第23話 むん!!

「やりすぎよ」

「……足りないよ」

「やりすぎね」

「まだやれました」

「正直、私も怖かった、です」

「…………」


 禅問答のような、押し問答のような。

 俺はカレンさん、フミカ姉さん、杏子の三人に詰められていた。

 女三人寄れば姦しい、と言う言葉があるがこう言う状況を指すのでは、と思った。

 というか、フミカさんはいつのまにか来ていた。

 そこまでの非常事態になり得た、ということだろうか。


「まぁね?実際、軍事関連施設がこうして被害を被っているからあながち間違った処理じゃないんだけどね?」

「ですよね。俺、間違ってないですよね」

「あのね、ルシウス」

「一般的な話をするんだけどね?」

「はい」


「ブチギレたからって、普通の人間はひと区画の地下道を完全崩落させるまで相手を痛めつけないと思うの。やったとしても腕が脚を斬り落とすくらいで……」

「でも妹が傷つけられたんですよ」


 妹が……家族が傷つけられたのだ。

 それくらいはやっても目を瞑って欲しいと言うか。むしろカレンさんならそれくらいやれ、と言う人では無かったのか?とも言いたいくらいで。

 結局、俺は『閑脚火楼』をした後にめちゃくちゃに暴れていた。


「あのねぇ?」

「『兄だから』。守らなきゃいけないんです。昔、カレンさんが言ってましたよね。『責任の所在』について」

「言ったけど……。今回はまた意味が違うのよ……。今回のは『責任』じゃなくて『落とし前』なのよ」


 その二つ、ほぼ同じ意味なのでは?

 どちらも『取るべきモノ』と言うことに変わらないのだし。


「いや、いいわ……。私が悪いのよ。はぁ。どうやって報告書書こうかしら……」

「俺が犯人拿捕のためにしたと書けばいいでしょう。遺体は残してないですが」


 その場を静観していたフミカさんが大きくため息をついてやっと口を開いた。

 ……本当に、なんでこの人ここにいるんだろう。


「というか私、帰っていい?ルシウスにも何もなかったし」

「そうね。……ありがとう、フミカちゃん」


 そう、と言い残してフミカさんは荷物を手に帰って行った。

 ………学院は?私服でおしゃれしてどこ行こうとしてたの?


「……さて」

「まだ何か?」

「治療。アナタの脚、酷い事になってるわよ?」


 ふと脚を見ると俺の右足はまたしても火傷していた。

 杏子が「治療したのに」、と言う目で見てくるが、これは普通に寝たら治ったあとだからそんな目をしないで欲しい。

 それよりも。この程度の傷は慣れればなんてことはないし、魔法で治せる。

 そもそもだが痛くない。


「忘れてるようだから言っておくけど、『火脚』は努力義務だけど使用自体が控えるよう言われている物なんだから極力、魔装で済ませるように言ってるじゃない」

「別に……歩けるし。走れもするし戦えるから。心配しなくていいよ」

  

 火脚自体、使える人間が俺を含めこの国には百人いるかどうかなので規制自体に意味もなく破ったところで問題はない。

 なんなら積極的に使って悪を誅していきたいくらいなのだが。

 脚を外気に触れさせないように軍制服で隠すと杏子がその手を止めた。


「ダメです!!ち、治療は私に任せてください!」

「気持ちは分かるけれど――」


 治療は看護兵の仕事。

 一般人の杏子がすることではないとカレンさんがために入るが俺はどうせ処置されるならこの子がいい。


「いや、いい。カレンさん。俺はこの子に任せたい」

「……はぁ。はいはい。分かったわ。別段、目くじら立てるような問題でもないし」

「ありがとうございます!!」


 持っていた鞄の中に入っていた治療セット一式の中から薬品と包帯を取り出して不慣れな手つきのまま処理を始めた。


「ふふん。昨日おとといの失敗を克服した私の力、見て下さいね、兄さん!」


 そう言って患部を眺めたあと、動いた。

 ………お。


「あら?」

(……明らかに腕が上がった)


 昨日の頼りにない施術が嘘のように杏子のク腕が上がっていた。

 薬品の選択が早くなっているし火傷の重度を見てその部位ごとに治療法も変えている。

 そして、五分もしないうちに全ての処置が完了した。


「ホイ出来ました!二回目ともなればこんなものです!」

「結構いい腕してるじゃない。流石ウィシュカルテ」

「むん!!」


 カレンさんに褒められ、撫でられて杏子は満足そうに胸を張った。

 張る胸がないのはご愛嬌、と言うことにしておこう。


「失礼いたします!中尉殿!」

「何よ?」


 なでなでする手を止めないでカレンさんは気だるげに応じた。

 ………そうだよな。杏子なら何も言わずに『お姉ちゃん』って言いそうだし、甘やかしたくなるもなるか。


「保護した少女が回復しましたので、ご報告に上がりました!」

「あら、意外に早いわね?連れてきてもらえる?」

「は!」


 短くやりとりをして出ていった兵士が一人の少女を連れて俺たちのいる臨時の作戦室に入ってきた。

 …………無事だったか。よかった。


「あんり!」

「あんず!」

  

