第8話 撤収作業
「……終わったか」
遠くで勝鬨が上がっていた。
この帝国は本当に容赦が無く、無抵抗で目標が投降するパターンも少なくない。
おそらく、バリスタの投入と同時に半数が降伏したと思う。
「……うん、流石カレンさん。多分一人も逃がして無いな」
そもそも、逃げたとしても俺が立ちはだかるようにカレンさんは指揮をしているだろうから、ここにこない、ということは誰もここまで見逃していない、ということになる。
単純な知略で、カレンさんに敵う人はいるのだろうか、というくらいに怖い。
「……こいつらの護送は……あ、来た」
ダンク伍長が、数名の部下を引き連れ、俺の後ろで転がっている三人を憐れむように見つめつつ、敬礼した。
「お疲れ様であります!軍曹殿!」
「ん。……じゃお願い」
「はっ!!」
特にするべき会話もなく、黙々と拘束し、運んでいった。
一人になり、思わずため息が漏れた。
「……はぁ」
「なーにため息ついてるのかしらー?」
「ぼへ」
一人……かと思いきや、カレンさんに聞かれていた。
気配を消していたわけでもなさそうなので、おそらく俺が集中していなかったのだろう。
「アナタが斬った奴らもちゃんと生かしてるのよー。おつかれ」
カレンさん曰く、一番最初の薙ぎの刃旋風でほぼ半数がダウンしたという。
残った人のうち、またその半数が抵抗を続けるも包囲作戦によって拿捕。バリスタによる制圧射撃でほぼ全員降伏したという。
「カレンさんこそ、現場指揮お疲れ様です。……相変わらず、敵味方の思考を読みまくりですね」
「んまぁ?私、お姉ちゃんだし?そのくらいできて当たり前というかー!?」
社交辞令でもなく、純粋にすごいと思えば俺だって他人を褒める。
わかりやすく調子に乗ったカレンさんはその場でくるくる回りながら踊っていた。
思わず、毒を吐きたくなる。
「そう言いつつ三名ほど、バリスタ砲撃に巻き込まれかけてましたね」
「うぐ……。聞こえてたのかしら~?」
「もっというなら、そもそも騎兵隊を前衛として突っ込ませるより、騎兵部隊分の重装歩兵隊にして、追い込むより閉じ込めた方が効率的だったのでは?」
「げへ」
「であれば、砲撃支援は定点にして、余計な着弾指示や砲戦術を省けたのでは?」
「うるさいのよー!!!お姉ちゃん、そんな細かくネチネチ文句を言う子に育てた覚えはないのよ!」
「そもそも貴女には育てられてないのですが」
連続で毒吐くと、カレンさんはいつもの調子に戻る。
指揮において優秀だといっても、俺だってそれなりに自信はある。
俺の意見に、少し思うところがあったのか、カレンさんは地団駄を踏んで怒った。
こういうところが姉らしくない所以なのだが、本人は気づいているのかいないのか……。
子どものようにぷんすか怒っているカレンさんを眺めながら座っていると、ソリッド大尉が遠くから走ってきた。
「おぉ、ここにおられましたか。お二方」
「大尉殿」
「お疲れ様~なのよ。見事な砲撃支援だったの」
怒っていたカレンさんも姿勢を正しくし(とはいえ口調は俺と接するのとかわらないが)、軽く会話を始めた。
「いえいえ。ルシウス軍曹の見事な奇襲攪乱と、カレン中尉の前線指揮。噂に訊きし必勝のカードですな」
「その例えで言うなら、本来ルシウスはジョーカーにしたいんだけどね。私は今後、必要とあれば自由に使うといいのよ」
……俺をジョーカーとするのは判断として些か遅い気もするのだが、それはスルーしよう。
会話もほどほどにソリッド大尉は頭を軽く下げた。
「その時はまた、お世話になります。さて、私の方から本部に報告をしておきましょう。……報道を見れば、今回お二方に白羽の矢が立った理由も分かるでしょう」
「そうね。まぁルシウスは察してると思うけれど」
ちら、とカレンさんは俺の方を見た。
「……わざわざ俺とカレンさんをこの手の組織相手に組ませて、しかも報道する内容となると……。思いつくけど」
「流石。では、私はこれにて。後処理は任せてもよろしいですかな?」
「もちろんよ」
残る後処理は撤収作業と現場の捜査、あとは容疑者の連行などがある。
ソリッド大尉はどちらかと言えばそう言った処理が苦手らしいので、全てをカレンさんに丸投げし、数名を引き連れて本部へと帰っていった。
因みにだが、カレンさんが普段、雑務を行なっているのは第三駐屯所である。
先日、カレンさんの元を訪ねた時も、ここにいた。
残った兵士がぼちぼちカレンさんの元にやってきた。
それを目視し、わかりやすく指示を出した。
「さーて!撤収作業よ!兵長職は新兵を連れて拿捕した者たちを軍本部留置場に!数が数だから錠は使わず鎖で繋ぎなさいね!伍長職は二等兵と一緒に物品の確保と回収!ちょろまかすんじゃないわよ?一等兵は各自、避難していた住民たちに謝罪と感謝をしつつ任務完了を報告してきて頂戴!」
「了解ッ!」
人数比的に、ちょうどいいだろう完璧な指示に、兵士らはそれぞれの行動に移り始めた。
「さて。私はここで指示出すだけの案山子になって、ルシウスは……」
「俺は?」
「ここで私とおしゃべり。どう?」
「……いつもと変わらないですね。……まぁ、いいですよ」
「やた!」
カレンさんも地べた……俺の隣に座り込み、ひゅう、と息をついていた。
俺は、気になったことを聞いてみる。
「ねぇ、カレンさん」
「うにゅ?」
「……昨日のことなんだけど……」
「……金欠なのは忘れて。私も思い出したくないのよ……」
がっくし。と項垂れるカレンさんの背中を撫でつつ、否定した。
「そっちじゃないです。……お願いしようとしてたことです」
「んむ?……あー、あっちね。なるほど」
昨日、俺が酔っていたカレンさんにお願いしたこと、それは――。
「簡単よ。攻め落とす相手の地形地理と、元凶の大まかな位置は事前に把握するのが基本よ?」
「昨日、酔っていたのはそのためだったんですね」
「えぇ」
この麻薬組織、『スピーダー』の所在地と、周辺の地形情報の取得であった。
元々、場所は突き留めていたものの、より詳細な地形情報が無いと十分な効果の攻撃を仕掛けられない。
それが嫌、という訳でもないが、ヤキモキするのだ。
それはさておき、情報の収集方法を訊いた。
「楽なもんよ?お酒を飲んで酔ったフリをすれば、薬に頼るような底辺男はすーぐ引っ掛かるから。それでちょっとおっぱいを露出多めにはだけさせて、谷間をちらつかせれば酒場にいるアホどもはなんでもペラペラ喋るのよ」
自分の体を武器にハニトラを仕掛けるのは、話が早く効率的なのだが、少し心配でもある。
一方で、カレンさんが底辺雑魚の集団に負けるとも思えないが。
「それでですか。……俺と合流した後、吐いたのは?」
「それは本当に酔ってたのよ!場酔いよ!雰囲気!」
「いい迷惑でしたよ、まったく」
気まずそうに顔を背けるカレンさんの横顔を見つつ、俺は深く息をはくのであった。
この人は、こういうところがなければいいお姉ちゃんなんだけどな、とも思うのであった。
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