹さんです!」

「見ればわかります」


 杏子がルシウス軍曹を発見すると、何か嬉しそうな笑顔を浮かべながら指さしていました。

 ってお行儀悪いし指さすなんて下手すれば斬首刑ですよ!?

 本人、そういうの気にし無さそうなのが救いですが!


「……食事が終わって、チャンスがありそうだったら話しかけてみましょう」

「はい!」


◾️


「………」


 突然だが、俺は今困っています。

 講義を代理で一つ終えた後、緊急で不審者情報があったのでそれを解決して、事務処理を終えた後にいつもの喫茶店に夕食を摂ろうとしていた。

 喫茶店の一番端の、人の目につきにくいテーブルに座って読み損ねた朝刊を読んでいたのだが。

 じ―――――――っと。

 じじじ―――――っと。

 テーブル席の、向かい側に。


「「……………」」


 可愛らしい少女の二人組に、見つめられています。

 落ち着いて夕飯も食べられんのだが。

 話しかけるべきか、否か。


「……ねぇ、君た」

「「なんですか?!」」


 思わず、話しかけてしまった。

 案の定、とんでもない反応速度で二人が当時にテーブルから身を乗り出して急接近してきた。

 ……昔からだが、相変わらず顔がいい。容姿端麗に育ったのはご母堂様の遺伝だろうか。


「その…怖い。何かしたか?俺」

「いえ!ただ気になったから見ていただけです!」

「杏子の言う通りです!私たちはたまたま、軍曹さんを見ていただけで!」

「……そう、か。」


 たまたま、ね。

 たまたま俺が店に入ってきた後に二人がここに座っただけだと、この子らは言いたいわけだ。

 まぁそれなら後から来た俺のことを見たくもなるだろう。

 まだ疑問は残る…というか、増える一方なのだが。


「……なんで俺の向かいの席に座り始めたんだ……?」

「たまたまですね」

「そうか」


 考えるのは止めよう。

 この子たちが先に座った、というのであれば俺が移動すればいい。

 幸い、料理はまだ来ていない。後でスオーに言って、違う座席に物を運んでもらえばいいだろう。

 と、俺が荷物を持って立ち上がると同時に、杏子と杏里の二人も同時に立ち上がり、俺の前に立ちはだかる様に道を塞いだ。


「……じゃあ、なんで俺が動こうとすると行き先を阻もうとするんだ?」

「たまたまじゃないですかね?」


 こんな偶然があってたまるか。

 さて、この子らの目的はなんだ?何か、気に障ることをしただろうか。それとも、なにか気になることでもあったのだろうか。

 ……干渉はできればしたくない。この子らの人生から、俺はフェードアウトするべきだと思うんだが。

 どうやって離れて行ってもらおうか。


「何がほしいんだ?金か?」

「そんなことじゃないですよ?!ただ、お聞きしたいことがありまして」

「?」


 聞きたいこと。

 ……この子らとの接点を考えると、あまりこういった会話の元になるような質問なんてあるはずがないのだが。

 ……だって、俺がそうなる様にし向けたのだから。

 俺が、この先の人生で決して勇み足を踏まないように、運命と決別する為に。


「…………何でしたっけ」

「帰る。スオー、悪いが持ち帰って食べさせてもらう。勘定と容器を頼む」


 ……何が口から飛び出してくるのか分からないという恐怖。

 我ながら小心者と思いつつ、俺は退店の姿勢をとる。

 ……本当に、話したくない。話さない方がいい。


「はいなー」

「うわぁぁ待ってください!お願いします!」


 立ち上がり、二人を押し除ける形で店のドアの方に向かおうと歩きだすと杏子の方が俺の左足に飛びついてきた。

 ……子供か?それ以前に、もう片方の足は君が処置したほうだが、その辺はちゃんと考えているのだろうか。


「……落ち着かないから早く要件を言ってくれ」

「………すいません、杏里からお願いします」

「え?私?……じゃあ今日の講義を受けてた者なんですけど、わからない部分があったのでお聞きしたくて」


 なるほど、講義の質問であれば確かに話しかける一要因にはなるか。

 それよりも、だ。


「どこ?説明不足だったか」

「いいえ!私の理解力不足です」


 その謙遜の姿勢も13歳にしては見事としか言えないのだが、その理解力に合わせた説明が出来ない時点で俺の落ち度だ。

 俺は杏里からの質問に答えることにした。

 彼女の質問というのは、『魔法を使った際の効果強度』についてであった。

 俺が講義にて説明したのは『魔法が発動する根本的な理屈』と『魔法とはそもそもどう言った原理の物か』という内容だけだった。

 なので、こうして使った後の強度についてはほぼ関係がなく、なんなら前述した二つの理論からの発展した内容に当たる。

 ……頭が良い。頭脳的な面もだが、発想としてその辺の魔法師より優れていると思う。



「……で、だ。俺が説明した魔法熱力学の第二法則に則れば自ずと答えが見えてくる」

「ん?でもここの方程式に代入する変数候補は?」

「グラフで書き示してみるといい」

「……あ」

「分かったか?……魔法は自身の使った魔力量によってその内容を変化させるんじゃなくて、その込めた魔力の濃さの違いで効果に変化を出すんだ。……原液を薄めて飲むタイプのジュース、飲んだ事ないか?あれと同じだ。あの手の飲料の総量を魔力と置き換えて、口に入れた時の味の変化が魔法の効果と考えれば……」


 乳酸飲料だとか、フルーツ系の飲料。

 ああいった、一度水に還元するタイプの飲料と理論としてはほぼ同じなのだ。

 濃いならそれに応じた効果……味になり、薄いならそれなりのものになる。


「なるほど。味が濃い時は原液を沢山入れた時で、そうすると大元がすぐになくなる……。魔力も、最大値から沢山使って魔法を使えば、強力になるけど魔力切れも早くなる。けど味も効果も、満足感は出ますね」

「あぁ。逆に自分にとって濃い、と感じる具合は飲み物にも魔法にもある。……分かったか?」


 魔力の総量というのは個々人に依って大きく変わるものだが、ここの理論的には変わりがない。

 例えば炎の矢を放つ魔法だけでも、俺なら全力を出せば万単位で射出可能だが、他の軍曹階級の者だと四桁数射出できれば良い方だ。


「あれ、でも魔力の濃さって自分で変えられるんですか?」

「理論上は可能。実行はほぼ不可」


 つまり、現段階では理論的にな解決はあれど、それを為すための術がない、ということになる。

 言葉として理解が出来なかったのか、杏里は首を傾げた。気持ちは分かる。


「また飲み物に例えるが、『ここだけ濃くする』とか『ここだけ薄く』飲む事なんてほぼ無理だろ?」

「あ、確かに!」

「ってのが説明として以上だな」

「ありがとうございました!……これで理解できる学問の幅が広がりました!」

「そうかい。……それで、杏子、君は?何の用?」

「へぇぁ?!えっと、そのですね。変な事を聞いてもいいですか?」


 杏子からの話というのは……。


「昔、誰かと生き別れたりとかありませんでした?」


 俺にとって開けてはいけない、記憶の扉を開けてしまうには、充分なモノだった。

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