第21話 偃蹇

「中尉殿?殿!」

「女だからって殿呼びが合ってるか確認しなくていいわよ!……で何よ?」


 ジェンダー的に呼び方を配慮しようとする心だけは分かってあげられるけれど、実際に自分が対象になると中々面倒ね。いざという時分かりにくくてイヤだし。

 状況としては、ルシウスが地下に潜った後地上では第六支部隊の半数と第三支部隊による未発動の謎の魔力残滓を消す作業をしている途中。

 けが人の報告と、いかにもな怪しい事態にのみ私に報告をするように言ってある。

 そして今は外も静か。こうして駆け込んでくるってことはけが人の報告ね。


「魔法の痕跡と、未発動の魔法式が多数確認されました!爆破魔法と幻影魔法が主に発動されていたようです!」

「幻影……?」


 あら?違ったわ。

 幻影魔法。これを使うってことは『何か隠したかった』か、『そもそも爆発自体を誤魔化したかった』、『純粋な戦闘用』であることが伺える。

 でも、実際に第六支部施設が半分以上大破しているし、爆破の衝撃もある。

 逃走経路の隠蔽用に使った、と考えるのが妥当。

 であれば―。


「まぁ今は気にしなくてもいいわね。とりあえず第六区画の安全は確保出来たのかしら?」

「概ね完了したと各隊より報告が上がって来ております!」

「じゃあとりあえず危険度の低い地域から厳戒態勢を解除して住民の誘導をしてちょうだい。第六支部・駐屯所付近と爆破跡地には近づかさせないように。……あとは」


 住民避難に掛かる費用等の見積もりを支持しようとすると、少し離れた位置から煩い足音が近づいてきた。そして、今話していたどっかの隊の伍長?が部屋から出ると同時に、一人の見慣れない兵が臨時執務室に走りこんできた。

 ノックもしないなんて、指導が必要ね?


「ほ、報告です!」

「次はなによー?!」

「重体の少女が一枚、保護されました!」


 怪我人ね。

 報告しなさい、と言ったのは私だけど伝え方が悪かったのかしら。報告義務が生じるのは軍の人間だけのつもりだったのだけれど。

 とはいえ、邪険には出来ないわね。指示はしないと。


「えー?いつも通り看護兵団にお願いしなさいよ」

「いえ、そうしたのですがその少女が気を失う前にルシウス軍曹へこれを渡して欲しいと……」


 携帯端末を渡される。

 画面が割れてるせいで、すごく見にくいけど一言だけ……書いてあるわね。

 ……って待って!そんな事ってあるの!?

 なんで、どうして?!


『杏子が攫われました』


 杏子が狙われる、その理由はざっと五個は思いつく。

 そのいずれも、ルシウス含め、私達一族にとってこの上なく都合が悪い!

 考えなさい。これがどんな意味を持つか……!

 杏里が本当に攻撃されて怪我をして、杏子が攫われたのであれば。

 考え得る結末は。一つ……二つしかない。

 それは、最悪のシナリオになりかねない。


「…………まさか!」


 敵の狙いは、あの二人でもはない。

 この事件そのものが、ルシウスをおびき出すための作戦の一環に過ぎなくて、ここまでが予定調和だとしたら?

