第5話 はっきり言って異常

「こら!ルシウス!起きなさーい!」

「……まだ作戦開始時刻じゃないでしょ。寝かせて」


 カレンが道端で盛大に嘔吐した――なお、吐瀉物はルシウスとその場の近くにいた人物らによって清掃された翌日、ルシウスら軍人は作戦遂行の為、目標地点より10キロメートルほど離れた位置に待機していた。

 が、ルシウスだけは馬車の中で眠りこけており、カレンによってたたき起こされていた。

 その様子を眺めながら、その現場における最高指揮官であるソリッド・アイロン大尉とその助手のダンク伍長が作戦の詳細を詰めていた。


「この状況で寝るなんて、大したお方だ……」

「?大尉、あの子供を知ってるんで?」

「知っているも何も、尉官以上の人間じゃ知らん方がおかしい」


 ソリッド大尉はファイルの中からルシウスに関する情報が記されているファイルを開き、中身を読み上げていく。


「ルシウス。ルシウス・シグ・イシュミール。15歳にして、軍曹階級に就いた傑物だ」

「15歳?!軍曹?!」

「あぁ。しかも、その軍曹も年齢ゆえ仕方なく、だ。あの方の戦闘全般の腕前と聡明さ、人望……。本来なら大佐にでもなってるはずだ」


 ルシウスらが生活するイシュトゥリア帝国の基本的な軍則として、一定階級に成る為には年齢制限が設けられている。

 軍学校に在籍する者は新兵、または一等兵であり、学校を卒業し、ある程度経験を重ねると一等兵または上等兵となる。

 基本的に一般人であればその上の階級、兵長または伍長が最終到達地点であり、その中でも殊更に優秀な人物が軍曹以上の階級になる。

 なお、二等兵から一等兵になるのに要するのは五年ほどで良いのだが、一等兵から上等兵になるにはそこからさらに十年ほどかかる。

 軍学校を卒業してから、学校在籍期間とほぼ同じ時間を現場で過ごさなければならないという、かなりシビアな職業なのだ。


「私でさえ、伍長なのに……」


 ダンクが肩を落とすと、周りにいた他の人間も深くため息を漏らす。

 それを慰めるよう、ソリッドはわざと少し大きな声で慰めた。


「いや、お前の様に二十五にして伍長というのも中々すごい。ルシウス軍曹が異常なだけだ。通常、十三の歳より入学し二十二の歳で卒業する軍学校を十歳で入学し、十三歳で卒業する、と聞けばその異常さが分かるだろう?」

「……?!」


 九年かけて地獄のような学校を卒業し、その後十五年かけて上等兵になる過酷な道のりを、たった三年で乗り越えた、という情報にその場にいた人物らが皆、目を丸くした。

 一人が上等兵になる時間である十五年。ルシウスの年齢は十五歳。

 同じ十五年であっても、その過ごした時間の差は歴然であった。


「それにな、二年目までに武術訓練単位、学術単位を全て揃えていたと聞いている。三年目は、図書館にて知識を収集し続けていた、とも聞く」

「二年で、あれら全てを……?!」

「あぁ。はっきり言って異常だとも私は思う。事実、不正行為などを疑った者もいたが……」


 カレンによって足を捕まれ、ぐるぐると振り回されているルシウスを見る。


「その悉くを、真正面から否定する様に出された課題や試験を一発で合格した。……抜き打ちであったとしてもだ」


 年相応なことをされている、と思わないでもないが、今までの彼の経歴を見てソリッドは少し不満そうにつぶやいた。


「あの方がその双肩に宿しているのは『正義』の一文字だけだ。事実、軍曹という役不足な階級に対し直訴するといった事もしない。彼は、ただそこにある空気と同じく、ただ厳然としてそこに有る『正義』に他ならない」


