第22話 海の底の貝になりたい

「ハァ、ハァ……!」


 危ねェところだった……!

 あのルシウスとか言う戦闘民族、ノーモーションでなんであんな攻撃できンだよ?!

 おかげさまで鼻は潰れたし頭蓋にゃ穴空いたぞ?!

 それに、あの剣撃の速度はなんなんだ?!

 俺の残機があと一個でも少なかったら確実に死んでいた……!

 腕が片方千切れたところで替え玉にすり替わったが、多分正解だなありゃあ。

 今頃めちゃくちゃブッコロされてるね、アレ。


「ンなことより……!」


 あのウィシュカルテのガキ、逃しちまった!アイツを捕食すりゃあオレは確実にに認めて貰えたンだがな……。

 チクショウ、メチャクチャ寒ィじゃねぇか。骨身に染みるぜ?コイツァ。

 やっとの思いで下水道から移動魔法でアジトに帰った。

 体治しながらここまで帰って来れたの、オレすごくね?

 ……っと。誰かいやがるな?


「アレ、戻ってきた。失敗した?」

「テメェ……」


 よりによってコイツかよ。胸糞悪ィな。

 

「まったく。まだ時期が早いというに、何を考えてるのやら?」

「黙れクソ野郎。オレは早め早めにタスクを処理してェタチなの」


 あのガキを喰ってりゃ今頃コイツも瞬殺だったんだけどな。

 というか今でもコイツくらいはぶち殺せんじゃねぇのかな、やってみるか?


「ウィ。そういうことにしておくよ?……あのお方が寛大だからいいけど、普通の人なら今頃、君は生きてないよ?」

「ウッセ。……それよりもあの口ウルセェメスとアマ、どこいった?」


 いつもはあと二人、クソやかましい二人が居たはずなンだがな……。

 やたら鼻につく臭え香水の匂いがないとそれはそれで落ちつかねえ。


「マドモワゼル達は今お買い物さ。ごーこん?なんていう催しがあるみたいだ」

「ゴーコン?なんだそりゃ」

「なんでも、男女がそれぞれ同じ頭数を揃えて果たし相手を見つける食事会だとか」

「んだよそれ最高じゃねェか!」


 いい相手を見つけて殺し合うってのか!そりゃあ画期的だな。

 最近はオレに合う女も少ねぇし、そういう場を使ってぶち殺すのもありだな。


「ま、今は君だ。ギュラ。誰にやられた?」

「ルシウスっつークソ軍曹」

「あれ?!件の少年じゃないか!どうだった?!あのは!」

「人智を超えてンな、ありゃ」

「あっはははは!!なんだいその冗談じみた批評は?!」


 なんでコイツ手ェ叩いて笑ってんだ。

 今までの経過を説明してやっただけなのになんか面白かったか?

 つーか話聴いてる時の目が無駄にかっ開いてて怖ぇな。コイツ。


「もし君のいう通りなら、彼はまだ本気を出しちゃあいないね。よかったね?逃げれて」

「我ながらそこはカンペキだったな」


 かんきゃくひろう?とか言ってる隙に人形を置いて逃げ出したわけだが。

 にしても攻撃の重み、速さ、パワー。本当に15歳か?ってくらいアホみてェに強かったなアイツ。


「はぁー、笑った!んー、この分だと僕もレディ達も計画は先送りが得策かな?」

「知るかンなこと。バレなけりゃヨユーだろ」

「でも、今回もほぼこっそり作戦を完遂したのに嗅ぎ付かれたんだろう?じゃあ、やめておくべきだね。これでボクも、コイツの育成に力を捧げるよ!」


 コイツの能力は悪魔召喚。

 人を食わせて食わせてやっとその力を発揮する、大器バンセー型?とか言ってたな。

 すでに五十人分は食わせてあるらしいが、あのクソ軍曹が五十人程度の人間のエネルギーで倒せる訳なさそだな。

 桁が足りねぇな。


「あら、もう行くのかい?」

「表向きの顔があるンでな」


 表向き、オレは学院の事務員をしている。

 意外だ、なんて言われる。

 当たり前だが、性格も顔も、姿形も変えてある。


 下水路の一つを学院に通してあるから、そこをトンネルの要領で潜って外に出る。

 身体がまだ痛えが、まぁ事務仕事に支障はねぇし気にすることでもねぇか。


「………あら?」

「あん?」


 出口を開いて、身体を変えたように見せる魔法を掛けようとしたらなんか見覚えのない女に待ち伏せられてたんだが。


「こんなところで会えるなんて奇遇ね?」

「ハァ?誰だお前」


 見覚えはねぇな。

 黒髪ロングで胸がデカくて華奢な身体。

 そのくせバカ長い刀?を持ってやがる。

 そんなシルエット、一回見たら忘れるワケないんだが。


「あら?私を知らないなんて……おかしいわね?」

「何いってんだ?お前」  


 真面目にオレには覚えがない。

 適当にあしらうか殺すかが楽な解決策だわな。


「『数突あまつ乙女』」


 オイ?!オレより早く刀抜いてめっちゃ早く連続で突いてくるんじゃねぇよ!

