第2話 シスコンツンデレむっつりすけべ

「それで、コレが次の任務?カレンさん」

「んもぉ~。カレン『お姉ちゃん』でしょ!?」


 厳格な雰囲気を絶え間なく放ち続ける空間の中に、呑気で気だるげな声が響き渡った。

 俺は、招集がかけられたのでいつも通りにこの部屋に来たのだ。

 その気だるげな声が妄言を放つので、俺は訂正した。


「百歩譲っても『お姉さん』だよ」


 声の主……カレンさんは俺の姉だ。

 血縁上は母が同じではなく、腹違いの姉だが、間違いなく俺の姉だ。

 カレンさんに対して俺は、とんでもない量の混み入った事情しか彼女に押し付けていないので向ける態度が他人より気持ち優しい。

 優しいのだが、カレンさんは口を尖らせて俺の腹をこづくのであった。


「あーあー!昔はもっと素直で私の後ろをついてきてくれるような子だったのに。いつからこうなってしまったのかしら!?」


 カレンさんの言う昔。……正直、思い出す程の過去ではない。

 彼女であれば、俺の身に起こった全ての出来事を覚えていてくれているだろうし、知らないものに関しては記録を調べてくれていたはずだ。

 はずだ、というのは俺が自身の過去にもう触れたくない、というのが大きいからだ。

 カレンさんも、俺が過去のことを無視している……もとい、逃げていることを知っている。

 だから、触れない。

 触れないか定かではない。が、カレンさんはなぜか俺に対してとてつもなく甘やかしてくるし、甘えてくる。

 情けない話だが、もしかしたら俺はカレンさんに依存している節もあるのだろう。


「過去の話は置いておきましょう。……それで、いつから任務及び作戦開始日?今すぐ?」


 過去が絡むと機嫌が悪くなる自覚がある。

 なので、話を無理やりだが本筋へと引っ張った。

 無理な話の転換でも、カレンさんなら察してくれるだろう。という甘えもあってなのだが。


「んもう。せっかち過ぎるわよ」


 俺の意図を知ってか知らずか、カレンさんも話を本筋に戻してくれた。

 座っていたテーブルの引き出しから数枚、何かが書かれた紙を取り出し、テーブルに広げて見せ、説明を始めた。


「その任務は一応、ソリッド大尉が全権限を本部より委任される形で実行される任務なんだけど……。本部が、貴方を指名してこその任務だっていうから、それに合わせた陣形を組むのよ。だから、それが決定し、練度のあげ次第ね」