 いつの間にか、臨時設置本部にいたほぼすべての人間がソリッドの話に聞き入っていたが、その顔に浮かんでいたのは驚嘆と嫉妬、羨望と三者三葉な物であった。


「……」

「どうだ?自信、無くしたか?」


 ダンクを試すかのようにソリッドは笑う。


「……正直、そうっす」

「安心しろ、私もだ」


 自信など彼の前では驕りに他ならない、と話を締めくくり、ソリッドは現状確認を始めた。

 ダンクを含む三人の伍長がソリッドとカレンに報告を開始した。


「現時刻……作戦開始十分前、指定範囲を封鎖し、各道路にて大規模検問を開始。加えて一定距離内の住民の避難完了を報告します」

「ソリッド大尉におかれましては臨時本部での待機を、ブロッセム中尉はこの場で待機を。ルシウス軍曹殿は、馬車にてファーストポイントへ移動をお願いします」

「ルシウス軍曹は……あぁ、起きられましたか。おはようございます」


 目を擦りながらルシウスはダルそうに立つ。

 そのルシウスの頭をわしゃわしゃしながらカレンはテンション高く皆を鼓舞する。


「よぅし!みんな、やり過ぎない程度に頑張るのよー!」


 あちこちから雄々しい気合の入った声が上がる。

 イシュトゥリア帝国の女性は基本的に事務仕事が多い。戦えない、ではなく、『女性は宝。守るべし。戦場には出すな』という旨の法律によってそう定められているのだ。

 その中でカレンという存在は限りなく紅一点に近い存在であり、むさくるしい男どもにとっては精神的支柱。いるだけで士気が上がる存在だ。

 なにせ、胸が大きければ足は細い。かと思えば尻はデカい。男でなくとも釘付けになるような美ボディなのだ。

 アイドルのような担がれ方をしているのは否定できないが、カレンに至ってはその実力に見合った階級と人望、経歴であった。

 男を雑に扱うならこれ以上適した方もいないだろうな、とソリッドは笑いながらのびのびと欠伸をするルシウスに話かけた。


「ルシウス軍曹。此度は本作戦への参加、ありがとうございます」

「……気にしないでください、大尉。おれ……じゃない。私も今回の一件に関して思うところがあったので、参加することが出来て嬉しい限りです。……それでは」


 雑な挨拶、と言えばそうなのだが、お互いの立場を考慮すると今くらいの会話が一番気軽であと腐れが無い。

 会話一つでもルシウスという人物の大物さを再確認するソリッドは、カレンに話しかける。


「いやはや、なんと立派な立ち振る舞い」

「私の自慢の弟です」


 子煩悩ならぬ、弟煩悩を丸出しにしカレンが笑った。

 そして、臨時基地のテーブルに置かれた時計が作戦開始時刻の直前を知らせるアラームが鳴り響いた。


「……さて!全体、耳を傾けろッ!今から本作戦の詳細を改めて確認するッ!」


 ソリッドは顔と声を変え、現場を引き締めた。


「本作戦最終目的は麻薬密売組織『スピーダー』の首魁の確保及び組織構成員の拿捕、薬の現物を押収し、金銭物を回収することである!作戦概要はブロッセム中尉に任せる!」

「はいはーい!お任せなのよー!……本作戦はソリッド大尉と私がそれぞれ二分隊を指揮する、合計四分隊に分かれて行われるわ!なお、本作戦に限り一部隊は三百名にするものとなる!

詳細は至ってシンプル!各隊は東西南北の四方向から囲み、目標地点より半径三キロ地点で厳戒態勢を取る!そして別動隊である、ルシウス軍曹が単騎特攻にて中心部で暴れ始めると同時に最終目的座標へと移動を開始し、行動範囲を収縮し、一斉拿捕を計画するものである!

なお、仕方なく戦闘状況になる場合は四人一組で班を組め!その場合、階級が最も高い者が臨時指揮を執る者とする!例外処理は二つ!

 一つ目!私、カレン・ブロッセムまたはソリッド・アイロン大尉による指示が直接下った場合!上官指示に従うこと!

 二つ目、班による戦闘状況でないのであれば、第一例外処理に従い指揮権は私及び大尉にあるものとする!以上!」


 三百名×四隊の、総勢千人百名での作戦。

 割と大規模な編成。それほど、この件が問題視されていることは言うまでもない。


「……じゃ、ソリッド大尉。本丸にて待機をお願いします。……私はこのまま最前線に移動し、指示を行います」

「うむ。……頼む」


 カレンは愛馬に乗り、移動を開始する。

 他の者たちも、少しずつ移動を開始し、目標地点を囲むように広がっていく。


「では……」


 ソリッドがもう一度時計を確認すると、丁度時計がその時を知らせるアラームを鳴らした。


「現時刻、一四〇〇を持って作戦開始とするッ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇


「……始まったか」


 ポケットに入れていた懐中時計を確認する。

 時刻はちょうど、二時を指していた。


「さて、いこうか」


 大きく、腕を、剣を構える。


「小手調べだ」


 そして、振った。


「刃旋風、薙ぎ落とし」

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