 クソ軍曹より遅いから余裕で躱せたけど当たったらケガすんじゃねぇか!


「っぶねぇなぁ!オイ!ガキ!誰だテメェは?!」

「まだ、わからないのね?」

「ったりめぇだろ!」


 コイツ、ぶっ殺してやろうかな。

 今ここで一人誰かが死んでも特に問題ねぇだろ。

 んで、問題はコイツが誰なのかだが……。


「私の名前はサツキ。サツキ・ロゼッタ」

「ロゼッタぁ?」

「えぇ。アナタが十年前に殺したハヅキ・ロゼッタの妹よ」


 ハヅキ?んでもって、ロゼッタ?六氏族の、ロゼッタ?


「お前、まさかアイツの……!」

「えぇ。初めまして。姉がお世話になったみたいね。恩返しに来たわ」

「やめ……!」

「『血取チドリ!』」


 コイツ?!首の血管を正確に斬りつけに来やがった……!

 つーか、それよりもだ!


(コイツ、さっきの野郎よりも遅ぇけど、リーチがダンチだぞ?!)


 思えば、あのクソ軍曹は普通の支給用軍人用サーベルだったが、コイツが持ってるのはコイツ自身の身長くらいありそうなバカ長ぇ刀!

 そりゃリーチはダンチだな?!


「『スヴニール・ドゥ……』」

「ちィッ!」


 とりあえず、素顔は割れたが仮面は割れちゃいねぇ!

 ここは撤退が得策だ。

 『煙幕が撒かれたような幻覚』を見せる幻惑魔法を起動して、その間に……!


▪️


 え、ちょ待って?!?!煙?!?!何何何!毒?!不味そう?ヤバイ!?

 消すか?!いや退避の方が早いか?!

 あ、まず。煙こっちまで来た?!

 息止めて、目を瞑って……!


 そ、そろそろ大丈夫、かな?

 そっと、そっと目を開けて……。


「あ?!逃げられた?!」


 というかそうよね!煙幕を焚くってことは逃げるってことを宣言してるようなもので私はそれにまんまと引っかかったおバカってことね!


「あー!!もう!やんなっちゃう!!もう!もう!」


 悔し!ちょー悔しい!

 なんか押し切れそう、って思ってただけにショック!凹む。すごーく凹む!

 あああ……死にたい。殺ちてくだちゃい。


「落ち着いてくださいませ、お嬢様」

「無理よー!!あーもう!ショック。あーあ。寝込むわ。ごめんしばらくそっとしておいて」

「いえ、お召し物が汚れます。アナタ様はどうでもいいのですが」


 洗濯か面倒だとかなんかメイドが何か言ってるけど立ち直れる気がしないわ!無理よ!無理!

 だって、だってぇ!


「…………ルシウス軍曹が逃した分を討伐していい顔させないぞ作戦、失敗ですね」

「言わないでぇ……」


 私が気にしてたこと、どうして言っちゃうの……?

 もしかしてルシウスにもバレてるかな?!そんなことないよね?!

 私がどうしようもないぽんこつで、見栄っ張りな性格ってバレてないよね?!


「それにしても天才剣士(笑)のお嬢様から逃げるとは、なかなかやりますね。お相手」


 うぅ。やっぱり肩書だけ。立派なのは肩書だけ。

 本当の私はこんなにも真面目なくそざこ剣士なんです。

 刀だって、降るというより振られてますし。

 出来ることなら海の底の貝になって余生を過ごしたいです。かしこ。


「やっと素性を掴んだのに……。ルシウスもいいタイミングで動いたのに……私、何も出来てない……」


 爆発事件は完全な想定外。

 変数的事件だったけどこう言った時のルシウスは勘が冴えてるし、案の定アイツをあそこまで追い詰めてたんだから……。

 私だって、ちょっとくらいはドヤ顔したかった……。


「あーはいはい。帰りますよー。私から当主様にも今回の件は誰も悪く無いと口添えをしますので」


 私お付きのメイド……あずまは基本的に対応が塩。

 そうよね。当主……パパには思うことあっても私には何もないものね。

 そんなこの子が、とっても優しい……!


「優しい……。あずまが優しい……きっと相当なミスをしてしまったんだわ……」


 きっと私は後五年はこの話題でイジられるでしょう。

 うわーん!!もう終わり!私の黒歴史確定!さようなら!!!


「めちゃくちゃ面白いですね、このお嬢」


 面白いのは私の惨めさとあほ面なんだよぅ……。

 うわぁ……。恥ずかし。

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