その少年、最強につき
綾
ひとりぼっち
第1話 かくして少年は少女を救った
「きゃあぁぁぁ!!!」
日の光の届かない、空気の籠った路地裏に少女の悲鳴が響き渡る。
「は、放、放して……!」
恐怖と畏怖に満ちた瞳をしながら、少女は自分の手を掴む男を見る。
「げへへ、そんな怖がらなくていいんだよぉぉ?ちょっとだけ、ちょっとだけオニーサンとお茶しようってだけだからさぁ……!」
「い、やです!きゃっ……!」
下卑た笑いしながら少女の腕を掴んで離さない男は、ニヤニヤしながら少女の胸に手を伸ばす。
こんな薄暗い路地裏では、誰も気づいてくれない。気づいたとて、助けに来てくれない。
『大丈夫だ。ここで怪我されても生きていれば……!』
そう、少女が絶望しきった考えと共に、抵抗していた腕の力を抜いた。
「おっほほ!やぁっとオニーサンとお茶してくれる気になってくれたんだにぇ!嬉しいねぇ!」
「……」
少女の眼から光が消えた。
乙女の純潔は奪われるだろう。だけど、生きてさえいれば、きっと大丈夫だから……と、あきらめた瞬間の出来事であった。
「大興奮のところ悪いけど、気持ち悪いから死んでくれない?」
と、冷たい声が上から降ってきた。
思わず、救いを求めて声の主に少女は問いかけた。
「だ、誰ですか!」
そして――。
その声の主は、名乗ることなく、その手に持っていた白銀の刃を振りかぶり――。
「ぶひゃッ……!」
スパスパッと瞬きが終わるより早い速度で、少女を掴んでいた男の手首を、肉や骨。筋肉や関節に引っ掛かることなく綺麗に断面が見えるように斬り落とした。
そして、斬り落とした手首が地面に落ちた。
短い悲鳴を上げていた男は、地面に転がった自分の手首を見て、自らに起こった悲劇を初めて知覚した。
「ぎ、ぎぐ……ぎ」
斬りおとした数秒後、断面から血液が激しく噴出し……。
「ぎゃああああああ!!!!」
今度は男が大声で悲鳴を上げ、遅れてやってきた痛みに身悶えし、地面に寝ころびじたばたを始めた。
「……風俗に行く金も無ければ、程度の良い仕事にも就いていない。そんな男が触れていい女性なんて、この世にはいない。覚えておけ」
少年は、剣についた血を振り落とし、鞘に刃を納めた。
そして、先ほどまで放っていた殺気を抑え込み、一連の動きを見ていた少女に近寄り、声色だけ優しくしながら、無表情で声をかけた。
「……怪我とか、大丈夫だった?」
「……あ、そのあの、だ、大丈、夫です!」
先ほどまでとは全く違う少年の雰囲気に驚きながら、少女は慌てて返答した。
腕は掴まれていたが、怪我などはしていないので嘘はついていない、と考えたところで、少年は踵を返して歩き始めた。
「そうか。だが、ここは暗いし、人気も無い。俺が表まで送っていこう。……着いてきて」
「あ、はい!」
黙々と先に行ってしまうかと思えば、時折速度を落とし歩く速度を合わせてくれるという、少年の何とも紳士的振る舞いと無言の差に戸惑いながら、少女は口を開いた。
「そ、その……」
「何?」
少年は不愛想に応える。
機嫌が悪そうではあるものの、無視はしないようで、声だけを少女に返した。
「た、たす、助けていただき、ありがとうございます。助かりました」
「助けたんだから助かったのは当たり前だ。偶然じゃない」
「え?あ、そう……です、ね?」
少し理解の追い付かない返答をされながら、少女は少年の風貌を見た。
年齢は十五歳程度。背丈は百七十センチあるかどうかの普通身長。
着ている服は黒いパンツに白いシャツと、センスがある訳ではないが、どこにでもいそうな人の服装だ。腕や足を見るに、筋肉質ながらも引き締まっている。
人を斬り、血を派手に噴出させた割には一滴もシャツには付いていない。
背筋が伸ばされ。姿勢よく歩く後ろ姿を見ながら少女はその少年を不思議に思う。
「……俺が、そんなに珍しい?」
舐め回すような視線を向けていた自分の気配を感じ取ったのだろう。
少年は足を止め、少女の眼を覗き込んだ。
「いやぁ、その、ごごごゴメンなさい!!斬らないでぇ!」
「いや、怒ってはないんだけど」
少女は慌てて目を逸らしながら、数歩後ろに下がる。
その動作に少しも怪しまずに少年は再度前を向いて歩き始める。
その後ろ姿を少女は懸命に追いかける。
歩き続けて数分後……。
人も多く、安全な大きな通りまで到着した。
少女の表情が完全に晴れたのを確認した少年は、少女に分かれを告げる。
「よし、ここまでくれば大丈夫。……帰り道、気を付けて」
「ありがとうございます!えっと……」
そう言えば名乗って無かったと少年は軽く謝りながら、自己紹介を始めた。
「俺の名前はルシウス。ルシウス・シグ・イシュミール。……もう会うことも無いと思うけど」
それじゃあ、とさっさとその場を去ろうとするルシウスの後ろ姿を呼び止め、少女は頭を下げた。
「ありがとうございました!本当に、助かりました!……いつか、いつか恩返しをさせてください!」
恩返し、という言葉が聞こえたところで、ルシウスは少女の顔見る。
そして。
「恩返しは要らない。自分が助けたかったから助けただけで、恩義を感じる必要はない」
そう言って、足早にその場を去ったのであった。
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