「……俺には必要ないでしょ。協力とか陣形とか」

「こーら。そんなこと言わないの。……その通りなのは否定しないけど……。今回の任務の詳細を伝えるわ」


 視線をテーブルに移した。

 作戦の内容や諸動作のタイミングなどが細かく記載されており、見ているだけで頭が痛くなりそうだった。


「今回の目標は大規模な麻薬取引グループの『スピーダー』。奴らによる被害額とのべ被害者総数は年々右肩上がり。それで、達成目標の理想は……」


 相手がその手の組織であれば、ためらう必要もない。

 やるべきことははっきりしている。


「そしきの首魁を抹殺ないし拘束。グループの人間は現場処理。そして本拠地内にある薬物の押収。あとは……」

「貴金物の回収も出来ればお願い。奴らがお金を宝石類に変えていた場合、換金して補填とか出来るから」


 現物で金を持っているなら話は早いが、いざと言うときの持ち出しやすさや保管の簡単さから、その可能性は限りなくい低いと見ていいだろう。


「了解」

「それで、作戦本部長はソリッド大尉なんだけど、肝心の前線指揮官が居ないのよね」


 作戦を立て、実行するのにも一人では難しい。

 作戦の進捗の確認もそうだが、なにより普通の兵は烏合の衆。自分たちで考え、動くのは難しい上、そもそも責任問題を恐れることもあり、まず指示がないと動かない。

 だが、俺としてはやは前線指揮官も必要ない。


「必要ない。俺がいれば作戦の有無にかかわらず大体の任務は問題なく遂行できる」

「って、私も思ったんだけどね?やっぱり本部は色々考えてるみたいで、前線指揮官になんと……」


 猛烈に感じた嫌な予感。

 基本的にテンションが高いカレンさんだが、二つ…いや、三つくらい、例外的にテンションが三倍くらいになるときがある。

 その一つが、俺と出かけたりすることなんだ、け、ど……。


「待って、まさか……」

「そう!私です!」


 ぼーん!と自分の口で効果音を付け足しながら、平均よりも大きい胸を張り、自慢げに仁王立ちして堂々と立つカレンさん。

 正直、このテンションの時のカレンさんは面倒だ。


「若き天才軍人の私と、史上最年少で軍学校を入学、卒業したアナタでの任務よ!」


 きっと、あからさまに嫌な顔をしていたのだろう。

 カレンさんは俺以上に不服そうな顔をしながら唇を尖らせた。


「……なによ、その顔」

「いや、別に」

「あー!『自分で天才とか言うんだ、この容姿端麗頭脳明晰八方美人かんぺきお姉ちゃんは……』って考えが頭の中を大回転してるみたいな顔!」

「んなこと考えてねぇよ!自分でんなこと言ってんじゃねぇ!」


 怖い。こちらの考えている事の八割くらいを言い当てられた。

 これが女性の勘ですか。


「あら。八方美人、否定してくれるの?」

「……まぁ、少なくとも八方美人じゃないだろ」


 この辺はその通りだと思う。

 カレン・ブロッセム・イシュミール。

 大本の家系は俺と同じ人間だが、腹違いの姉。

 彼女の実家であるブロッセム家の三姉妹はとにかく顔が整っている上、頭も良い。

 カレンさんの妹も、並みの家系では三世代分以上の教材研究時間と資金が必要だとされる軍学校の就職試験に一発合格するなど、かなりの天才っぷりを発揮している。

 なお、カレンさん本人は学力的な才能は勿論だが、軍略や政といった、人を動かす方向での才能が凄まじい。

 正直、頭脳だけではカレンさん含むブロッセム家には敵わないとすら考える時がある。


「あらあら~!このシスコンツンデレむっつりすけべー!」

「夥しい理論の飛躍やめろ」


 そんな天才だが、この姉。とにかく俺を溺愛する。

 めちゃくちゃに俺に対して甘い。

 かれこれ今年で十年目の付き合いになるが、初めて会った時から距離間が近すぎた。

 嫌ではないが正直、目のやり場に困るしいい香りがするし色々柔らかいしで困る。

 俺が思春期の男である。ということを忘れている節すらある。

 ……かといって、変な感情は沸かないし変な気も起こさないが。

 とんでもない理論の飛躍をぶちかまし、俺を撫でまわしているカレンさんだが、仕事となれば襟は正す。

 厳かな雰囲気を放つ扉がノックされた。


「いいわよー!」


 ぱっと俺から離れ、自分の崎に座り、腕を組んでイメージ造りに勤しむカレンさんを呆れた目つきで見ながら、俺は部屋の端に退いた。 


「ご歓談中、失礼いたします!」

「歓談……?」


 ガチャ、とそれなりに若い(とは言っても俺より年上だが)男が巻かれた紙と共に入室してきた。

 それよりも、部屋に入ってくるなりとんでもないことを言い出したそいつの顔を睨みつけてしまった。


「ひッ……!そ、ソリッド大尉からの電報であります!」

「はーいご苦労様。他に何か連絡等はあるかしら?」

「いえ、失礼いたしました!」


 俺の顔を怯えながらガン見して部屋から出て行った男の背中を見送りながらカレンさんは届いた紙を広げ中身の確認を始めた。

 さっきまでのふざけた空気はどこに行ったのか、真面目な目つきになったカレンさんはペンで数か所、書き込みを始めた。


「さて、どれどれーっと。……うん。すごい合理的。うん。すごい」


 すごいすごい、と子後もを適当にあしらうような口ぶりで内容を確認しお終えたカレンさんは適当に紙を放り投げた。


「語彙力どこに行ったんだよ。……見せてください」

「下着?それともおっぱい?」

「電報だよ!」


 この手のくだらないジョークも慣れた。昔は変に反応してしまったが、今では余裕の対応が出来ている。

 ジョークを流しつつ、放り投げていた紙を拾い、中身を確認する。


「……あー……。うん。こうなるよな。俺でもそうするってか、普通そうなるのか」


 作戦の概要書だった。

 内容は至ってシンプル。

 目標を大きめな円で包囲し、俺が一番中心から追い立てていくのを一網打尽にする、という策だった。

 作戦遂行人数が尋常ではない。物量作戦に出るようだ。

 俺とカレンさんが組むのであれば余裕で遂行可能だ。


「これなら練度も何も関係ないから……今すぐにでも作戦を開始しなさい、って上から言われたのをひしひしと感じるわね」

「とりあえず作戦開始は二日後。市民への作戦開始通知及び一部市民の避難を行ってるからか」

「そうね。麻薬問題だもの。今すぐにでも解決はすべきだもの」


 殺しや窃盗、誘拐はまだ対処が簡単だ。元凶をどうにかすればよいからだ。

 だが、麻薬問題となると話は変わってくる。

 依存症に陥った被害者による二次被害が怖いからだ。

 そんな思考を無視するようにカレンさんは俺に声を掛けていた。


「さてさて!アナタはさっさと武器の手入れをなさいよ?またなんか斬ってきたでしょ?」


 ……やはり、バレていた。

 隠すことも無いので、正直に白状した。


「ここに来る前に、変態を一人」


 あの少女が、なぜ路地裏にいたのかは理解できないが、無事なはずだ。

 カレンさんの眼が厳しくなった。


「殺したの?」

「いや、両手首だけ落とした」


 綺麗に斬り落とした。

 血しぶきを剣につける、というような下手な剣術はしない。


「そ。アナタが無暗に人を斬るなんてないから、多分面倒ごとに首突っ込んでたんでしょ?」

「大体そう。……やっぱり、分かる?」

「普通は分からないけれど、アナタが相手なら分かるわ。だってアナタ、何かを斬った後、露骨に剣を隠したがるもの」


 俺のことを本当によく見てくれている。

 嬉しい反面、時たま恥ずかしかったり気まずかったりもする。

 今回は少し恥ずかしさが出てきてしまったので、俺もさっさと支度に戻る。


「……手入れしてくる。また二日後、ここに来る」

「はーい。それじゃまったねぇ!」


 カレンさんの陽気な声に見送られながら俺は部屋を後にした。

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