第6話 巻き藁を斬るように

 鉄棒でも、枝でも良い。棒を思い切り振れば、ヒュン!と音が鳴る。

 そして、少し遅れて風がやってくる。

 この技は、そういう理屈だ。

 他に理由はいらない。ただ、そういう技なだけだ。

 剣を思いきり振り下ろす。

 そして、ブゥゥゥン……と空が低く鳴き、少し遅れて風がやってくる。


「何人、残る?」


 刃旋風、と聞き、人はどんな想像をするだろうか。

 刃が風と共に飛んでいくイメージだろうか。それとも、風が刃のように敵を斬りつけるようなイメージだろうか。

 ……俺の場合、否である。

 前者二つだけであればらどちらも文句なしに正解だろう。

 だが、俺の剣技は『薙ぎ落とす』のだ。

 ただ、斬りつけるだけの優しい技ではない。


「……」


 低く唸った空気が地面に着弾し、赤く染まった。

 刃旋風、薙ぎ落とし。これは、この技は……。


「ギャァァァ!!」

「う、腕が……!落ち、おち……!」

「おい!しっかりしろ!!!」

「ど、胴体が……落ちた……!」

「指、ゆ、ゆ指……!」


 横薙ぎに、刃が振るわれた。

 鍛冶屋などに置いてある、試し切り用の巻き藁……アレを、斜めに斬り落とすようにソラを斬った。感覚としてはそれだけだ。

 無論、奴らよりも上空から剣を振り下ろすわけだから、当たり方も様々なものになる。

 ただ切り傷がついた者、腕が落ちた者。首が、足が、胴が飛んだ者。

 目標地点上空からこうして見下ろすと、地面が赤く染まっていくのが見える。

 無論、空間は恐怖と悲鳴で染まっていく。

 持たされた望遠鏡を覗くと、数名、何やら大きな箱を持って走っていくのが見える。


「見つけた」


 俺の目標はそいつらだ。

 今、地面に血を流している雑魚はカレンさんに任せれば良い。

 立っている建物の屋上の床を蹴り、飛んだ。

 飛ぶと言っても、翼があるわけでもプロペラがあるわけでもない。

 何もない空中を蹴っているだけだ。



 突然、何者かに襲撃されたことに焦りながら男達は金と薬を持って逃げていった。

 三人。小太りで中年くらいの歳の男。

 もう一人はひょく、のっぽな男。

 そして最後の一人はほぼ球体のような体系をした男。


「へっ…へっ、な……何が起きてんだ?!」

「わからねぇ……だが、軍の連中に嗅がれちまったみてぇだ……!」

「兄貴ぃ……!上、上……!」

「あぁ?!空見てボケっとしてんじゃねぇよ!さっさと走ってブツと金を隠すんだよ!」

「はぃ……!」


 三人は酷く焦っていた。

 薬を作り、売り始めて十年近く経つ。

 元々は自分たちで楽しむ用で作っていたのが、何がきっかけか、段々とソレは広まっていった。

 金がどんどん手に入ると同時に、なぜか自分たちを囲むように組織が出来上がっていったのが恐ろしくも感じていた。

 悪い事をした自覚はもちろんあるが、それは自分たち三人だけで完結する悪事のハズだったのだ。

 薬を囲み、それを信じるように、宗教のように伝播していく様を、三人は恐ろしく感じていた。裁きを受けると、考えたこともあった。

 そして、その天罰が今、やってきた。



「配達ご苦労。……すまないけど、時間が無くて。じっとしてて」

「……?!あぁ?!」


 自分達の目の前に、空から少年が現れた。

 その少年は、身長とほぼ同じ大きさの剣を携えており、その冷たい瞳は、自分たちを殺すという、明確な殺意が見えた。

 それに怯える俺達を安心させるように、少年は呟いた。


「ご協力、感謝。もう、終わった」


 一瞬、その言葉に意味が分からなかった。

 だが、嫌でもすぐに、その言葉の意味を理解したのであった。

 スバン!と大きな音を立て、ビシャァッ!と俺の胸部から激しく出血した。


「兄貴ィィィ!!」

「コカ?!」


 子分のポチ助とダチのサイモンが後ろで泣きそうになっている。

 俺は力なくうなだれて、死を待つことにした。


◆◇◆◇


 俺は、三人のうちとりあえず一人を斬り伏せ、沈黙させた。

 何か物悲しそうな表情をする三人だが、犯罪は犯罪。


「お前らは……どうしようか」


 斬るのは簡単だが、そう何人も斬っていると良くない感覚がまた芽生えそうで普段は斬らないようにしている。

 と、いつの間にか残りの二人のうちの一人が、ナイフを構えていた。


「この、ガギャ……!」


 気持ちは分かる。仲間や友人、家族を傷つけられたとなれば、その怒りは計り知れない。

 だが、何度も思い返すが、こいつらは犯罪者だ。

 悪意の有無に関わらず、犯した罪は清算させなければならない。


「……手を出すのであればその命、ドブに捨てることになるぞ」


 ヒュヒュン!と素早く剣を振り上げ、すぐさま振り下ろした。


「何してやがんだあ?!何も斬れてねぇじゃねェか!」

「いや、斬ったぞ」

「へ?」


 間抜けな顔をし、素っ頓狂な声を挙げる男に、気軽に話しかけた。


「……ずいぶん身軽になったな?荷物、どっかに落としたのか?」

「……へ?」


 ゴドン!と金やら薬やらが入っている箱を、それを抱えていた手首と一緒に落とした。


「ぉ、ぁ、あ゛……」

「……サイ兄ィ、て、手が……!!」


 案山子にすらならない、二本足で立つだけの男を放置し、最後に残った男を目つめた。


「お前は?どうする?」

「ひっ!……そ、その…!」

「……安心、し……ろ!ポチぃ…」

「ん?」


 一番最初に胸を斬りつけた男が、何かを飲み込んで思いきり立ち上がった。


「こいつぁ、俺が!」


 そして、赤色の宝石を掲げ――。


「ぶっ殺してやるからよォ!」


 紅い炎を、至近距離で躊躇いなくぶっ放した。

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