 カレンさんの撫で地獄から離れ杏里の下に駆け寄って思い切り双子の姉を抱きしめる杏子。

 その目には涙が浮かんでいた。不安だったのだろう。


「無事でよかった……!もしあなたの身に何かあったらと私、不安で……!」

「大丈夫ですよ、あんり。私は無事です」


 泣き崩れそうな妹の頭をやさしく抱きしめながら杏里は赤ん坊を宥めるような優しい声で慰めていた。

 微笑ましい光景を眺めつつ、カレンさんが杏里の体をぺたぺた触りながら聞きたいことを聞いていた。

 ……胸まで触る必要はないだろうが。


「杏里・ウィシュカルテね」

「は、はい!」

「アナタ、怪我の具合は大丈夫なの?爆発に巻き込まれたって聞いたけど……」


 俺が地下を破壊してた理由の半分がこれだ。

 憂さ晴らし、という訳ではないが何となくあの男が反撃も無く素直に遺体になるとは考えにくかったので、逃走経路を潰すために地下をぶっ壊していた。


「はい。錬金術の応用でどうにか。どちらかと言えば、爆発より瓦礫の所為で怪我してましたし……。とりあえず看護兵さんたちに言ってお薬を借りて、その場で錬金してよく効く軟膏を作って、事なきを得ました」


 しれっと言いのける杏里。

 ほう。機転が利く、というか頭がよくもまぁ回ったものだと感心する。

 本当に13歳の女学生なのか?


「え、あんり、嘘ですよね?」

「え、ここで嘘つく意味も無いですよね?」

「ひょ!?じゃ、じゃあ私が頑張って薬学を専攻している意味、無いですよね?!」


 二人が同時に俺に視線を向けてくる。

 ………確かに、意味はかなり薄くなっているのだが。ここで本当のことを言うべきか、言わざるべきか。

 悩ましいが……言うしかないか。


「……意味がない、とは言わないが、」

「「もっと砕けた感じで話してください!」」


 ……まだ『家族っぽい言葉使い』の強制は続いていたのか。

 今まで一人の時間の方が多かったのもあったし、慣れないな。

 とはいえ、妹のお願いゆえ、叶えてやらないといけない。


「……意味ないってことはないと思うけど、まぁ確かにわざわざ専攻する意味はなくなるかもな」

「うわーん!あんりのおバカー!」


 ……妹を泣かすな、お姉ちゃんよ。

 無自覚の発言だろうが、言われた側は実は傷ついたりするものだ。

 ……いや、俺は傷つけてしまっている側の人間なので、あまりどうこう言える立場ではないのだが。

 と姉妹を眺めていると俺の肩をちょんちょんろ突くカレンさんの姿があった。

 くすっぐたいのでやめて欲しいです。


(ねぇ、ルシウス)

(なんですか)

(魔法と錬金術の併用って可能なの?)

(いいえ。錬金術を使えるようになると、魔法が使えなくなります。逆も同じで魔法が使える者は錬金術が使えなくなります)


 これは意外な要素で原理は解明されていないのだが、この世界は魔法と錬金術の同時習得が不可能とされている。

 というのも『ゼロから一を作る魔法』と『一から異なる一を作る錬金術』の併用を行うと、必ず何かしらの失敗が結果に生じる。

 どんな結果になるかはある程度ランダムで、例えば何もないところから剣を作るにあたり、魔法であれば剣の素材である鉄を生み出して形成して作り上げる。

 それとは対照的に錬金術ではまず素材が必要であり、何もない空間から剣を一本作るには自身の血液に含まれるごく少量の鉄分を大量に使う必要がある。

 過程をすっ飛ばして結果のみを出力するのが魔法。

 結果ではなく過程を重きを置いたのが錬金術。

 医学では『治した』という結果が重視されるがゆえに魔法を用いるのだが、今回の杏里がやったように、『調合』の過程の方が必要な場合は錬金術の方が有用と言える。

 混ぜるだけなら魔法でいいのでは?と思わないでもないが、成分的、効果的に考えて『薬学的観点での調合』をしないと薬として成立しない『薬を混ぜただけの何か』という結果を生んでしまう魔法では薬は出来上がらない。

 ちなみにだが、杏里は魔法が使えないのに以前俺に魔法概説を教わっていたが、これは杏子がテスト前に自分に質問をしてくることを見越してのことらしい。


(え!?でもアナタ、魔法も錬金術も……他のあれこれの特殊な法術を自由に使えるわよね!?)


 カレンさんは魔法を選択しているので、錬金術は使えない。

 だが一方で、俺は錬金術も魔法、その他に『道術』という極東地域に存在する魔法に似た能力や『魔術』という限定条件での使用が前提の扱いに悩む能力など数多くの戦闘関連の術を会得している。

 誰かに言われるまでもなく異常な存在だ。


(母上)

(え?)

(母上のおかげです)

(………………そう)



 ひとしきり解説を終え、双子の言い合いに耳を傾ける。

 ……見た目は髪色と瞳の色以外そっくりだな。 

 杏子は金髪なのに対し、杏里は黒よりの深めの青色をしている。

 瞳は杏子は琥珀色で杏里はヴァイオレット。

 それ以外は本当に瓜二つだ。


「あんりのおバカ!もう知りません!あんりなんか悪魔に取りつかれてしまえばいいんです!」

「なんですかその子どもみたいな物言いは!」


 やいのやいのと喧嘩をする二人を眺めながら、カレンさんは大きくため息をついた。

 これから待っている書類仕事のことを思っているのだろう。


「ま、なんにせよ。平和で良かったわね」

「……そうですね」


 風が吹く。肌を撫でる風が吹く。

 季節は春季。

 これより待ち受けるのは多くの出会いと別れ、そして少しの希望。

 空は蒼く、どこまでも透き通っていた。

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