 私は慌てて連絡端末でルシウスの非常回線にコールする。


「お願い、ルシウス!応答して……!」


◾️


 ……寒い。地下なので当たり前と言えばそうなのだが。


「地下に穴を掘って潜伏……ね。方策として悪くはないがイマイチ狙いが掴めない」


 ここみたいな地下の回線は有線でも無線でも関係なくダメだし、外に出ようにも下水道を通じてしか移動が出来ないから、追い詰められた時に逃げるのにも向かない。

 だが、一方でここほど籠城に適した場所も無いか。不便な点は織り込み済み。……中途半端に小賢しい奴ほど面倒な物もない。

 袋小路にするつもりが、逆にされてしまうこともあり得るわけだ。

 冷えた空気、湿気を帯びた地下道を進んでいくと、地下にはありえない気配を観じた。


「……ここの壁の向こうか」


 向こう側通路までの間に、謎の空間が出来ているのを感じる。

 軽く叩く。衝撃の反射の仕方がおかしい。


「魔装、展開……!」


 魔力を腕に、薄く広く伸ばしていく。

 魔装、というのは魔力装甲の略だ。

 なんにでも転換可能な魔力という存在を、自分の皮膚よりもより硬く強いものにし、体に付与するといったもの。

 魔力を帯びた俺の腕はそこらの金属では比にならない硬度になった。

 その腕を思いきり構え、腕を振った。


「ドラァ!」


 ドゴン、バゴン!と轟音を鳴らしながら地下道壁が崩れ落ちていく。

 土煙が晴れていくと謎の空洞があり、俺の予想が当たったことを証明した。

 人影が、一つ見える。

 なるほど、人さらいが目的だった、か!?


「ぬふ!ふひふふうぉひーはん!」

「杏子!お前……!」


 猿轡をされ、両手両腕を拘束されて地面に転がされている杏子が居た。

 杏里はどこだ?いや、それよりも今は杏子に集中しないと……!

 剣で拘束具を斬り落とす。

 自由になった身体を一通り確かめ、杏子を抱きしめた。

 無事でよかった。

 もし、この子に、この子たちに何かあったら俺は――!!


 怒り沸騰する俺の胸の中で、杏子は安心した、花の咲いたような笑顔で俺に体を預けた。

 ……軽い。まだ震えている。

 怖かったのだろう。

 守れて、良かった。


「ほふぇ!ありがとうございます、兄さん!」

「んなことはどうでもいい!お前、なんでこんなところで……!」


 そう本人に問いただすより早く後ろに気配が現れた。

 ……コイツしか居ないな?


「それは……オレの所為!」


 誰だ?お前は。

 誰だ。どこの誰だ。

 俺の家族を傷つけるオマエハダレダ?

 

 ころす。

 魔装した腕を振るった。

 当たれば、首から上が消し飛ぶ威力。

 それなんども振るう。

 当たればラッキー、当たらずとも牽制になる。


「ちっ!今ここでこいつらの一族と戦りあうのはマジィ……!」


 何を焦っている?喧嘩を打ったのはお前だろうが。

 何がまずい?お前のその浅慮加減か?

 動くな。一撃で殺してしまうだろう?

 お前は、なるべく痛みを与えてから殺さないといけない。

 俺の一族だがなんだか因縁があるみたいだが、それも現時刻、現時点を以て切れるから関係無かろう。

 処刑の時間だ。来世までその罪を背負って逝け。

 拳を固め、構えずにひゅっと放つ。

 狙いは鼻尖。鋭い痛みを味わえ。


「ハァ……!?お、おま、お前ェ……どんな腕力で殴ッ……!」


 何か言っているが関係ない。黙れ。口を開くな。

 鼻血を出す余裕があるなら、まだ痛めつけられる。

 魔力を腕に、もう一度流す。


「魔装拳『破刑はっけい』ッ!」

「が、はぁ……!?」


 罪を破る俺の拳。

 罪を許す、なんて夢物語は存在しない。つーかさせねぇ。

 この拳は、罪人を刑するための拳。

 頭蓋も、人としての顔も、命も、残しはしない。

 刑罰として発される俺の拳は、如何様な策、肉体を以てしても防げまい。

 壁ごと飛んで死ね。


 吹っ飛んだヤツは壁をいくつかぶち抜いていった。

 普通の人間なら死んでいる威力だろうが、俺はまだ足りない。

 俺の怒りは、まだ到底収まらない。


 脚を燃やした。


「『火脚ひきゃく』!」


 脚を燃やす。

 自分へのダメージフィードバックなど、気にしない。

 気になるものか。

 『破刑』で壁まで吹き飛ばした男の体に連撃を叩き込む。


「『悪狼あくろ踏破とうは』ァァ!!」


 まるで泥濘の酷い道をその脚で踏破するように。

 一歩一歩。一発一発を重く、深く、確実に踏み込む。

 素早く、重く、速く、強く、何度も、何度も。

 どんな悪路でも、慣れれば次第に高速で走れるのだ。であればもちろん俺は悪人の上でさえ走ろう。

 脚を高速で動かし、ヤツの上を走る。

 蹴り飛ばし、踏みつけ深く踏み込む。それを繰り返す。


「死ねッ!死ねッ!死ねェッ!!!」


 念入りに、何度も。害虫を潰すように、たばこの火を消すように。

 原型がそろそろ無くなってきたんで、最期に横薙ぎに蹴り倒す。腕が千切れる。足が皮でのみ繋がっている。まだ殺せる場所がある。

 ……意識が無い?知るか。意識を覚醒させて何度でも殺す……!

