第4話 偶像崇拝
「いらっしゃいま……って、なんだキミか」
「こんなんでも、一応客なんだが」
カララン、と綺麗なドアベルを鳴らしながら俺は喫茶店のドアを開いた。
喫茶店『魔女のカンテラ』。値は張るが確かな品を提供してくれるこの店は割と気に入ってたりする。
今、客である俺になんだ、とふざけた接客をしているのはアルバイトのスオー。
態度は軽いが料理の腕はしっかりしている。
今を生きる今時の女子なので、年代問わずに人気を博している。
俺はコイツが苦手だ。
「へへ、ごめんごめん。注文、いつものでいい?」
「いや、この後野暮用があるからアフタヌーンティーのBセットで頼む」
「はいな!」
冗談も程ほどに、紅茶とそれに合うお菓子をいくつか盛り合わせたセットを注文する。
程なくしていい匂いを漂わせる紅茶と食欲をそそる茶菓子が運ばれてきた。
……マカロンとなぜか人参のグラッセが運ばれてきた。
「はい、どうぞ。午後茶Bセットね。これ伝票」
「ありがと」
伝票を受け取り、お菓子に目を移す。あまりにも気になってしまったのでグラッセを口に入れる。
……人参の見た目をしているので騙されたが、マンゴーの切り落としだった。
いや、マンゴーでも割とおかしいのは変わらないか。
「ねぇ、ルシウス」
「……何」
頭に疑問符を浮かべながらマンゴーを咀嚼していると、スオーがにんまり笑顔で俺を見ていた。
「彼女できた?!」
「……出来てない。どう考えたらそんな思考が出来るのさ」
「いやぁ?ダンダリオン様がご婚約なされたってことは、君もそろそろいい人、見つかるんじゃ無いのかなぁ……と思った次第」
俺とダンダリオンはその辺、全く関係が無いのだが、仲良くしているとその手が転がり込んでくる。
慣れてはいるが面倒だ。
「アイツと俺は関係ない。……俺はそもそも、結婚するつもりが無い」
これはダンダリオンにも、誰にも言っていることだが俺は結婚に興味が無い。
スオーはあらら、と残念そうな顔をしながら手を叩いた。
「あらら、勿体ない。あ、でも一部の民は大歓喜か」
「……どういうことだ?」
「え、キミのファンクラブが出来てるって知らなかった?本人が黙認してるのかと」
「……初耳。酔狂としか思えないな」
ファンクラブ。誰かを偶像崇拝しつつ、あわよくば何かしらの還元を望む、ギブアンドテイクに見せかけた一方的な感情の押し付け。
嫌ではないが、やはり酔狂だとは思う。
「まま、そんなこと言わないで。ファンクラブ会員は、みんな君に助けられた人たちで構成されてて、無理な勧誘もしてないし、誰にも迷惑なんて掛かって無いから!」
「……俺に迷惑がかかる可能性は考えないのか……?」
構成理由が理由なので、強気に出れない。
俺があの人を思って生きているのと同義……と思えば、その気持ちは理解できる。
「めんごめんご!……さて。たまには真面目なお話?相談もしないとねー」
「ふざけている自覚はあったのか」
スオーは軽く謝りつつ、周りに他の客が居ないことを確認し、店の奥から謎の箱を持ってきた。
煙草か、と思いながらそれをみた。
「重ねてめんご!……コレ、見て欲しいんだー」
「煙草か?」
「そうだよ。……コレ、お客さんが持ってたのを一つ貰ったんだけどちょっと怪しくてさ、見てほしいんだ」
ぱか、と開封し、一本取り出して俺の鼻に近づけた。
……劇物である可能性がある以上、直に嗅ぎたくはないのだが戦闘経験のない庶民にそれを求めるのは酷か。
それはそれとして。
「嗅ぎ慣れないな」
「でしょ?!お父さんも同じこと言ってた」
本来の煙草の煙らしき匂いがしない。
もっと違う、しっかりとした『草』の匂いだった。
俺が何度か嗅ぎなおしていると、ポケットからマッチを取り出していたスオーが興味津々な顔つきで火をつけようとしていた。
「……火、付けてイイ?本当に煙草かな?」
「この店は禁煙だし、そもそも学生身分の者の喫煙行為は違反だ。……火をつけるより確実な方法がある。貸してみろ、水も一杯、頼む」
「え、水に沈めんの?」
「いや、その前に」
手持ちのナイフで煙草を真っ二つに斬り、中の草を掻き出した。
パラパラ、と中身が降ってくる。
「煙草って、中身こんな感じなんだー……」
「……いや、既に私は危険物です、と自白してる色だ」
「へ?」
