第3話 飛び降り自殺

「全体、整列ッッッ!!!」

「……よくあんな訓練が出来るな……」


 カレンさんに呼び出された翌日、俺は懐かしの軍学校の第一教場……一番、広い校庭にて軍人志望の学生らが明日の任務に向けて訓練をしているのを、校舎の屋上から見おろしていた。

 昔は、自分もあそこにいたんだと考えると、中々感慨深いものである。

 この国……イシュテュリアは、典型的な軍事国家だ。

 元帥が三人おり、その三人によって国が動かされる、ある意味平等な国である。

 なので当然、軍人になることが所謂いう所の『お偉いさん』になる一歩であり、他国よりも強く文武両道な人物であることが求められる。

 他の国とは違って王族といった面倒な存在はない。少し前までは存在していたが、権力が一点に集中するのは国家運営に於いて利点よりも欠点の方が目立つ。という理由でクーデターが為された。

 その時に当時の王族は本格的な抗争が始まる前に無条件降伏し、権力の完全な剝奪を余儀なくされ、今の形に落ちついた。

 とはいえ、三人の元帥……今では、三帥とも言われるその一人が、当時の王だったりもする。

 矛盾はあれど、道理が通っていれば問題は無いらしい。おかしい話だが。

 そして、目の前ではその道理を通すべく、国の高官、はたまた救世を目指す者たちが切磋琢磨している。


「面倒でしかなさそうなのに」


 正直な感想は、それだけだ。

 俺は色んな意味でみんなとは違う。違わないといけないのだ。

 と、アンニュイな気分に浸っていると、背後から聞きたくない声が聞こえてきた。


「単騎戦闘しか脳がないお前にとって集団訓練は見るのも酷か?」

「……おかしいな。今日は誰も斬るつもりはなかったんだけど……」


 剣を握り、浅く息を吸う。

 さっと振り向いて、体を前に倒した。

 そして、腕を振った。

 刹那の時が過ぎると同時に、金属同士がぶつかり合う音が響いた。

 コイツも、それなりに出来る。


「いやいや待て待て!!予備動作ほぼ無しで十メートル以上を移動して斬りかかるんじゃねぇよ?!」

「お前が遅すぎるだけ。俺は何も特別なことはしていない」


 実際、幼い頃より必死に鍛錬を積んだだけで、特別なことは何もしていない。

 特別なことはあったかもしれないが。


「してんだろ!?」


 無言で首を横に振りつつ、剣を納める。


「……なんの用?婚約者を置いて」


 普段、俺たちは特別な事でもないと会話をしない。

 仲が悪い、とかではなく純粋に俺がコイツを避けているからだ。

 ダンダリオン。それがコイツの名前だ。

 この国は王族は居ないが、少数ながら貴族はいる。

 その基準は、『帝国軍内にて最高地位が大佐以上の人間が血族に二人以上いる事』と『一定額以上の献金を国にしている』ことである。

 前者は、この国の軍人の総数に対して開いている席が少ないという都合上、ほぼ無理だし、後者の献金の額も、そこらの一般の家庭が十数家庭、完全に遊んで暮らせる額を納める必要があり、想像せずとも無理だと分かる。

 実際、この二つの条件をクリアして貴族になった家は六個しかない。そのため、六氏族、なんて呼ばれていたりもする。

 その六氏族のうちの一つであるウォルボックス家の長男にして一人息子。それがダンダリオンだ。

 貴族ともなれば、当たり前だが婚約者がいる。

 普段忙しそうにしているコイツにとって、暇な時間は婚約者の子の為に使うべきなのだが……。


「んだよ自分がモテないからって僻んでんのk……危ねぇ!お前のその動きの速さはなんなんだよ?!」


 とっとと俺より婚約者を優先して欲しく攻撃しているが、なぜかこいつは帰らない。


「というか、お前はさ」

「なんだよ」

「隣国のリリシア姫に婚約を申し込まれてなかったか?なんで断ったんだよ。幼馴染だったんだろ?」


 リリシア。……隣国のコルマンド国の第三王女にして、俺の幼馴染。

 なぜ王女と俺が幼馴染なのかその理由を話すと長くなるので割愛する。

 その幼馴染の顔を思い出しながらダンダリオンの言葉を否定した。


「リリィは……違う。恋愛対象とかじゃない。それに、そもそも俺は誰とも結婚するつもりはない」

「そんなんでいいのかよ?カレンさん、悲しむだろ」

「あの人は関係ないだろ。……俺の場合、親父が親父だったから。どうせ俺もろくでもない人間だ。俺のこの血筋は俺で途絶えさせる」


 これは俺がこうして軍学校を卒業する前には決めていたことだ。

 何が何でもこの呪われている血統は俺で終わらせると。


「ミネルヴァ様、悲しむぞ」


 ダンダリオンは、その名前を出す意味を知っている数少ない一人だ。

 ミネルヴァ。ミネルヴァ様。俺の、戦う理由。

 とても、とても大切な人だ。だが……。


「……俺の結婚にあの人は関係ない」

「そうか。そりゃ悪かった。……さて。俺もあっちに参加してくるとするかね!……ルシウス、お前は?」

「さあな」


 この名前を会話に出す意味は『ルシウスという人間の底を知る者』同士の暗黙の了解として通してもらっている。

 これもカレンさんの優しさだ。

 ダンダリオンは俺の機嫌が悪くなったのを感じ取り、背を向けて屋上から下に降りて行った。

 俺はまた一人訓練中の人間に視線を移し考え事を再開しようとした。

 すると。


「あ、ダンダリオン様!」

「リオンでいいよ、レティア」


 ちょうど屋上の出入口前で、ダンダリオンが婚約者と合流したらしい。

 ダンダリオンの婚約者……名前はフィオ=レティアというらしい。

 フィオとダンダリオンはまだ婚約して数週間だという。

 フィオの家は至って普通の家らしく、玉の輿だったそうで。


「あはは……慣れなくて。スミマセン」

「謝ることでもないさ」

「……ルシウスさんが、どうかされたので?」

「アイツもすっかり拗ねちまったなぁって思ってさ」

「へぇ~。……あ!この後母上が……」」


 ちら、と俺を視ながら二人は階段で降りて行った。

 言葉に一つ、引っ掛かりを覚えた。


(拗ねてる訳じゃない。ただ、納得がいかないだけだ)


 何に納得がいっていないのか。

 俺の悩みは未だ解消しないままだ。

 ダンダリオンらが離れて数十分後、俺は遂に自分も悩み事も馬鹿らしくなって屋上から飛び降りた。


「よっと」


 どこからか、悲鳴が上がった。

 飛び降り自殺を図った、と思われているのだろう。

 だが、そんな真似はしない。

 地上から二メートルくらいの高さになると同時に、俺は空気を思いきり掴み、地面に叩きつけた。

 ブオォン!という音と共に、下降気流と空気だまりを生み出し、空気のクッションを作った。

 そして、そこにふわっと着地し、さっさと歩き始める。

 腹が減ったので、いつもの喫茶店に行くことにしたのだ。

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