 身体が飛んでいったのはまたどこかの壁。

 飛んでいった先で埋まった。

 助かる。殺しやすい。


「抜刀術……」


 足を踏み込む必要はない。

 ただ、体を前に倒すだけでいい。

 そうすれば、自然と身体は動く。


「『偃蹇えんけん』」


 ドズバァ、とわざと鈍く捩じ切る様に剣でゆっくり斬りつける。

 世には無きこの痛み。勿論、意識は回復するだろう?

 あぁ、ホラ!起きた!


「ぁッ……!」

「死ね。死ね。死ね……!!」


 一刀を何度も何度も振るい、刺し、振るう。

 人の原型など、とどめさせやしない。

 死ね。死ね。死ね。

 俺の行い、殺戮は、俺の正義は常に正しい!

 間違えも間違える未来も、存在しない!

 俺の正義は!この世全ての罪への審判の、最終決定権を有する……!

 今回の判決は言うまでもない。


「お前がしたことを、後悔することすら許さねぇ……!!」


 もう全身がひき肉レべルになったところで、最後の仕上げに掛かる。

 肉なのだ。……焼くしかないだろう。


「魔装……」


 魔力を脚に集中させる。

 魔装を使えば火脚とは違い、威力は劣るがノーリスクで様々な技が打てる。

 『』を使い、空中走行する。

 魔力を燃やす。


きゃく!『閑脚火楼かんきゃくひろう』ッッ!!」


 悲鳴も上がらぬ肉体したいを、炎の楼閣で燃やす。

 火葬も兼ねた技だ。

 縦横無尽に地下を駆ける。

 描くのは監獄。

 決して抜け出せぬ、地獄の檻。


「中で焼け死ね。お前の遺体など回収する気にすらならん」



「今、なんと……!?」

「だから、ルシウスを止めなきゃ!!あの子、ここ近辺を消し炭にするかもしれない……!」

「ですが……!」


 連絡に出ない!

 普段のあの子なら十回コールをかけても折り返してくれるのに、出ない!

 なら、もう既に会敵してるはずだし相手は死んでる!

 まず人の原型は残っていないし、骨すら残ってないはず。

 もし。もしあの子が十年前と同じで自分を止められなかったら?

 ……あの時よりも戦闘力も知能も、何もかもが上回ってる!

 マズいわ……!


「フミカ・ブロッセウム少尉に連絡!早く!」


 伍長や兵長など手の空いてる人間を集め、指示する。

 今の時間帯、今日の状況的にフミカちゃんは講義も無いしどこかで遊んでるはず! 

 そして遊んでる時のあの子は携帯で連絡しても絶対に応答しない!だから人海戦術であの子を見つける!

 というか、ルシウスの脅威を知らない馬鹿が伍長にされるのも終わってるわね、この国。


「いい!?あの子、軍曹だからって甘く見ないで!あの子は十五歳だから軍曹止まりなのであって、実力は私達よりはるかに上なの!どう戦っても勝てない子なの!!!本来なら、五人いる大将を纏める総大将になっててもおかしくないし、そうなる存在なのよ!?もしあの子が自分で封印した自分過去を!過去を出したら……!」


 かつて起きた惨劇を思い出す。


 血の池。肉の山。

 屍山血河など、生ぬるい。

 現世に現れた地獄。終わらぬ怨恨。

 尽きぬ怒り。湧き上がる殺意。

 骸を抱えた戦士が全てを蹂躙したあの日。

 臓腑、血、骨、心臓、命、光、日常。

 人だったナニか。死を喰らう獣。生を屠る災害。

 それが生まれた。この世の終局が有った。

 

 それを再現させてはいけない。


 あくまでも予想。確信はない。

 けど、あの子が間違えてしまいそうなら、私は止めないと――!

 『お姉ちゃん』の、私が――!

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