「この国含め、近隣の国で作られる煙草なら、中身の色はどうしてでも茶色で中身を統一しなくちゃ製造法に引っかかる」
麻薬等は知らないが、少なくともこういった煙草は絶対に中身を茶色、またはそれに近しい色にしなければならない。
「あれ、でもこれ、緑色」
「あぁ。……おい、スオー」
「む?」
「これを寄越してきた客のこと、教えてくれ」
そして、数十分後。
俺は思わぬ収穫に少し胸驚かせながら喫茶店を出た。
手に持っているのはスオーから回収した煙草……もとい、暫定麻薬
「……思わぬ収穫だった。こいつの成分解析は……自分でやるか」
さて、自宅に帰ろう。と家の方角を見ると、顔を真っ赤にしている見覚えのある人物が接近してきているのが見えた。
……無視しよう。
「あー!ルシウスー!」
「……ふん」
「あー?!無視した?!」
「…………」
無視に限る。
だって。だってこの人は。
「やっぱり無視してる!お姉ちゃんのこと、嫌いになっちゃった?!」
「……あぁ、カレンさんだったか。どうしたの?」
カレンさん、普段は飲む人ではないのだが、飲むととんでもなく絡んでくるのだ。
酔っている間でなくても距離間が若干バグッてるこの人により接近されると、色々な意味で焦る。
普段はちゃらんぽらんだが、時折見せる女性らしさと年上の余裕は、俺を混乱させるのだ。
……惚れているわけではない。シスコンでもない。
そういう事実なのだから仕方がない。
顔を背け、無視を決め込むにも無理が生じたので渋々ながらも応対しないといけない。
この状態を無視すると、それこそもっとひどい事に成りかねない。
「わっざとらしいわね……。何も無いけど街で家族を見かけたら普通、話しかけるでしょ?んで、キミは私に笑顔を向けて、こういうの。『やぁ!お姉ちゃん、今日もかわいいね、これかr……」
「ある意味、家族ではないですが割と本当に今しがた急用が出来たので帰っていい?ってお酒臭いな!こんな昼間にどこでそんなになんで来たんだよ?!」
いつもの妄言を言い出す前に帰ろうとしたが、あまりのお酒くささに顔を背けてしまった。
「あーあー、お姉ちゃんのこと邪険にするんだー!あーあ!そうなんだー!」
確かに、姉、しかも軍としては上官に向ける態度としては不適切だったのは認める。
が、俺も今だけは本当に帰りたいのだ。
「いや、マジで明日のことに関係するかもしれないんで急いで帰らしてください」
「……マジなの?」
「マジです。……ホラ、お金あげるのでそこの喫茶店で店員でも捕まえて話して来てください。どうせ、今、金欠でしょう?」
カレンさんは俺の眼を見る。
嘘をつくと眼に出る(カレンさん談)俺が、適当を言っていないことを確かめている。
そして、神妙な面持ちになり……。
「……私が金欠なの、知ってた……?」
どうでもいい方を、どうでもいいのに真面目に受け取った。
明らかに酔っている。もうダメだろこの人。
「いいえ?ですが時折、部下の…しかも異性の俺の部屋に居候するくらいには困っている身だとは思ってます」
「……お姉ちゃん、泣きそう」
ううう、と泣き崩れそうなカレンさんの体を支え、少しではあるがお金を持たせた。
「……ありがとう、ルシウス。お姉ちゃん、明日頑張る!」
「そうですか。それじゃあさよなら」
足取りの覚束ないカレンさんの後ろ姿を見送ろうと、じっと眺めていると、一つだけ忘れかけていたことが浮かんできた。
「……あ、やっぱり一つお願いしたいことが」
「何かしら?!お姉ちゃん、頑張っちゃうぞ!」
「ありがとう、実は……」
「なーんだ、そういうコト?」
周りには人がいるので、耳打ちをする。
……本当に酒臭いな。
内容を言い終え、お願い、という前にカレンさんがけらけらと笑いながらどや顔でピースサインを突き出した。
「大丈夫!言われなくても終わってるわよわん!」
「……はひ?」
「お姉ちゃん、ルシウスほどじゃないけど……」
さっきまでのふらふらしていた歩き方が治り、顔の赤みも収まった。
……酔ったふりをしていたのか、俺の唇に人差し指を当て、カレンさんはいたずらっぽく微笑んだ。
「お仕事、出来るのよ?」
と、心が澄み渡るような笑顔を浮かべ――。
「……お姉ち」
「うげぇぇぇぇ!!」
胃の中身を盛大にぶちまけたのであった。
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